米国のヘグセス長官が、シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議(シャングリラ会合)」で、同盟国に国防費の増額を要求した。アジアの同盟国及びパートナー国が国防費を国内総生産(GDP)の3.5%に増やすことを期待する、と述べたのである。

「アジア安全保障会議(シャングリラ会合)」で講演するヘグセス長官 同長官Xより
「GDP比3.5%の国防費」は、すでに欧州の同盟諸国が受け入れているものと同じだ。アメリカは、「GDP比3.5%」という数値目標を、あたかもそれが具体的で明確な目標なので普遍的な基準になりうる、といわんばかりに、所かまわず振り回しているわけである。
我々は、すっかりこの光景を見慣れたものだと感じるようになってしまった。しかし、この慣行は、それほど古いものではない。
かつてのアメリカは、駐留経費負担、装備購入、兵力整備などの具体性のある内容で、同盟諸国に対する防衛負担向上の要請していた。この傾向が変わり始めたのは、ほんの10年ほど前だ。ロシアのクリミア併合が起こった2014年のNATO首脳会議で、加盟国の防衛費をGDP比2%以上に近づける、という目標が採択された。ただ当初は、10年ほどかけて達成したい長期的な努力目標でしかなかった。
この目標の早期達成を、欧州諸国に強く要請するようになったのは、2017年に成立した第一次トランプ政権だった。
難色を示していた欧州諸国が、「GDP比2.0%」を早期に達成するようになったのは、2022年のロシアのウクライナ全面侵攻のためである。日本のその流れにそって「GDP比2%」を5年で実現することにした。
ところが欧州諸国・日本がその目標が達成すると、第二次トランプ政権のアメリカは、「GDP比3.5%」の数値目標を要請するようになった。おそらく、この目標が達成されたら、「GDP比5.0%」の目標が導入されるはずである。
アメリカは世界最高の軍需産業を持っている。同盟諸国が防衛費を拡大させれば、まず潤うのは、アメリカの軍需産業だ。トランプ政権の姿勢の背景に、そうした経済的利益の計算があることは、言うまでもないことである。
だがよく考えてみると、アメリカの態度は、かなり乱暴である。NATO構成諸国のように、ロシアという共通の仮想敵に対して、組織的な対応を図る諸国であれば、共通の数値目標には、負担の公平配分という観点から、妥当性があるかもしれない。しかしアジアにはロシアという共通の仮想敵は存在しておらず、そもそもNATOのような軍事組織も存在しない。それなのに全く同じ数値目標での防衛費の増額を要求するというのは、必ずしも論理的な議論に基づく態度であるとは言えないように思われる。
そもそも「GDP3.5%」の中身の議論をすっ飛ばして、予算増額だけを求めていくというのも、かなり乱暴な話である。
日本は中国を仮想敵とみなし始めているが、他のアジア諸国が同じように中国を仮想敵とみなしている経緯はない。日本ですら、万が一、政権交代がなされて、中国との和解がなされれば、事情は一変する。ロシアとの敵対関係についても、同じ事情があると言えるだろう。
さらに指摘すれば、お金を沢山使うと、それに比例して軍事力が向上する、という保証があるわけではない。たとえば、必要性が低い中古の兵器を、アメリカから言い値の高額で購入し続けたら、どうなるか。軍事力の向上が図られないまま、軍事費ばかりが高騰していく事態となる。
さらに突っ込んで指摘すれば、「必要性が高い兵器」は、精緻な分析に基づいて評価した脅威に対抗するための精緻な政策の構築があって初めて、認定できるものだ。分析が精緻になればなるほど、「必要性が高い兵器」の評価は、相対的になっていく。
たとえば安価なドローンによる攻撃に、高額の地対空迎撃兵器で対抗していたら、費用の非対称性が著しく高まり、軍事作戦の合理性が失われてしまう。つい最近もイラン対アメリカ・イスラエル戦争で示された点だ。
果たして日本に、防衛費の執行の指針になるような、精緻な兵器購入計画を導き出す防衛政策に関する議論が、行われて様子があるだろうか?
2倍になった防衛費で、どのような追加支出を行われるようになったのか、どれだけの日本国民が知っているだろうか?
防衛費が2倍になった、ということだけで、もう何かを達成したかのような気になる人がほとんどではないだろうか?
2倍になった防衛費を支える防衛政策を説明している国際政治学者らが、どれだけ存在しているだろうか?

「アジア安全保障会議(シャングリラ会合)」で講演する小泉防衛大臣 防衛相HPより
「中国は脅威だ、だから防衛費を増やさなければならない」ということだけを繰り返し主張している「専門家」ばかりだ、という状況になっていないだろうか?
増えた防衛費の中から相当額が、「中国の認知戦への対抗」に充てられる。防衛費の増額に異論を唱えるようであれば、「媚中派」として「認知戦対策」の対象に指定されてしまいかねない。そんな怪しい雰囲気を感じているのは、私だけだろうか。
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