この時代に海外視察に行くなら見たこと・学んだことは出来る限りリアルタイムで自分の言葉によるSNS発信、現地からも YouTube Liveくらいやらないと納得感はなかなか得られないでしょう。視察報告書がないなどは論外。しかも報告書はだいたい随行の行政職員が作るものだし。 https://t.co/zu2SMp3x3J
— おときた駿 / 元参議院議員、しゃほさげフェニックス (@otokita) June 14, 2026
福岡県議会の海外視察をめぐる報道に、思わずこんなSNS投稿をしてしまいました。
報道によれば、2024年1月から2026年までに約1億5000万円の公費を使って少なくとも18回の海外視察が行われ、しかし県議会が公開している視察報告書はわずか2件だけだったとのことです。
ハワイ視察では県議1人あたりおよそ300万円、「シェラトン・ワイキキ」がまるで定宿のようになっていた、という指摘もありました。
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正直なところ、私は「地方議員の海外視察に意味はない」という立場ではありません。
むしろ私自身、都議会議員時代に欧州視察に行き、その必要性を信じてきた一人です。政治というのは多岐にわたる分野で、何一つ無関係なものなどありません。
市内視察ひとつとっても、議員が「上下水道などのインフラ整備はどうなっているのか」「再開発に対する住民感情とその対応策は」といった政治・行政的な視点を持って質問を重ねれば、単なる物見遊山が立派な視察に変わります。逆にそれがなければ、本当にただの観光旅行です。
つまり視察の価値は、予定表や上辺の報告書では判断できず、どこまでいっても議員自身の資質と行動によって左右されるものなのではないでしょうか。
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だからこそ、欠かせないのが「情報公開」です。
判断材料が十分になければ、有権者は審判のしようがありません。海外視察=税金の無駄遣い、という政治不信も払拭できないままです。
私が10年前の欧州視察でこだわったのも、まさにここでした。不十分ながらブログは毎日更新し、ネット環境のある会談ではほぼすべてでリアルタイムに文字起こし中継を行いました。
発信した情報それ自体に、都民にとっての価値があったと今でも思っています。
そして時代はさらに進みました。スマホ一台あれば、誰でも今この瞬間に発信できます。見たこと・学んだことをリアルタイムで自分の言葉でSNS発信する。現地からYouTube Liveのひとつもやってみる。
そのくらいやって初めて、納得感はようやく得られるのではないでしょうか。逆に言えば、それをやらない理由はもうほとんどないのも事実です。
その意味で、18回行って報告書が2件というのは、もはや金額の問題ですらありません。
物価高、円安、燃料費の高騰。海外渡航のコストが上がっているのは事実で、状況の説明があれば理解の余地もあったでしょう。
しかし「何を見て、何を学び、それが県民にどう還元されるのか」を語る材料がそもそも残されていないというのは、私の感覚では論外です。
しかも報告書はたいてい随行の行政職員が作るもの。議員自身の言葉が、どこにも残っていないことになります。
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会見での「海外旅行は続けます、あっ、海外活動です」という言い間違えが話題ですが、私としてはここを揶揄して終わらせたくはありません。
問われているのは個人の失言ではなく、「視察を有権者に開かれたものにする努力をしてきたか」という姿勢の部分だと思うからです。
税金を預かって動く以上、説明は「求められたから出す」ものではなく「最初から開いておく」ものへ。10年前の自分の実践を思い返しながら、自戒を込めてそう考えています。
編集部より:この記事は、前参議院議員・音喜多駿氏のブログ2026年6月14日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。







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