監視等委が推進する内外無差別な電力卸売政策は、公正な競争環境の整備を目指しているが、多くの課題が指摘されている。特に、地域密着性の希薄化、評価基準の厳格化による事業者への負担増、経過措置の解除遅延、電源投資インセンティブの低下などの問題が浮上している。これらの課題に対し、電力システム改革そのものの見直しが必要とされている。
戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー
東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所
1. はじめに
電力・ガス取引監視等委員会(以下「監視等委」)がここ数年重点的に進めている政策に、内外無差別な電力卸売の推進がある。
内外無差別な電力卸売とは、発電事業者による卸売取引について、同一グループ内の小売電気事業者とグループ外の小売電気事業者を同等に扱うことである。
現在の電力システムでは、電力卸売分野は競争領域であり、通常は、社内取引も含めて事業者が誰とどのような条件で契約するかは自由であるが、監視等委は旧一般電気事業者(以下「旧一電」)及びJERA(以下「旧一電等」)の大手発電事業者に対してこれ(内外無差別)を求めている。その目的は「旧一電等が発電設備の大宗を保有している中で、小売電気事業者間で電源アクセスのイコール・フッティングを確保し、小売市場における競争を持続的に確保するため」とされる。
監視等委では、内外無差別に関するこれまでの取り組みをまとめた「内外無差別な卸売等のコミットメントに基づく評価の考え方(案)」(監視等委、2024)を採択し、パブリックコメントに付している。今後の情勢変化に対応した政策の見直しの可能性に言及しつつも、ここまでの取り組みについては追認する内容となっているが、筆者は現段階でも問題があると考えており、本稿の目的は筆者が考える問題点を紹介することである。
本稿の構成は次のとおりである。2.及び3.で内外無差別に関する監視等委の取り組みの経緯とその背景にある考え方を整理し、4.で筆者が考える問題点を紹介する。5.はまとめである。
2. 内外無差別な電力卸売を求めた経緯
監視等委が内外無差別な電力卸売を求めた経緯は次のとおりである。
2.1 旧一電等へのコミットメント要請
監視等委による内外無差別な電力卸売に向けた取り組みは、2020年7月に旧一電等各社に対して、次の①及び②のコミットメントを要請したことが端緒であった。
① 中長期的な観点を含め、発電から得られる利潤を最大化するという考え方に基づき、社内外・グループ内外の取引条件を合理的に判断し、内外無差別に電力卸売を行うこと
② 小売について、社内(グループ内)取引価格や非化石証書の購入分をコストとして適切に認識した上で小売取引の条件や価格を設定し、営業活動等を行うこと
出典:監視等委、2024、P6
2.2 監視等委によるモニタリング
上記要請に対し、全ての旧一電等がコミットメントを行う旨を表明したので、監視等委はその実施状況をモニタリングすることとした。
モニタリングの方法は、年2回程度実施される「小売市場重点モニタリング」による監視において、旧一電及びその関連会社によるエリアプライス以下での小売販売やエリアプライス以下で落札を行った公共入札案件が確認された場合に、各事業者によるコミットメントの実施状況を確認するというものであった(太字筆者)。
2.3 再エネTFの指摘を受けた実効性を高める取り組み(筆者から見れば先鋭化)
こうした中で、2020年度冬期に相当の期間に亘ってスポット市場価格が高騰する事象が発生した。監視等委の調査では、旧一電等による不当な行為は確認されなかったが、当時活動していた内閣府の再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(以下「再エネTF」)は、「支配的事業者による不当でない行為がこれをもたらすとすれば、より強力な競争促進策によって公正な競争環境を整備するしかない(再エネTF、2021、P6)」と指摘した。
