
中道改革連合HPより
投票先の追跡:中道改革連合
2026年の衆議院選挙で最も衝撃的だったのは、立憲民主党と公明党が合同した中道改革連合が壊滅的な敗北を喫したことである。
中道改革連合の議席数は167議席から49議席に3分の1に急減した。特に立憲民主党は合同前の議席数148議席から、選挙後には21議席となり、実に7分の1に激減した。この壊滅的な敗北はなぜ起きたのだろうか。
まず、前稿と同じように投票先の追跡を行おう。図2-1がその結果である。調査サンプル1699人のなかで、前の2024年の衆議院選で立憲民主党に投票した人は271人、公明党に投票した人は50人いた。
保守リベラル度を計算すると、公明党投票者は-0.177に、立憲民主党への投票者は-0.471になる(保守リベラル度については前稿の補論を参照)。この保守リベラル度は、保守になるほど値が大きくなるようにつくってあり、マイナスの場合はリベラルで、絶対値が大きいほどリベラル度が高まる。
すなわち、公明党の投票者より立憲民主党の投票者の方が、リベラル思想が強い。言い換えると公明は立憲民主党よりも中道であり、これは世間の評にあっている。

図2-1 中道改革連合投票者の追跡
図中の人数はサンプル1699人中の該当者数、カッコ内は保守リベラル度
今回、二つの党は合同して中道改革連合をつくった。そのとき何が起こったか。
まず、公明党の投票者50人のうち、31人が中道改革に投票していない。中道改革に投票した人は4割の19人のみで、6割の31人が離脱している(グラフで表すと図2-2左がそれである)。
公明党の投票者は支持母体の創価学会の会員なので固い組織票であり、おおむね党の指示に従うだろうという見込みがあったとすれば、それは間違っていたことになる。小選挙区ならこれまで選挙協力で投票してきたなじみの自民党候補者に入れることはありうるが、これは比例区であり、そのような配慮は無用である。それなのに6割が離脱して、棄権あるいは他党に投票した。
公明党の持っている票のうち組織票なのは実質半分程度だったことになる。離脱した31人の政治思想は0.138でやや保守よりなので、リベラル政党である立憲民主党との合同を嫌い、公明党を支持していた人の中で保守よりの人々が離脱したと考えられる。

図2-2
次に、立憲民主党の前回投票者271人のうち、6割(58%)の156人が離脱している。6割とは半分以上であり、従来の支持者の半分以上を失ったことになる。これだけ失えば負けるのは必至である。
ここで注目すべきは、彼ら離脱者の政治思想がリベラルではなく中道な事である。図2-1に見るように彼らの保守リベラル度は-0.264で、元々の立憲民主党の投票者の保守リベラル度-0.471よりも(絶対値が)小さい。立憲民主党から離脱したのはより中道寄りの人々である。
確認のために、図2-3に、立憲民主党から離脱した人たちの投票先をあげた。これを見ると保守系が圧倒的である。国民民主党が25%、自民党が21.8%、維新の会と参政党がそれぞれ8%程度を占める。離脱後に保守系に投票していることからわかるように、離脱者は立憲民主党の中でも中道よりの人々であり、リベラル寄りの人ではない。これは予想外の結果である。

図2-3
立憲民主党は中道改革連合に移行した際、原発再稼働、辺野古移設、安保法制の3つを容認するという大きな方針変更をした。これは長年掲げてきたリベラルの主張を放棄することであり、リベラルを切り捨て、中道に生まれ変わることを意味する。斬り捨てられたリベラル寄りの人々が離脱するのなら自然な話で理解できる。しかし、現実は逆であり、立憲民主党に投票していた人で離脱したのは中道寄りの人たちなのである。
このことは重要なので、政党の投票者の政治思想で確認しておこう。図2-4は、2024年と2026年の衆議院選挙での各党の投票者の保守リベラル度を測った結果である。右行くほど保守に、左に行くほどリベラルになる。上段が2024年で下段が2026年であり、推移を矢印で記してある。右側を見ると自民党の保守度が0.29から0.34に上昇しており、岩盤保守層を取り戻したことがわかる。

