クロネコヤマトは模倣から生まれたのに、クロネコを模倣した113社が敗れた理由

前回のコラムで、「ファーストペンギンは、シャチに食べられることが多い。ファーストペンギンから学ぶべきだ」という話を書きました。

ファーストペンギンは、シャチに食べられる?
メディアを見ると、こんな言葉をよく見かけます。「ファーストペンギンを目指せ!」「とにかく飛び込め」ファーストペンギンとは、こんな例えから来てます。 そもそもペンギンは、非常にデリケート。群れで行動します 数百匹のペンギン集団が海に飛び込まな...

するとこんなご質問をいただきました。

「クロネコヤマトって、ファーストペンギンじゃないんでしょうか?」

とてもいいご指摘なので、このご質問にお答えしたいと思います。

ポイントは、「学ぶこと=模倣」には、外から見た形だけを真似る「猿マネ」と、本質を理解する「創造的模倣」の二種類があることです。

ヤマト運輸は1976年、民間業者として日本初となる個人間宅配サービス『クロネコヤマトの宅急便』を開始しました。

当時の個人宅配は、主に国家事業である郵便局の郵便小包でした。

これだけを見ると、まさに無謀なファーストペンギンです。

誰もが「一民間業者が、国に勝てるのか?」と疑いましたが、大成功しました。

当時のヤマト運輸社長・小倉昌男さんは、著書『小倉昌男 経営学』にその時の様子を詳細に書いています。

戦前のヤマト運輸は日本一のトラック運送会社で、近距離輸送に強かったのですが、戦後はトラックの長距離輸送の流れに乗り遅れて業績が低迷していました。

小倉さんが調べてみると、小口輸送の方が高収益で、しかもライバルの方が小口輸送が多いことが判明。業績低迷は当たり前でした。

そこで、まず参考にしたのが牛丼の吉野家。

当時の吉野家は、様々なメニューをやめて牛丼一本に絞り込み、成功していました。そこで小倉さんは「ウチも個人輸送に絞り込もう」と考えました。

そこで1973年、米国出張中に出会ったのが、十字路に密集していた宅配業者UPSの集配車。

「集配車で運ぶ荷物を増やせばいいのか!」と閃き、さらに諸経費を計算して損益分岐点をはじき出し、「一台あたりの集荷数を増やせば、儲かる」とわかったのです。

ただ、ヤマトはUPSを丸ごと真似しませんでした。

「どうやって集荷数を増やすか」という問題を考え抜いたのです。

そこで次に参考にしたのが、日本航空の「JALパック」。

「チケットやホテル全て込みで○万円」というわかりやすいパッケージで、個人でも気軽に、当時の花形レジャーだった海外旅行に行けるようにしていたのです。

「これだ。うちも全てコミコミのわかりやすい価格設定にしよう」と考えたのです。

既に同社が持っていた「母猫が子猫をやさしく運ぶように、荷物をやさしく確実に運びます」という意味の親子ネコマークを使い、テレビCMでも「クロネコヤマトの宅急便♪」と繰り返しアピール。

誰もが「無謀な挑戦だ」と言っていた宅急便事業は、1980年、みごとに黒字になりました。

すると宅急便をそっくり真似して宅配事業を始める運送会社が、なんと35ブランド/113社も現れました※1)

多くの会社は「成功した理由は、『クロネコヤマトの宅急便』というCM」と考えました。そこで、ネコより強いイヌや小熊、ライオン、ゾウ、キリンなどのマークで参入。

しかし多くの運送会社は、小倉さんが考え抜いた「集荷密度」という宅配便事業のコアとなる概念を理解していませんでした。そして宅配便事業を支えるインフラも持っておらず、走れば走るほど赤字になる会社も続出しました。

小倉さんは著書でこう述べています。

各社の参入には驚くよりもあきれてしまった。宅配というのは、ネットワーク事業である。しっかりしたネットワークなど持ってもいないのに参入するとは、無知というか向こう見ずというか、各社の度胸の良さにはびっくりしたものだ※2)