この指摘を受けて、内外無差別な電力卸売の実効性を高めるための更なる措置が検討されることとなった。検討の結果、旧一電等に対して年2回、契約交渉のスケジュール、標準契約の整備、情報遮断等、31項目(正確には32項目であるが、32項目目は長期脱炭素電源オークションに関連したものであり、現時点では適用されない)について、監視等委が3段階で評価(フォローアップ)するという規制色の強いアプローチが採用され、現在に至っている。
2024年6月に公表された最新のフォローアップでは、対象となる10エリア中6エリアで、現時点で内外無差別が担保されていると評価されている。内外無差別と評価されないことに対する罰則はないが、内外無差別が担保されていると評価されたエリアにおいては、経過措置料金(4.3参照)の解除の判断基準の1つである「競争環境の持続性」を満たしていると認められる 等の効果が生じるとされる。
3. なぜコミットメントを要請したのか
監視等委は、旧一電等に対して内外無差別な電力卸売を求める目的は一言で言えば、「旧一電等が発電設備の大宗を保有している中で、電源アクセスのイコール・フッティングを確保し、小売市場における競争を持続的に確保するため」とされる。より詳しくは、監視等委が再エネTFの会合で提示した資料(監視等委、2022)が参考になる。以下に一部を紹介する(P10~11から引用、太字は筆者による)。
● 2016年に小売が全面自由化され、卸電力取引所での取引が拡大し、相対取引による社外への卸供給も一定程度行われるようになったが、依然として、大手電力会社においては、取引所や新電力などの社外に卸売を行えばより高く売れる状況であっても、こうした比較・判断をせず、当然のように、自社小売から需要家への販売を優先しており、場合によっては、利益を伴わない販売価格で需要家に販売することで、シェアを拡大しようとする行動パターンに陥りがちであった。
(中略)
● 同質財である電気の販売において、安価な電源調達が極めて重要。多くの新電力では、競争力のある電源の保有・建設は容易ではないため、安価な電源を多く保有する大手電力会社が、自社小売部門を優遇し、取引所や新電力と比べて安価に卸供給を行うことは、競争上極めて不利であるとの懸念が指摘されるようになった。
● しかしながら、独禁法において内外無差別を義務付ける規定はない。すなわち、独禁法においては、合理的範囲を超えた供給拒絶や差別的取扱い等でないならば、誰にどのような条件で商品を供給するかは基本的には事業者の自由であると整理されている。実際、一般的には、グループ内発電部門が(筆者追記:競争力のある)自社電源を確保した場合、同小売部門における販売価格が安くなることが当然のことと受け止められてきた。
(中略)
● こうした対応(筆者注:内外無差別な卸売のコミットメントを旧一電等から得たことを指す)により、大手電力会社は、同条件で社外へより高く卸売できる場合には、自社小売部門から需要家への販売をしないことを約することとなり、利益を伴わない販売価格で小売シェア拡大を図るのではなく、発電で適切に利益を確保することで全社利潤の最大化を図る行動を促すこととなる。
● これは従来の前提を覆す画期的な取組。
出典 監視等委、2022(太字筆者)
監視等委は内外無差別を求めるにあたり、強制力を持った制度ではなく旧一電等に対する自主的なコミットメントの要請というアプローチを採った。監視等委(2022)からは、このアプローチを採る背景となった監視等委の考えとして、次のことが読み取れる。
第一に、独禁法には、直ちに内外無差別を義務付ける規定がない。すなわち、強制的な措置を採る根拠がない。
第二に、内外無差別は利益を最大化する行動であって、強制されなくても要請を受けることが旧一電等にとって合理的な行動のはずである。さらに付言すれば、監視等委(2022)からは「自社シェアの維持または拡大を優先する薄利多売戦略に陥りがちであった旧一電等に対し、社内外問わず高く売れる相手に売る、より合理的な行動を促した」という意識がうかがえる。監視等委がこのような論旨をもって各社にコミットメントを説得した局面もあったのではないかと推察する。
