ユダヤ民族の「歴史的トラウマ」について

バチカンニュースによると、イスラエル議会(クネセト)の移民・統合・ディアスポラ委員会は13日、エルサレム旧市街におけるキリスト教聖職者や巡礼者への嫌がらせについて協議するため会合を開いた。エルサレム・デーの民族主義的な旗行進を前に、同委員会のギラド・カリブ委員長(労働党)は外務省主導による関係省庁間の円卓会議の開催と、旧市街における警察と宗教指導者間の緊密な連携を呼びかけ、「イスラエルの根本的な価値観を損なうキリスト教徒への攻撃という‘忌まわしい現象‘に対し、すべての国家機関が対処しなければならない」と述べている。

クネセトの委員会でキリスト教徒への蛮行について会合、バチカンニュース2026年5月14日、ANSA通信

このコラム欄でも既に報告済みだが、イスラエルでキリスト教関連施設への攻撃や信者への嫌がらせがここにきて立て続けに起きている。レバノン南部のデブル村でイスラエル軍兵士が先月19日、ハンマーでイエス・キリストの像を損壊する画像がSNSで拡散された。イスラエルのエルサレムのシオンの丘近くでは、39歳のユダヤ人男性が4月28日、道を歩いていたフランス人修道女を突き飛ばし、倒れた修道女を足蹴にするなどの暴行を加えた。修道女への暴行事件の様子は今月3日に入って動画で拡散され、イスラエル国内で衝撃を与えた。今月12日にはレバノン南部で聖母マリア像の口にタバコを押し付けた兵士1名には3週間の拘禁刑、その様子を撮影した同僚兵士には2週間の拘禁刑が科せられたばかりだ。

現地メディアによると、2025年の1年間だけで155~181件の反キリスト教的嫌がらせが記録された。被害者や目撃者が匿名で事件を報告できるオンラインデータセンター「report-hotline.com」によると、そのうち150件はエルサレムで発生した。メディアは増加する反キリスト教的言動を「単発の嫌がらせではなく、コミュニティを排除しようとする組織的な圧迫だ」と報じている。記録された事件の約6割が「(修道士や神父を狙った)唾吐き」であり、ほかに暴言、教会の看板や十字架への器物破損、落書きが占めている。

イスラエル国内で増加する反キリスト教的言動に対し、イスラエルのメディア(特にリベラル系の「ハアレツ紙」など)や現地のキリスト教指導者たちは、「単なる宗教摩擦ではなく、イスラエルという国家の民主主義と国際的信用に対する死活的な脅威」と警告している。

また、アメリカをはじめとする海外のキリスト教徒からの支持を失うリスクや、エルサレムへのキリスト教巡礼者が激減することによる観光業への大打撃が懸念材料として挙げられている。

イスラエル国内メディア(特に英語でも読める大手紙)では、この問題を「イスラエル社会の寛容性の喪失」や「法の支配の危機」として捉え、政府や警察に対して断固とした取り締まりを求める論評が掲載されている。その一方、反キリスト教的言動の背景については、歴史的背景や宗教的因縁に深く踏み込んだ論評も見られるという。

「メシア殺害民族」、「神殺し」というキリスト教会側の一方的な非難については、「虚偽の主張(The Christ-Killer Lie)」として退ける。理由は、①十字架刑は当時の統治者であるローマ帝国の刑罰であり、ユダヤ教の処刑方法(投石など)ではないこと、②当時のユダヤ教指導層の一部が関与した可能性は否定できないが、民族全体や後世の世代に責任を負わせる「民族罪」という考え方は不当、③神学的反論としては、ユダヤ教の教義において、イエスはメシア(救世主)の条件を満たしていないから、神殺しという概念自体が成立しない、等々が挙げられている。

看過できない点は、多くのユダヤ人は「わが民族は2000年の間、キリスト教徒から『お前たちはイエス(神)を殺した民族だ』と罵声を浴びせられ、十字軍、ポロム(虐殺)、ホロコーストなどの凄惨な迫害を受けてきた」と指摘、「ユダヤ人は歴史的トラウマに悩まされてきた」と受け取っていることだ。

イスラエル国内の報道では、一連の反キリスト教的事件を単なる「最近の若者の非行」として片付けるのではなく、「イエスの時代から続くキリスト教とユダヤ教の血塗られた歴史的因縁」を現代の政治的状況が呼び覚ましてしまっているという、非常にディープな宗教歴史的アプローチからの解説が見られることだ。ガザ情勢やレバノン国境での緊張が続く中、宗教的なアイデンティティが先鋭化し、他宗教への不寛容さが攻撃的な形で表出しやすくなっている、というわけだ。

ちなみに、、「メシア殺害民族」問題では、キリスト教側とユダヤ教側から相互理解を促進する動きがあった。キリスト教側からは、1965年の第2バチカン公会議による宣言「ノストラ・アエターテ」(キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言)で、カトリック教会は「イエスの死の責任は当時のユダヤ人全員にも、今日のユダヤ人にも帰せられない」と公式に宣言した。ユダヤ教からは 2000年、200人以上のユダヤ人学者やラビが連名で「ダブルー・エメット」(真実を語れ)という声明を発表した。これは「キリスト教徒を敵ではなく、神を敬うパートナーとして見る」という前向きな姿勢を示したもので、歴史的な敵対心を乗り越えようとする動きだ。

興味深い点は、ユダヤ人としてのアイデンティティを保ちながら、イエスをメシア(救世主)として信じる「メシアニック・ジュダイズム(メシアニック・ジュー)」と呼ばれる信仰を持つイスラエル国民が近年増加傾向にあることだ。彼らは外部からは「キリスト教の一派(新宗教)」とみなされているが、本人たちは「われわれこそ真のユダヤ教徒である」と主張しているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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