図2-4
その他、いろいろ興味深いことがわかるが、ここで見ていただきたいのは、立憲民主党と公明党の推移である。
2024年のときは、保守リベラル度は立憲民主党-0.24と、公明党-0.05であった。両党が合同すればその中間のどこかに行くはずである。しかし、そうなっていない。合同してできた中道改革連合の投票者の保守リベラル度は大きく左に振れて、―0.65でほとんどれいわ新撰組と近い。れいわ新撰組はどう見ても中道政党ではない。
今回、中道改革連合に投票した人はれいわ新撰組と同じ政治思想の人々なのであり、中道改革連合の最初の主張とは大きなずれがある。要するに中道改革連合は中道勢力を集めることに失敗した。原発再稼働、辺野古移設、安保法制を容認するという中道寄りの大きな決断をしたにもかかわらず、その中道の人々が離れていったのである。これはなぜだろうか?
立憲民主党に投票していた中道の人々はなぜ中道改革連合から離れたのか?
これを探るために立憲離脱者156人に追加調査を実施し、140名から回答を得た。設問は直球でなぜ立憲民主党に投票しなかったかを尋ねた。図2-5はその結果である。薄い水色はあてはまるものすべてを複数回答で答えてもらったとき、濃い水色は最も大きな理由をひとつあげてもらったときである。

図2-5
まず、1で中道改革連合の「原発再稼働、辺野古移設、安保法制」容認の政策変更は離脱の理由ではない。主たる理由としてこの政策変更を挙げた人は2%しかいないし、複数回答でも14%にとどまる。離脱者は中道寄り(保守寄り)の人であり、これらの政策変更にもとより賛同しているはずなので、この政策変更が離脱の理由にならないのは当然の結果ともいえる。
離脱の理由は2~4の三つにある。一つ目は、「2.中道とは何であるかいま一つ理解できないから」というものである。具体的な政策変更は示されたが、急な新党なので中道の理念までは示されていない。
二つ目は「3.あまりに安易な方針転換に党への信頼をなくしたから」というもので、昨日までの方針を急に変えたことへの戸惑いである。この二つの理由は急に中道を立ち上げたから生じたことで、時間さえかければ解消できる可能性がある。
最後の三つ目は、「4.政策の問題というより、公明党系が主導する政党には入れたくないから」というもので、公明党と組むことへの拒否である。この三番目の理由は時間の経過で解消される問題ではない。
この三つのなかにどれか主因があるだろうか? この点を明らかにするため。さらに設問を重ねた。より踏み込んで意識を探るためだ。仮にどんな条件がそろえば、離脱を取り消して復帰するかを聞いてみた。これは中道改革連合から見れば、離脱者の奪還の条件を聞くことである。問はつぎのとおりである。

図2-6
1は時間をかけて中道の理念を説明することであり、中道の理念がわからない、あるいは急な変更が問題なら、丁寧に説明していくことが奪還の条件になる。2の新党首も同じ路線である。
これに対し、3以降は公明党との関係を見直すことで、下に行くほど見直しが強くなり、最後の6では白紙解消となる。結果は図2-7のとおりである。見やすくするため回答選択肢の1と2をまとめて「投票する」とし、3と4をまとめて「投票しない」とした。