なお、監視等委は独禁法に内外無差別を義務付ける規定がないことを言明しているが、電気事業法では微妙なところがある。電気事業法上の趣旨を根拠にすることが考えられ、実際、監視等委は限界費用玉出し(大手電力が余剰供給力の全量を限界費用に基づく価格で市場に投入すること)を「適正な電力取引についての指針」に記載する際にこの理屈を用いたことがある(戸田、2023)。
電気事業法の趣旨とは同法第1条で言及されている「電気事業の運営を適正かつ合理的ならしめる」ことと理解されるが、監視等委は、この「合理的」の語をもって、経済学の教科書の理屈を単純に適用して限界費用玉出しを求めたと考えられる。筆者はこのような適用は感心しない。監視等委も今のところ、内外無差別についてこうした電気事業法の適用は考えていないようである。
4. 監視等委による内外無差別推進政策への疑問
このように推進されてきた内外無差別な電力卸売について、監視等委では、これまでの取り組みをまとめた「内外無差別な卸売等のコミットメントに基づく評価の考え方(案)」(監視等委、2024)を採択し、パブリックコメントに付している。今後の情勢変化に対応した政策の見直しの可能性に言及しつつも、ここまでの取り組みについては追認する内容となっているが、筆者は現段階でも問題があると考えている。
以下で順次紹介する。
4.1 地域密着性が希薄化する帰結 これは求められているのか
現在の電力システムでは、発電・卸売及び小売の分野は、自由な参入が可能な競争領域である。一般的に競争領域では、自社が有する競争力のある資源(この場合は発電所)を自社で優先的に活用して、競争優位を得ようとすることは当然のことである。
しかし、内外無差別が求められる世界では、これは「不当な内部補助」とされるとともに、監視等委(2022)では、旧一電等による自社小売部門優先の卸売を、自社シェアの維持または拡大を優先する薄利多売戦略と捉えている。
思うに、旧一電が自社小売部門を通じた自社電源の販売を優先していた理由は、シェア維持・拡大というより、地元密着の意識であろう。
理屈上は、小売自由化は電力小売について供給エリアの概念が消滅するものと言えそうであるが、旧一電には自由化後も自社エリアへの低廉な供給を優先するマインドを維持している会社が多い。これは、電源の立地地域において、地域の低廉安定な電力供給に貢献するならと迷惑施設が受け容れられてきた経緯がままあることから、自然なことである。
内外無差別を徹底させることは、旧一電に対してこうしたマインドを捨てるよう促すことである。そして、この政策を採った結果、全国の電気料金は、送電系統の制約が許す限りにおいて、全国平均値に収れんしていく。これは、これまで電気料金が安かったエリアの電気料金が上昇することを意味する。
国全体で見れば社会的厚生が増大するという説明はおそらく可能であろうが、当該地域の住民から見れば不利益である。少なくとも監視等委は、内外無差別政策を推進する立場として、このような結果を招来し得ることをアナウンスする必要はあると考える。また後述(4.5)するが、このことが円滑な電源立地に影響する可能性にも留意する必要があろう。
4.2 先鋭化した評価基準は適切か
監視等委は旧一電等によるコミットメントの実施状況をモニタリングするために当初採った方法は、2.2のとおり、「旧一電及びその関連会社によるエリアプライス以下での小売販売やエリアプライス以下で落札を行った公共入札案件が確認された場合に、各事業者によるコミットメントの実施状況を確認する」というものであった。このアプローチは、独禁法の通常の運用に照らして妥当である。
以下に、排除型私的独占に係る独占禁止法上の指針を記した公正取引委員会(2009)を紹介する(P21~22の内容を筆者が要約した)。上で紹介した監視等委(2022)でも参照されている文書である。
●「排除型私的独占として独禁法上問題となり得る行為(排除行為)」とは;
供給先事業者が川下市場(この場合は電力小売市場)で事業活動を行うために必要な商品を供給する市場(この場合は卸電力市場)において,合理的な範囲を超えて,供給の拒絶,供給に係る商品の数量若しくは内容の制限又は供給の条件若しくは実施についての差別的な取扱い(以下「供給拒絶等」という。)を行うこと。●「事業活動を行うために必要な商品(この場合は電気)」とは;
