近未来の北朝鮮情勢への一考

北朝鮮がウクライナ戦線にロシア軍を支援するために自国兵士を派遣しているという情報はどうやら間違いないようだ。今月4日、ウクライナのメディアがウクライナ東部ドネツク近郊でウクライナ軍の砲撃を受けて6人の北朝鮮将校が死亡したと報じたが、北朝鮮はロシア軍の戦闘を視察するためではなく、ロシア軍と共にウクライナ軍との戦闘に兵士を派遣しているという。すなわち、北朝鮮兵士が外国人傭兵としてウクライナの戦場で戦っているのだ。

ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイトから)

北朝鮮は過去、シベリアの森林開発などに同国労働者を派遣し、外貨を獲得してきた。米国国務省の年次「2023Trafficking in Persons Report」によると、2022年、北朝鮮の海外労働を禁止する安保理決議を回避するためにロシア政府が4723のビザを発行または再発行したことが明らかになった。これらの労働者の大多数は極東地域の建設および伐採産業に従事しており、モスクワとサンクトペテルブルクで建設に従事している。北朝鮮とロシアの間の関係が強化される中で、ロシアに残る北朝鮮労働者の数が約3万人から5万人に急増すると予想されている(「ロシアで働く北朝鮮労働者の実態」2024年2月29日参考)。

ところで、北朝鮮は今度は単なる労働者ではなく、ロシアと北朝鮮間の軍事協定「包括的戦略パートナーシップ条約」に基づき、ウクライナ戦線で苦戦するロシア軍を支援するために自国の人民軍を派遣しているのだ。ロシアのプーチン大統領は6月19日、24年ぶりに訪朝し、金正恩朝鮮労働党総書記と10時間に及ぶ集中会談を行い、全23条から成る「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結している。全23条から成る新条約は、2000年にプーチン氏と故金正日総書記の間で締結された「友好善隣協力条約」から、1961年の相互軍事援助を明記した「軍事同盟」色の濃い内容に戻っている。

新条約の主要項目の第3条では「締約国は、地域および国際の平和と安全を確保するために協力する。いずれかの締約国に対する武力侵略行為の直接的な脅威が生じた場合、締約国は、いずれかの締約国の要請により、立場を調整し、脅威の排除に向けた協力のための具体的な措置について合意するため、遅滞なく二国間交渉のチャンネルを活性化する」と記され、そして第4条では「いずれかの締約国が一国または複数の国から武力侵攻を受け、戦争状態に置かれた場合、他方の締約国は、国際連合憲章第51条および朝鮮民主主義人民共和国およびロシア連邦の法律に従い、遅滞なくあらゆる手段で軍事的およびその他の支援を提供する」と明記されている(「『露朝新条約』の全容はこれだ!!」2024年6月26日参考)。

時事通信によると、「ウクライナの情報機関筋は、ウクライナ侵攻を続けるロシア軍が北朝鮮人による特別部隊を編成していると明らかにした。現地メディアのウクラインスカ・プラウダが15日報じた。部隊の名称は『ブリヤート大隊』で、最大3000人と推定される。ロシア西部クルスク州の一部を占領するウクライナ軍との戦闘に加わるという見方が出ている」という。

北朝鮮側がプーチン大統領の要請を受けて弾薬や大砲などの武器供給のほか、兵士も派兵しているとすれば、北側はロシアから何らかの代価を得ていると考えて間違いないだろう。具体的には、ロシアから核関連、軍事衛星、原子力潜水艦関連の技術支援を得ているはずだ。

北朝鮮では現在、軍需工場はモスクワへの武器生産でフル回転だ。インスブルック大学のロシア問題専門家、マンゴット教授は「ロシアと北朝鮮間の貿易総額は前年比の9倍に急増している」という。ただし、北側は無制限にロシアに武器を供給することはできないし、派兵できないことは言うまでもない。ある一定期間、一定の数しか支援できないはずだ。

金正恩総書記は昨年末から韓国を「敵対国」とし、これまでの南北間の協力プロジェクトは完全に停止された。北朝鮮軍は15日、韓国につながる道路と鉄路の一部を爆破したと発表したばかりだ。金総書記の対韓国強硬政策はロシアとの軍事協定の締結後から一層、強化されている。金正恩総書記は軍事大国ロシアの支援を受けて、自信を深めているのかもしれない。

しかし、武器をロシアに提供し、人民軍の一部をロシア側に派兵することは自国の武器在庫や兵力が減少することを意味する。韓国軍の侵攻というシナリオを考えるならば、本来警戒しなければならない状況だ。だから、韓国に対しては強硬姿勢を見せる必要が出てくるわけだ。韓国への戦闘準備といった攻撃的な作戦ではない。北は現在、韓国と軍事衝突したいとは考えていない。韓国には強硬姿勢を誇示して牽制しているだけだ(ロシアも北朝鮮が現時点で韓国軍と一戦を交えることを願っていない。武器の供給、兵士の確保が難しくなるからだ)。

平壌上空に侵入した無人機から北朝鮮体制を批判するビラが散布されたとして、金正恩総書記の実妹の金与正党副部長が14日、韓国に対して威嚇発言の談話を発表したが、その狙いは韓国への威嚇ではなく、北国内の治安の堅持という守りの政策から出てきたものだろう。

核大国を目指す金正恩総書記はロシアから核関連技術の支援を手に入れたいと腐心している。北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施したが、放射性物質が検出されたのは1回目と3回目だけで、残りの4回の核実験後、キセノン131、キセノン133など放射性物質は検出されていない。北の核実験で放射性物質が検出されにくい理由として、北朝鮮の山脈は強固な岩から成り立っているため、放射性物質が外部に流出するのに時間がかかるからだといわれてきた。それだけではないだろう。核実験で技術的な問題が浮かび上がっているからではないか。もしその通りならば、北側は7回目の核実験をどうしても実施しなければならない(「中国が恐れる北の核実験による大惨事」2024年3月27日参考)。

そこで近日、北はロシアからの支援を受けて核実験を実施するのではないか、という予測が出てくるわけだ。中国側は北の核実験を願っていないが、プーチン氏にとって北側が核実験すれば、最新の核関連技術の成果を確認できるメリットがあるうえ、ウクライナや欧米諸国にも圧力を行使できる。国際社会からの批判もロシアではなく、北側に向けられる。ロシアにとってメリットのほうが多いのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。