現在、個人間の宅配便事業は、クロネコヤマトと日本郵便のゆうパックが中心です。

佐川急便や日通のペリカン便も頑張っていましたが、佐川急便は「個人同士の宅配便事業」から、通販などの「企業から個人への宅配事業」へと軸足を移しました。日通のペリカン便事業は、2010年に「ゆうパック」に引き継がれました。

このように見ると、クロネコヤマトは日本で民間として初めて宅配便事業に挑戦して成功した、まさに「成功したファーストペンギン」に見えます。

しかし実際には、先行して海に飛び込んだ3匹のペンギンから学び続けたのです。

  • 吉野家:事業を絞り込めば品質も効率も上がる
  • UPS:集荷密度を高めれば、小口配送でも採算が取れる
  • JALパック:複雑なサービスも、わかりやすくパッケージ化すれば個人に広がる

こうして小倉さんは「日本の個人宅配便事業」という海に飛び込む前に、別の海に飛び込だ3匹のペンギンから学び、コアとなる思想を模倣して、「宅急便」というイノベーションを生みだしたのです。

小倉さんが行ったことは、まさに「創造的模倣」です。

既存のものを、新しい方法で組み合わせて模倣することで、新たな価値を生み出しているのです。

100年前にイノベーションの概念を提唱した経済学者シュンペーターも、「中心課題は(中略)この国内生産力を従来の使用から解放し、新結合のために活用できるようにすることである」と述べています※3)

ややわかりにくい言い方ですが、要は「イノベーションは、既存知同士の新しい結合である」ということです。

名著『アイデアのつくり方』の著者ジェームス・W・ヤングも「アイデアとは既存の要素の新しい組合せ以外の何ものでもない」と述べています※4)

経営学者シーナ・アイエンガーも著書『Think Bigger』で「イノベーションは、古いアイデアの新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と述べています※5)

クロネコヤマトは、既存のアイデアを新しい方法で組み合わせた創造的模倣であり、まさにイノベーションの本質を体現しているのです。

そしてクロネコヤマトが学んだ吉野家、UPS、JALパックも、別のペンギンたちから学んだ創造的模倣です。

そこでUPSを見てみましょう。

UPSの起源は、1907年に米国シアトルにいた10代の起業家2人が始めたメッセンジャーサービスです。

当時はまだ電話が普及しておらず、数多くのメッセンジャーサービス会社がオフィス間でメッセージや小荷物を届けることでしのぎを削る中、UPSは制服・礼儀正しさ・24時間対応を徹底してサービスで差別化して急成長。

さらに既存の百貨店や小売店が自前で行っていた家庭配送を代行しているうちに、事業を拡大し、やがて全米規模の配送ネットワークへと発展していきました※6)

こうして整理すると「成功する模倣」と「失敗する模倣」の違いが見えてきます。

クロネコヤマトは、先行する様々な事例から深く学んで考え抜いた「創造的模倣」でした。

一方で、ヤマト運輸を模倣した113社の多くは、外側から見た「クロネコのマーク」だけを模倣し、その本質を学ばなかった猿マネでした。

両者を分けたのは、模倣の深さです。

たとえ自分の市場ではファーストペンギンであっても、視野を広げれば、自分が学ぶべき様々なペンギンが見えてきます。

必要なことは、最初に参入することではなく、既に成功している様々な事例を広く学んで、自社と市場に合う形で組み換えることなのです。

【参考文献/情報】

※1)『ヤマトグループ100年史』ヤマトホールディングス
※2)『小倉昌男 経営学』小倉昌男著 p.154
※3)『企業家とはなにか』シュンペーター著 p.31
※4)『アイデアのつくり方』ジェームス・W・ヤング著 p.28
※5)『Think Bigger』シーナ・アイエンガー著
※6)”More than 100 years of innovation” (UPS “Our History”)


編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2026年4月28日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。

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