供給先事業者が川下市場で事業活動を行うに当たって他の商品では代替できない必須の商品であって,自ら投資,技術開発等を行うことにより同種の商品を新たに製造することが現実的に困難と認められるものであるか否かの観点から該当するかどうかが判断されるもの。● 「合理的な範囲を超えた供給拒絶等」とは;
例えば,行為者が一部の供給先事業者に対して供給する川上市場における商品の価格が,他の供給先事業者との取引数量の相違等に基づく正当なコスト差を著しく超えて廉価(すなわち、不当廉売)となっている場合などを指す。
出典 公正取引委員会、2009
上記の指針に照らして、取引を事後監視することが独禁法の通常の運用である。監視等委による内外無差別に関する当初のモニタリングのアプローチも、不当廉売に該当する可能性のある事案を抽出し、事後監視するものであり、公正取引委員会(2009)と整合的である。
しかるに、現在適用されている評価基準は、再エネTFの影響を受け、大きく先鋭化したものとなっている。これについては、内容の面でも政策実行のガバナンスの面でも疑問がある。
まず、ガバナンスの面であるが、再エネTFは実態は当時の内閣府特命担当大臣の私的なTFであり、その会合は、本来「行政運営上の意見交換、懇談の場」以上のものではない。にもかかわらず、構成員が会合の場において具体的な論点について各省庁に対応を求めるなど、本来の権限を越えた運用が行われてきた問題が後になって指摘されている。
私的なTFゆえに、構成員の人選も偏っており、構成員が様々なテーマで発出した提言は首を傾げるものが多かった。しかし、当該大臣が当時の与党において有力な議員であったことから各省庁の政策に一定の影響力を持っていた実態がある。監視等委における検討も例外ではなかったわけであり、このような歪んだ圧力を受けて、独禁法の通常の運用を踏み越えた措置を決めてしまったことは適切であったのか。
内容の面でも、監視等委が細部にわたって旧一電等の行動を監視・評価することとなっており、評価項目には、発電部門と小売部門の情報遮断のための社内規定の作成を求めるなど、不可欠施設である送配電部門並みに発電部門を中立化しようとしているような項目も含まれている。法的独占が維持されている送配電部門と異なり、競争により淘汰されるリスクを負っている発電部門に対して、ここまでの縛りを定めるのは適切なのか。旧一電等の取引費用を徒に増加させるといった弊害はないのか。
内外無差別な電力卸売の受益者は自社で電源を保有していない新電力等であるが、旧一電等の対応が画一的な入札公募に偏ってしまい、却って利便性が損なわれたという話も聞く。監視等委の評価基準を見ると、各社に卸標準メニューの設定を求め、それと異なる契約には合理的な説明を求め、卸契約の期間設定にも合理的な説明を求め、というように、合理性の説明責任をもっぱら事業者が負う形となっていることが大きな要因ではないか。
新電力が個別のニーズから標準とは異なる契約を求めたとしても、旧一電等側にその差異の合理性を説明する責任を負ってまで実現しようするインセンティブは生じ難いだろう。これは、取引費用が徒に増加している実例と捉えることもできる。
4.3 経過措置を残置したままの内外無差別は適切か
日本の電力システム改革では、2016年に一般家庭を含む低圧需要家への小売供給に対する新規参入が解禁された(小売全面自由化)。
しかし、自由化以降も、需要家保護のための経過措置として、旧一電には低圧需要家に対する供給義務が課され、電気料金の水準も規制されている。そもそも法的独占が解除されたにもかかわらず、既存事業者に対して供給義務・料金規制が課され続けていることが妥当であるとは筆者は思わないが、この問題はここでは置いておくとして、経過措置であるのでいずれは解除されることが前提である。
解除の条件として次の3点が掲げられており(監視等委、2023a、P3)、これらを総合的に判断することとされている。
① 電力自由化の認知度やスイッチング(小売電気事業者の切替え)の動向など、消費者の状況
② シェア5%以上の有力で独立した競争者が区域内に2者以上存在するかなど、競争圧力
③ 電力調達の条件が大手電力小売部門と新電力との間で公平かなど、競争的環境の持続性
出典:監視等委、2023a、P3