図2-7
これを見ると、1と2の、「丁寧に説明する」、「新党首に変える」で、再度投票すると答えたのは2割強しかいない。
3以降の公明党との関係を見直すと3割を越えるようになり、6の新党を「白紙撤回して立憲民主党に戻す」と、4割を越える人が復帰すると答えている。これを見ると離脱の主因は公明と合流した点にあると思わざるをえない。
もし公明党との合同が主因だとすると中道改革連合にとって事態は深刻である。中道の理念の説明不足や急な政策変更への戸惑いだけなら時間をかけて説明していけば問題は解消し、支持は回復できる。しかし、公明党との合同が原因なら時間をかけても問題は解決しない。
正義の政党、言論の自由市場論の政党
なぜ公明党との合同にこれだけ拒否反応が強いのだろうか。そもそもこの立憲離脱者(156人)の政治思想は中道リベラルであり、公明党とは政策については意見が近い。「原発再稼働、辺野古移設、安保法制」についてはほぼ同意見のはずである。したがって保守とリベラルの政治思想上の意見対立ではない。拒否反応の原因は別のところにある。それはどこであろうか?
ここで聞きなれない言葉であるが、「正義」と「言論の自由市場論」という用語で説明を試みよう。政党には正義の政党と、言論の自由市場論の政党がある。ここで正義とは絶対に正しいこと、すなわちいつでもどこでも誰にとっても正しいと主張することを指す。たとえば共産党は共産主義の理念を正義とする典型的な正義の政党である。
正義の政党では正しい理念が確立しているため、党首が変わっても政策が変わらない。また、どの議員に聞いても党の公式見解に沿って同じことを述べるなどの特徴がある。内部での言論の自由が制限されており、党内グループ活動は分派活動とされ容認されない。異議申し立て者はしばしば除名され、除名されると政治生命が事実上断たれる。公明党はその母体が宗教団体であったこともあり、基本的には正義の政党である。
これに対し、自民党や立憲民主党では内部での言論の自由が確保されており、党内グループ活動は自由である。異議申してても可能であり、意見の相違で除名されることはない。議員個人が各自の信念にそって自由に意見を述べるため、人によって言うことがバラバラであり、個性的な議員が存在する。ただ、党首が変わると党の方針まで変わることがあり、政策は一貫しない。
これは正義のような絶対の理念がないからであり、名付けるとすれば言論の自由市場論の政党と呼ぶのがふさわしい。言論の自由市場論(market of ideas)とは、自由な言論を通じて意見形成をしていくことを最良とする立場である。
今回の立憲民主党と公明党との合同は、この正義の政党と言論の自由市場論の政党という性格の異なる政党が合同するという異例の試みであった。その異例さは、新党結成の時の公明党の斎藤代表の言にあらわれる。斎藤代表は中道改革連合の結成に当たってこう述べた。
「集まってきた人はもう立憲の人ではないんです。公明党の掲げた五つの旗の下に集ってきた人です」
この五つの旗は公明党の旗であり、この発言は事実上、公明党の正義を立憲民主党の議員が受け入れることを意味する。
これは異例である。通常、二つの政治集団が合同するなら意見のすり合わせがあってしかるべきである。ここは譲るがこちらはそちらが譲ってくれと交渉し、まとまらないものは棚上げにするなどの措置がとられる。
この時、公明党は24人で、対する立憲民主党は148人であり、圧倒的に立憲民主党の方が多い。それにもかかわらず、公明党は自身の掲げる方針(5つの旗)をすべて受け入れるように立憲民主党の議員に要求した。公明党がこのように法外ともいえる強い要求を出せたのはまさに正義の政党だったからであろう。正義は少数派でもあっても臆せず自己の正しさを主張する。
そして決定的に異例だったのは、これを言論の自由市場論の政党である立憲民主党がやすやすと受け入れたことである。これは立憲民主党が言論の自由市場論をすて、公明党の正義の軍門に降ったと解釈できる。少なくともそう見られても仕方がない。立憲離脱者の拒否反応はここにあると考えられる。
すなわち、立憲民主党に正義の党になってほしくない、言論の自由市場論の党であってほしいという拒否反応である。内部で自由に議論が行われ、議員の信念と個性が見える政党であってほしい。誰に聞いても同じことを言うような政党になってほしくない。そのように思った人が離脱していったという解釈である。
この解釈が正しいか検証するにはアンケートでは難しく、直接インタビューを必要とし、筆者の守備範囲を超える。ただ傍証をだすことはできる。新党設立にあたって、立憲民主党の議員が、原発再稼働・辺野古・安保法制について意見を変えたことについて次の二つの評価を読んでもらい自分に当てはまるかどうか答えてもらった。
- 「立憲民主党の議員が中道に参加する際、原発再稼働・辺野古・安保法制について態度を変えたのは情けなかった」
- 「立憲民主党の議員の態度が変わったのは政策がより現実的になったということで望ましい変化である」
新党結成に伴い、態度変更したことを情けないと思うか、それとも現実的になり望ましいと思うかを聞いている。それぞれについて、あなたにあてはまるかどうかを、はい・いいえ、でこたえてもらった結果が図2-8である。
一番上のバーは前回選挙で立憲民主党へ投票した人(271人)である。2番目のバーはそのうち引き続いて中道改革連合に投票した人(115人)、3番目のバーは離脱して別の党に投票あるいは棄権した人(156人)である。一番下には比較の参考のために今回自民党に投票した人(467人)の結果を記した。

