米中央情報局(CIA)のラトクリフ長官は5日、トランプ米政権がロシアの侵攻を受けるウクライナとの情報共有を一時停止したと述べた。米政権は3日、軍事支援を停止したばかりだ。ウクライナに圧力を強める狙いがあるはずだ。

停戦実現のための有志連合政府首脳と電話会議するゼレンスキー大統領 2025年3月5日、ウクライナ大統領府公式サイトから
上記のニュースを聞いた時、ウクライナのゼレンスキー大統領が先月28日(現地時間)、ワシントンのホワイトハウスでトランプ米大統領やバンス副大統領と会談し,、やり取りが激しい口論になり、トランプ氏が「貴方(ゼレンスキー氏)には交渉のカードがない」といった時、ゼレンスキー氏は「ゲームをしているわけではない」とやり返したことを思い出した。戦場から訪米したゼレンスキー氏にとっては戦争はオフィスでの商談の交渉ではない、という思いが口から飛び出したのだろう。
トランプ米政権は28日のゼレンスキー氏との外交交渉が決裂したのを受け、3日にはウクライナへの軍事支援停止を決定した。そして5日、米国の情報機関からの情報をウクライナ側と共有しないと発表したのだ。武器の供与の停止も大きいが、米軍からの情報提供がストップすれば、前線のウクライナ軍兵士にとって計り知れないダメージだ。ロシア軍の動向、兵士の動きなどの戦場での情報が途絶えることを意味する。情報共有が止まった瞬間、戦場のリアルな状況が掌握できないウクライナ軍はロシア軍の攻撃の的になってしまう危険性が高まる。
もちろん、米国からの武器の供与の停止はウクライナ軍にとって大痛手だ。大砲やミサイルは欧州諸国からの支援で急場を凌げるが、世界最先端のミサイル防衛システム、パトリオット・ミサイルは欧州では製造されていない。それがなくなれば、ロシアからのミサイル、無人機を正確に撃ち落とすことができないから、被害はこれまで以上に広がることが必至だ。
トランプ氏のウクライナ支援の停止はロシア軍をさらに勢いづけるだけではなく、多くのウクライナ兵士、国民が犠牲となることを意味する。「戦争はゲームではない」というゼレンスキー氏の言葉は事実であり、平時のトランプ氏にはウクライナへの支援停止のリアルなインパクトがひょっとしたら理解できていないのではないか。
ここで強調したい点は、米国のさまざまな軍事情報、衛星情報を共有できないことは武器供与の停止よりウクライナ軍にとって大きなダメージとなるのではないか、ということだ。
英国の「キングス・カレッジ・ロンドン」(KCL)のテロ専門家、ペーター・ノイマン教授は2月15日、ドイツ民間ニュース専門局nTVでの討論会で、「数多くのテロ事件が過去、米国情報機関の情報提供によって未然に防止された。欧州の情報収集力、サイバー防止力などは米国に完全に依存している」と指摘していた。欧州の政治家、メディアは米国、特に、トランプ氏に対して批判的な立場を取るが、安全保障分野では欧州は米国に頼ってきたわけだ。米国との情報共有が途絶えたならば、欧州の対テロ対策は大変だというのだ。これはロシア軍と戦闘中のウクライナにも当てはまることだ。
英国のスターマー首相、フランスのマクロン大統領、そしてゼレンスキー大統領の3首脳が近いうちに訪米し、トランプ政権とウクライナ停戦について再度テーブルに着くという。ロシアのプーチン大統領との首脳会談を実現し、早期停戦に持ち込みたいトランプ氏は欧州からの3首脳に一種の最後通告をするかもしれない。ウクライナ問題は欧州の問題とはいえ、米国の関与がなければ現実的な停戦は厳しい。
マクロン大統領は欧州軍の結成を提案している、また、欧州もウクライナも武器の国内生産を強化する方針だが、戦争では欠かせられない軍事情報の分野ではウクライナを含む欧州は完全に米国の傘に頼っている。繰り返すが、米国がウクライナ側ともはや情報共有しないとうニュースはゼレンスキー氏にとっては最悪のニュースのはずだ。
トランプ氏はプーチン大統領を交渉テーブルに引き出すためにさまざまな譲歩をチラつかせているが、それをやり過ぎるとやはり危険だ。米国とウクライナ間の情報共有の停止もその実例だ。ウクライナ側に更なる犠牲を強いることになるからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。