現時点では、②の条件(シェア5%以上の有力で独立した競争者が区域内に2者以上存在)が満たされていないこと等を理由に、経過措置は解除されていない。法的独占の保証がなくなったのに、供給義務・料金規制が課されるという非合理な状態が8年以上も続いている。
そのような中で、監視等委による内外無差別促進の取り組みが始められ、直近のフォローアップでは、10エリア中6エリアで、現時点で内外無差別が担保されていると評価されている。監視等委では、これにより上記条件の③を満たしていると認めるとしているが、①及び②の条件も満たされなければ、経過措置は解除されない。
しかし、電力卸売の内外無差別が担保されている状況下で、供給義務が課されている旧一電とクリームスキミングが自由にできる新電力が競争すれば、新電力が有利なのは明らかである。これは電力小売市場において、監視等委が懸念しているものとは別の歪みが、制度に起因して発生していることを意味する。
今後監視等委が、②の条件で例示されている「シェア5%以上の有力で独立した競争者が区域内に2者以上存在」に拘泥し続ければ、現在の新規参入の状況から見てこの歪みは長期間継続してしまうだろう。
そして、この歪みが継続することは、旧一電等が内外無差別のコミットメントを受け容れる理由がなくなることを意味する。すなわち、法令上根拠がない内外無差別を旧一電等が自主的にコミットするのは、内外無差別な電力卸売をすることが利潤を最大化する経済合理的な行動であって、株主の利益に適うことだからのはずである。
ところが、経過措置が残置されていることにより、内外無差別は旧一電等にとって明確に不利益をもたらすものとなり、自主的にコミットすることが正当化できなくなる。内外無差別を推進する立場であり、かつ制度を司る立場でもある監視等委がこの状態を放置してよいはずはなかろう。
内外無差別により、自社保有の電源であっても自由に調達できない環境に置かれることは、相当な競争圧力となると思料する。「シェア5%以上の有力で独立した競争者が区域内に2者以上存在」はあくまで例示と割り切って、速やかに経過措置は解除されるべきである。
ちなみに、この②の条件について、「大手電力が越境すれば、すぐにでも満たせる。今でもありえないくらい緩い基準」とのコメントがあるが(電気新聞2024年9月20日1面)、自社が他エリアに越境しても経過措置は解除されない。
他社が越境してこなければならない。特に、安い競争力がある電源を抱える旧一電A社が内外無差別な卸売によって、供給力を旧一電B社に販売したとしても、B社がA社エリアに越境してくるとは限らない。おそらくはA社よりも電気料金が高いエリアへ参入してより大きな利益を得ようとするだろう。
つまり、安い競争力がある電源を抱える旧一電ほど②の条件を満たすのは難しい。新規参入シェアが少ないのは、当該旧一電が極めて効率的だからである可能性も否定はできない。
表面的な新規参入シェアの基準にこだわりすぎるのは、旧一電の効率化インセンティブを削ぐ弊害もありそうだ。このように考えると、このコメントは大手電力が示し合わせて越境しあうことを促しているようにも読めて、筆者は違和感を持つ。
4.4 規制需要相当分の供給力を事前に確保することは不適切なのか
経過措置を残置することに伴う競争上の問題を4.3で述べたが、内外無差別が実施されたことにより経過措置の履行に悪影響を及ぼす可能性もある。それに対応しようとした四国電力の事例を紹介する。監視等委は四国電力の対応を認めない判断を示したが、その根拠に説得力が不足していると思料する。
監視等委の確認項目では、内外無差別を評価する基準として「自社供給力から、常時バックアップ及びベースロード市場約定量等を除いた全量を相対卸に供出する等、自社小売向けに電源を確保していないことが確認できた」(太字筆者)ことを定めている。
四国電力は、2023年度向けの小売電気事業者向け卸売電力の公募において、同社小売部門の規制需要相当分について、供給義務の履行に必要な供給力を料金原価相当の価格水準であらかじめ確保することとしていた。これに対する監視等委の見解は次のとおりである。(監視等委、2023b、P27)
