
Alexey Avdeev/iStock
社会生活を営む限り、人は誰もさまざまな場面で判断を迫られる。大人も子供もまた男も女も皆そうだ。職場あり、家庭あり、近所付き合いあり、学校あり、部活あり、老人会や習い事、趣味のサークルなど、あらゆる社会で何かを決めようとすれば、何らか判断をせねばならぬ場面がある。
そのような時、声の大きい者の意見が通ることもあるが、多くの場合は、皆がまともだなと思う主張が支持される。それが民主主義というものだ。何時もまともなことを言う人もいれば、普段はそうでないのに、偶にまともな意見を述べる者もいる。むろん、誰の賛同も得られない考えばかりを口にする者も。
どんな主張をしようと、普段の生活の場面ならば、多額の経済的な不利益を被る場合や目に見える不平等を生むような事態にならない限り、たいがいは受忍の範囲である。が、政治の世界ではそうはいかない。とりわけ外交問題では、判断の間違えが国家国民の存亡に繋がりかねないからだ。
今般の台湾有事に係る「高市答弁」も正(まさ)しくそうした事案のひとつに当るだろう。28日の『産経(電子版)』が3本、この事案の関連で、筆者が本稿の表題にした「時々まともになる人といつもまともでない人」に係る記事を掲載したので、本稿ではそれを紹介する。
先ずは11:54分配信の「茂木氏『岡田氏が曖昧戦略を変えた』首相の台湾有事発言 立民・原口氏『批判を受け取る』」との見出し記事。28日の衆院外交委員会で立憲の原口一博議員が「首相答弁」についてこう述べたのである。
脅威というのは意思プラス能力だ。首相が今回の答弁で、一回でも中国に武力行使をする、脅威を与える、そんな発言したのか。全くしていない。法の当てはめを聞かれて、ケースを答えたに過ぎない。
茂木外相が例の立憲の岡田克也氏が「曖昧戦略を変えるようなことをしていた」と述べたことに対して、原口氏が「批判を真摯に受け取る」と同意した後、この発言が飛び出したのである。また原口氏はこうも言っている。
(中国は)首相に謝れだの何だの言っているが、国際社会は強いメッセージで首相を支えている。むしろ国内のほうが「なんで曖昧戦略をひっくり返すのか」(と批判している)。我が立民も曖昧戦略をとっている。
()は『産経』の補足
この質疑の様子をネットでも視聴したが、原口氏は口をとんがらせて近くの同僚議員の声に反応し、「いやいやってどういうことだよ」と声を荒らげ、「国益を懸けている。(中国が)旧敵国条項を出すのは、明らかにやりすぎだ。ここで後ろに引いていいことはない」と、首相答弁を撤回すべきでないとの認識を示した。
いやはや何とも「まとも」な原口氏の主張である。この方はいつの頃からか、おそらくコロナ禍辺りからご自身の体調のこともあってか、陰謀論めいた発言が多くなり、多くの人に余り相手にされなくなっていた人と思っていた。が、この発言に限っては、実に見事な「覚醒」である。
「この発言に限っては」と形容して「覚醒」と書いた。その理由はトランプ氏がよく使う「WOKE」が人種差別やジェンダーなどへの問題意識が高い、強固なリベラル色の人々を意味する一方、日本人が使う場合は、例えば「小泉防衛相覚醒」のように、人が時々「まとも」に見える場面に使われるからだ。
次は10:40に配信された「『中国との関係なくして、わが国成り立つか』石破氏 昨年の衆院解散『やりたくなかった』」のと見出し記事だ。猛烈な石破降ろしに遭って総理総裁を辞めざるを得なくなって2ヶ月余りしか経っていない石破氏が、26日の講演で語った内容を報じている。彼はこう述べていた。
中国との関係を大事にしながら、我が国と中国は米国との関係を図りながら外交を展開する。当たり前のことだ。・・食糧の輸入、レアアースもそう。薬でもそう。中国との関係なくしてわが国は成り立つのか。・・昭和47年の日中国交正常化以来、(日本政府は)ものすごく神経を使ってきた。台湾は中国の一部という考えを理解し、尊重することが歴代の立場で、そこの所は全く変えてはならない。
これが「高市答弁」を批判したものであるのは明らかだが、昨年10月の首相就任直後に衆院解散に踏み切ったことについてもこう語ったそうである。
やりたくなかった。・・総裁選で言ったことと違うから。・・とにかく『すぐに解散しろ』という意見以外なかった。誰一人といっていい。誰一人、きちんと予算委をやってから選挙すべきだという人がいなかった。・・他人のせいにするつもりはない。最後は自分で決めたことだから。
辞書は「敗軍の将は兵を語らず」の意味を、「戦争で負けた将軍は、兵法について語る資格がない(『史記』淮陰侯伝から)、転じて、失敗した者は、そのことについて言う資格がないこと、と記している。石破氏の辞書には「恥」という語がないらしいから、後段の話はこれ以上しない。
が、前段の石破談話がどれほど「まとも」でないかは、3本目の『産経』記事が雄弁に物語っている。それは15:44に配信された「中国大使館、自民党の石破茂前首相の発言『台湾は中国の一部。変えてはならない』をX投稿」なる見出し記事だ。
26日に石破氏が講演で、「台湾は中国の一部とする中国側の考えを歴代政権は理解し、尊重してきた。変えてはならないことだ」と発言した内容を、駐日中国大使館が28日、Xの公式アカウントでリツィートしたというのである。要するに、石破発言が中国の認知戦にまんまと利用されたのである。
筆者は11月16日の拙稿「高市首相の『台湾有事』答弁と外交巧者ぶりに狼狽える中国」を以下のように結んだ。
およそ与党議員たるもの、外交全般、とりわけ中国相手の外交では、先ずは公正な選挙で選ばれた支持率82%の首相を支える姿勢であることが国益に適う。主義主張が違っても、後ろから撃つのではなく、せめて外向けには黙っているべきだ。敵国内およびその同盟国との分断が彼らの主たる狙いなのだから。
勿論、党内野党に定位置に復した石破氏が「後ろから鉄砲を撃つ」ことを想定したからだ。この人はやはり「何時も『まとも』でない人」であるようだ。当然、原口氏に同様に批判された岡田氏や野田佳彦氏も同じ部類に分類できよう。
同拙稿ではまた、石破氏の「台湾の問題について『この場合はこう』と断定することを歴代政権は避けてきた」との発言につき、高市氏が今般、中国が「戦艦」で海上封鎖し「米軍が来援」するケースに毅然と踏み込んだことが、むしろ「台湾有事」、即ち台湾武力統一を中国に躊躇させる効果を生むと書いた。
換言すれば、これは日米が中国に対して台湾問題に関する「Red Line」を示したことを意味する。いわば習氏の十八番(おはこ)を奪った格好であり、おそらく習氏にとっては中国のトップに就いて以来、初めて経験する事態であろう。そうあればこそ、この常軌を逸した高市攻撃も腑に落ちるのである。