図2-8
これを見ると立憲民主党に投票していた人のなかで、原発再稼働・辺野古移設・安保法制についての態度変更を情けないと思っている人が5割(50.2%)に達する。この態度変化を現実的で望ましいと思っている人は2割(18.8%)程度にとどまり、否定的評価が大きい。
ここで注目してほしいのは。継続して中道改革連合に投票した人と離脱者に分けた場合である。中道改革連合に継続投票した人では情けないという評価は4割(40.9%)と低いが、離脱した人では情けないが6割に迫っている(57.1%)。新党結成に伴う態度変化を情けないと感じた人が離脱していると解釈できる。
しかし、注意すべきなのは離脱している人は立憲民主党支持層の中でも保守寄り、すなわち中道寄りで、原発再稼働・辺野古移設・安保法制を容認している人であることである。すなわち離脱者は、議員たちが自分たちと同じ意見に変えているのにそれを情けないと感じて離脱しているのである。
これは普通に考えればおかしなことである。長年、立憲民主党をリベラル政党と思い、原発再稼働・辺野古移設・安保法制に反対してきた人が、これらを容認する態度変更を情けないと感じているのならわかる。だが、そうはなっていない。逆である。自分たちと同じ意見に態度変更したにもかかわらず、それを情けないと感じて離脱している。これはなぜか。
この不思議な現象を説明する一つの解釈は、情けないのは議員たちが信念を捨てて正義に殉じた(ように見える)からだという理解である。
立憲民主党は言論の自由市場論の政党であり、個性あふれる論客が自己の信念を語る党であった。議員ごとに言うことが異なり、百家争鳴であることがよかった。それなのに、正義の政党に帰依することでそれを捨ててしまった。選挙に勝つために、言論の自由を捨てて、自己の信念すら捨てたように見えること、これに対して情けないと思ったという解釈である。中道寄りである離脱者ほど態度変更を情けなく感じているという不思議な結果は、このように考えると理解することができる。
選挙後に国民民主党の玉木代表のもとには落選した立憲民主党の議員から、そちらに移らせてくれないかとの打診がきたとされる。落選したから拾ってくれというのは情けないという声も聞かれるが、正義の党と言論の自由市場論の党という図式で考えると、移らせてくれという気持ちは理解できる。
正義の党では自由な言論活動ができない。中道改革連動が正義の党になるのなら自分たちの居場所はない。そのように感じる議員が出てきてもおかしくない。
立憲民主党再興のために
では立憲民主党(今は中道改革連動であるが)はどうすればよいだろうか?
まず、確認すべきことは、立憲民主党が政策を中道へシフトさせたのは正しい判断だということである。人々の意識はリベラルから保守方向に動いている。たとえば、国民民主党や維新の会は中道保守であるし、参政党のように自民党以上の保守まで現れた。彼らを保守勢力に入れると保守のボリュームは増えている。
本稿で使っている保守リベラル度(前稿の補論参照)で見ても保守への移行傾向は確認できる。図2-9は今回のサンプル1699人の保守リベラル度の平均値を2024年と2026年で比較したものである。図からわかるように0.068から0.121にわずかではあるが有意に保守度が上昇している。

図2-9
これをリベラルの衰退として嘆く人もいるが、政治の対立軸は相対的なものなので嘆く必要はない。リベラル勢力も少し右に寄ればよいだけのことである。
実際、高市自民は右に振れたので、前回自民党に投票した人のうち3割は自民党への投票をやめている。リベラル勢力は彼らを吸収すればよい。野田党首が中道へのシフトを決めたのは正しい判断であるし、中道リベラルの位置にいるのは公明党なので、公明党と組むのも正しい判断であろう。
ただ、致命的だったのは公明党と協力関係をとるのではなく、合同したことである。正義の党と言論の自由市場論の政党は両立しない。戦場で共闘するのは良いが、同居まですることはなかった。
同居の主導権を立憲民主党側がとればまだしも、同居の主導権は五つの旗をあげた公明党がとっており、公明党の正義が、立憲民主党の言論の自由市場論を抑えたように見える。正義に違和感を覚える人が離脱するのは自然である。
念のために述べておくと正義の政党が悪いわけではない。正義の政党は政策が一貫しており、不動点のように、あるいは羅針盤のように変わらぬ方針を示すという利点がある。共産党はこの不動の方針を誇ることがある。正義の政党にも役割があるのであり、その存在には意味がある。
しかし、言論の自由市場論とは両立しない。正義は一つの正しさしか認めないため、言論の自由とはどうしても衝突するのである。そして日本の戦後の政治史では言論の自由市場論型の政党の方が優勢である。かつて55年体制の時の社会党も内部に多くの派閥を抱えており、言論の自由市場的な政党であった。
日本の戦後の政治史で、正義の政党が多数派をしめたことは一度もない。立憲民主党が復活を望むのなら、もともとの言論の自由市場論的性格を取り戻すのが筋であろう。
編集部より:この記事は田中辰雄氏のnote 2026年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は田中辰雄氏のnoteをご覧ください。







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