規制料金について、発電部門と小売部門が一体となっている事業者においては、両部門における原価を合算し、発販一体で総括原価に基づく料金設定が行われている。規制需要相当分について、社内取引価格がプライスベースであっても、あるいは、小売部門が社外から調達を行ったとしても、発販一体でとらえれば適正な費用回収は可能であり、規制料金が発販一体のコストベースで算出されていることをもって、規制需要相当分をコストベースで社内で確保する必要がある、とは言えない。ついては、この点に関しては合理的な理由なく、発電側が自社小売向けに電源を確保している事例に該当するのではないか。
出典 監視等委、2023b、P27(太字筆者)
この見解の中の「規制需要相当分について、(中略)小売部門が社外から調達を行ったとしても、発販一体でとらえれば適正な費用回収は可能」という認識は正しいかどうか、簡単な例をあげて確認してみる。
- エリアが隣接する旧一電A社及びB社を仮定する。
- A社及びB社の発電コストは、適正な事業報酬を含めてそれぞれ15円/kWh、20円/kWhであり、両社の規制料金の発電費相当部分もこれらと同水準に設定されている。
以上の前提の下で;
- A社発電部門が規制需要相当分の先取りをせずに卸売電力の公募を行った。その結果、A社小売部門以外に新電力C社も相当量を落札し、その取引価格が17円/kWhであったとする。
- C社はA社よりも発電コストが高いB社のエリアで、購入した電気を原資に小売供給を行う。17円/kWh で仕入れた電気を19円/kWhで販売しても、B社のエリアでは競争力がある。
- A社発電部門は、発電コストが15円/kWhの電気を17円/kWhで売却できたので、2円/kWhの追加の利益を得る。
- A社小売部門はC社が相当量を落札したことにより、自社需要に対する供給力が不足し、不足分を社外から調達する必要が生じる。そのとき、A社小売部門が購入可能なのは、C社が進出することにより、B社発電部門で余剰となった20円/kWhの電気である。
- この場合、A社小売部門の収支は、発電部門の卸売電力の公募により生じた追加の利益2円/kWh(=17-15)が控除収益となり、費用削減に貢献する。他方、不足した電力量を高値で購入した影響で、5円/kWh(=20-15)だけ費用が増加する。2円/kWh<5円/kWhであるので、A社小売部門の収支は悪化する。
上のケースは「適正な費用回収が可能」にあたるのかどうか。
監視等委の見解の中の「発販一体でとらえれば適正な費用回収は可能であり」は、文理解釈上は、(1) 常に適正に費用回収できる、(2) 適正に費用回収ができることもある、の両方に解釈し得る。もし(1)の意味で使われているのであれば、すなわち、上で掲げた例に即して言えば、
X:A社発電部門が新電力Cに対する高値卸売により得た利益
Y:A社小売部門が自社内で不足した供給力を社外から高値調達することによる損失(あるいは逆ザヤ)
として、X=Yが常に確保されるのであれば、監視等委が四国電力の行為を合理的な理由がないと判断することは理解できる。
しかし、経済学の教科書に出てくるような理想的な市場、具体的に言うと市場価格が単一の価格に収れんしている市場を想定しなければ、これは成立しない。現実の市場、特に相対契約の市場では、通常は売買価格は多様であり、単一の売買価格を想定することは現実的でない。
以上のように考えると、「適正な費用回収が可能」は上記の(2)と解釈するしかないと思われる。これをもって、四国電力の行為を合理的な理由がないと断じることは適切なのかどうか。この場合、監視等委は「発電部門で生じた追加の利益は控除収益となって、小売部門の逆ザヤがある程度緩和される」ということを言ったに過ぎない。更に端的に言えば「控除収益とは何か」を説明したに過ぎない。
仮に、監視等委の意図が(2)であるとすれば、筆者はかつて限界費用玉出しをめぐって行われた次のような問答を想起する。
P「スポット市場に固定費を含まない限界費用により売り入札をすれば、電源の固定費が回収できない」
Q「スポット市場はシングルプライスオークションであるので、当該電源が落札すれば、市場価格は必ず当該電源の限界費用以上となるので、その差分によって固定費は回収できる」
