東日本大震災から15年

Marjan_Apostolovic/iStock

東日本大震災の発生から15年になる。2011年は私の人生で最も苦い思い出が残った1年間であった。

南相馬市を訪問した際の体育館で生活していた被災者の姿は今でも目に焼き付いている。田んぼに点在する漁船、緊急避難準備地域の病院での入院制限、抗がん剤の治療を受けながら地域の出産を守り続けた医師など、理不尽さと人の温かさが相混じった被災地であった。

こんな状況で、当時内閣官房の医療イノベーション室長であった私の訴え(南相馬病院の入院ベッドを増やすこと)に耳を傾けてくれた唯一の政治家が、故・大塚耕平・厚生労働副大臣であった。

意見が対立したこともあったが、真剣に話を聞いてもらった。心筋梗塞や脳卒中で福島まで救急搬送するのは死の宣告に等しいのではないかという訴えに理解を示してくれた。惜しい政治家を失ったと思う。心からお悔やみを申し上げたい。

NHKによると、宮城県と岩手県で2013年から2025年までの13年間に災害公営住宅で1人暮らしのまま亡くなった数は約590人とのことだ。「孤立死」とみなされる、誰にもみとられることなく亡くなった可能性があり、「死後8日以上」が経過してから見つかった人は107人とのことだ。胸が痛む。

このような話を聞くたびに、民主党政権の人間不在の復興策に怒りを禁じえない。復興会議に医療関係者が不在という事実だけで、民主党政権のいい加減さがわかるだろう。

当時、津波被災者の健康調査を始めることを提言した。この「津波被災者の健康調査」がいつの間にか、3世代コホート調査という復興には全く関係のない調査に置き換わり、東北メディカルメガバンクなるものがスタートした。まさに、民主党政権の負の遺産である。

「津波被災者の健康調査」には調査委員が毎日1〜2回独居老人宅に顔を出すことの必要性が含まれていた。被災地域には高齢者が多い。そして、地震や津波で家族を失った人も少なくない。そんな時に被災者を思いやることが政治だと思う。

「孤立死」は日本全体で増えてきているのだろうが、誰にも看取られずに亡くなり、亡くなった後も1週間以上も発見されずにいることがニュースにも取り上げられることが少ない。

揚げ足取らずの報道よりも、災害が起こった際に何が必要だったのかを取り上げてほしいものだ。閣僚3人がWBCの観戦に行っていたことの何が問題なのだ。こんなくだらない質問をするなら、震災から15年目の節目に、自らの施策を反省してみてはいかがだろうか?


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2026年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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