確かに、シングルプライスオークションの市場では必ず「市場価格≧落札電源の限界費用」となる。しかし、この差分が回収すべき固定費を満たす額になる保証はない。すなわち、Qの回答は上記(2)の意味である。そして、こうした粗雑な言質をよりどころに大手電力に限界費用玉出しを強いた結果、固定費回収が見通せない火力電源が退出し、足元で電力需給不安を招いている。
同様に、監視等委が(2)すなわち「Xが控除収益になることでYが(ある程度)緩和される」程度の理由で、四国電力の行為を合理的な理由がないと断じたとすれば、これも粗雑に過ぎる。四国電力が規制需要相当分の供給力を公募対象とは別枠で確保したのは、経過措置を残置したまま内外無差別を求められることにより、規制需要への供給に生じる新たな収支のリスクを回避しようとしたためである。これは合理的な理由であると思料する。
4.5 内外無差別の徹底により電気の安定供給に悪影響が及ぶ懸念
旧一電等による内外無差別な電力卸売が徹底されることにより、電源投資のインセンティブを削ぐ、燃料調達の不確実性とリスクを高める、ひいては電気の安定供給に悪影響が及ぶ懸念がある。思考実験してみると、例えば次のようなメカニズムが考えられる。
【考えられるメカニズム その1】
電力システム改革後の発電市場は、誰でも参入出来る市場であるが、発電設備の建設・運転・燃料確保は相応にリスクを伴う事業である。内外無差別の徹底により、電源を保有していなくても、旧一電等が保有する電源を持ち主と同等の条件で契約できるのであれば、多くの新電力はあえてリスクを負って電源を新設しようとはしないだろう。
【考えられるメカニズム その2】
旧一電等が内外無差別を要請されてるのは、多くの電源を保有し、発電部門における支配的事業者とみなされているからである。したがって、わざわざ発電事業に関わるリスクを負担して、わざわざ自由に売り先を決められない供給力を増強して、わざわざ支配的事業者であり続けようとするインセンティブはないだろう。
【考えられるメカニズム その3】
旧一電等による電源の立地地域においては、地域の低廉安定な電力供給に貢献するならとして、迷惑施設が受け容れられてきた経緯がままある。しかるに、内外無差別を徹底すれば、旧一電等の電源を誰が活用するのか不透明になり、地域の安定・低廉な電力供給との関係は希薄なものになる。電源の新設時などにおいて、立地地域との関係に良くない影響が及ぶことが考えられる。
内外無差別を徹底した結果、電気の安定供給に悪影響が及ぶ懸念は、直近の審議会でも複数の委員が指摘している。これらも紹介しておく。各審議会の議事録からの引用である。
【第64回基本政策分科会 遠藤委員】
最後に、内外無差別問題についてなんですが、寺澤委員も仰せでしたが、どこまで旧一般電気事業者に外への公平供給の義務を課すのか、この制度も電源投資へのインセンティブをそぐものだと思っています。事業者が多大で長期に及ぶ投資、事業リスクを一方的に負うのは問題です。【第69回電力・ガス基本政策小委員会 大橋委員】
2点目ですが、価格のヘッジが進む一方で、数量に対しては、ヘッジが効かないということも明らかになったんだと思います。そもそも我が国は燃料に乏しくて、調達の量とタイミングを計画的に行ってきていたわけです。地域独占と総括原価というのはそうした燃料調達にフィットした制度だったということだと思います。燃料調達の計画性の課題が十分に解消されないまま自由化をしたということで、この点の齟齬が燃料調達に起因する安定供給の課題を浮き彫りにしたというのが、2021年の秋頃だったんじゃないかなと思います。この点と、kWの投資不足は恐らく密接にリンクをしていて、内外無差別によって小売と発電を価格で切り離すということが、燃料調達を行う事業者の量における不確実性とリスクを高めたということなんじゃないかと思います。
出典 各審議会議事録(太字筆者)
5. おわりに
監視等委が進めてきた内外無差別な電力卸売を促進する取り組みについて、その経緯と筆者が感じている問題点について述べてきた。
監視等委が競争促進を目的に進めてきた取り組みとしては、3.と4.4で言及した限界費用玉出しと内外無差別が代表的であるが、両者には共通する問題があると思料する。すなわち、経済学の教科書が表現する理想的な世界の理屈を単純に信奉しすぎていないか。
どのプレイヤーも市場支配力が行使できない世界では、限界費用玉出しも内外無差別も利益を最大化する合理的な行動であるから、「旧一電等は市場支配力を行使する意図がないなら、規制されなくても自主的にこれらの行動を行うはずだ」といったスタンスで、法的根拠が曖昧なまま旧一電等にこれらの行動を強いてきたとは言えないか。
しかるに、現実の電力市場、電力システムはそれほど単純なものでない。限界費用玉出しは旧一電等に対して、電源固定費の回収機会を奪う非合理な不利益をもたらし、電力システム全体で見れば、電源部門の過小投資を招来し、足元の電力需給不安の主因となった。内外無差別についても電力需給不安をもたらす懸念等、問題点を本稿の4.で指摘した。
日本の電力システムをめぐる環境は、ここ数年大きく変化している。具体的には;
- 電源の脱炭素化等に資本集約的な大規模投資を必要とすること
- にもかかわらず、GXに向けてどんな技術が主力になるかが不透明で、投資リスクが大きいこと
- 電力需要が増大することが想定されること
- 自然変動電源の拡大などにより、火力燃料調達の不確実性が増すこと
等が想定され、投資回収、コスト回収の予見性を高める政策が求められている状況にある。そのような中で、投資や燃料調達の不確実性を更に高める政策を並行して推進しているのは、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなちぐはぐさである。
世界各国・地域において電力システム改革の取り組みが始まったのは、電力需要の伸びも大きくなく、地域独占時代の貯金を食いつぶすことによって安定供給は何とか維持できる時期であった(米国カリフォルニア州などの例外はあったが)。
しかし、今や状況は大きく変わったので、電力システム改革の考え方自体を大きく変える必要性を筆者は感じている。同様に考えている海外の識者は、対案として、ハイブリッド市場という概念を提唱している。
ハイブリッド市場については、紙幅の制約から別稿(戸田、2024)に譲るが、日本でも長期脱炭素電源オークションが導入されたことで、ハイブリッド市場の適用が始まっている。その一方で、古い改革モデルに立脚した取り組みを継続するのは、時間と資源の浪費でしかなく、再考されることを望みたい。
【参考文献(本文での記載順)】
- 電力・ガス取引監視等委員会(2024)『内外無差別な卸売等のコミットメントに基づく評価の考え方(案)』
- 再生可能エネルギー規制総点検タスクフォース(2021)『容量市場、系統制約、スポット価格高騰の問題に対する意見』、第7回 再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース 会議資料6-1
- 電力・ガス取引監視等委員会(2022)『電力・ガス取引監視等委員会における取組について(発電情報公開、内外無差別な卸取引の実効性確保、グロス・ビディングの廃止、需給曲線の公開)』、第18回 再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース資料6-1
- 戸田直樹(2023)『限界費用玉出しのガイドライン化についての備忘メモ』
- 公正取引委員会(2009)『排除型指摘独占に係る独占禁止法上の指針』
- 電気新聞2024年9月20日1面 『監視等委・松村委員、燃調上限に「改善の余地」/規制料金撤廃は否定』(2024)
- 電力・ガス取引監視等委員会(2023a)『現時点における旧一般電気事業者の内外無差別な卸売の評価結果(案)等について』、第86回制度設計専門会合資料5
- 電力・ガス取引監視等委員会(2023b)『現時点における旧一般電気事業者の内外無差別な卸売の評価結果(案)等について』、第86回制度設計専門会合資料5
- 戸田直樹(2024)『EUと日本で適用が始まるハイブリッド市場ー転換期の認識を』
編集部より:この記事はU3イノベーションズの2024年12月15日のnote記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は U3イノベーションズのnoteをご覧ください。