経営者の質が社会の質を決める:価格決定権なき経営が生む低賃金構造

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日本の産業政策や地域経済をめぐる議論では、しばしば「業種」や「地域条件」が問題の中心として語られる。しかし現実には、同じ産業の中でも企業の姿は大きく異なる。その差を生み出している最大の要因は、経営者の質である。

北海道江別市にある町村農場は、その好例だ。

町村農場は単なる酪農家ではない。創業者・町村敬貴は、明治時代に単身アメリカへ渡り、酪農先進地ウィスコンシン州で10年間にわたり酪農を学んだ。帰国後、「土づくり、草づくり、牛づくり」という理念を掲げ、日本ではまだ確立されていなかった近代酪農を北海道に根付かせた人物である。

町村農場の特徴は、単に牛乳を生産するだけで終わらない点にある。牛の食べる牧草や飼料まで自社で育て、健康な牛を育成し、その生乳を自ら加工し、さらに自社ブランドとして販売している。つまり、生産・加工・販売を一体化した垂直統合型のビジネスモデルを構築しているのである。

これは極めて重要な意味を持つ。

多くの酪農家は、生乳という原料を農協や乳業メーカーに出荷する段階でビジネスが終わる。その場合、生乳はコモディティであり、価格は市場によって決まる。自ら価格を決めることはできない。結果として利益率は低くなり、人手不足や長時間労働に苦しみやすい。

しかし町村農場は違う。

自ら生産した生乳を使い、バター、チーズ、ヨーグルト、アイスクリーム、スイーツなどへ加工し、「町村農場」というブランドで販売している。さらに直営店舗を展開し、観光客や地域住民に対して、商品だけではなく「北海道酪農そのものの世界観」を提供している。

私自身も通販で町村農場の商品を購入したことがある。届いた商品から感じたのは、単なる「乳製品」ではなく、ブランドとして徹底的に設計されているということだった。包装、デザイン、説明文、味、店舗体験まで含めて、「町村農場」という価値を消費者に伝えようとしていることが伝わってくる。

ここに、価格決定権の本質がある。

価格決定権とは、単に値上げできるという意味ではない。顧客に対して、「この品質、この世界観、この体験には、この価格が必要だ」と納得してもらえる力である。町村農場は、その価格決定権を持っている。

さらに興味深いのは、町村農場が単なる食品メーカーではなく、地域社会や環境との関係まで含めた経営を行っている点だ。牛の糞尿を活用したバイオガス発電を導入し、エネルギー循環型農業に取り組む。地域イベントや文化催事も開催し、酪農を地域文化として育てようとしている。

つまり町村農場は、「牛乳を売る会社」ではない。「北海道酪農という文明」をブランドとして提供しているのである。だからこそ、単なる価格競争に巻き込まれにくい。

価格決定権を持つ企業は、十分な利益率を確保できる。利益率が高ければ、従業員の待遇を改善する余地が生まれる。実際、町村農場は待遇面でも比較的恵まれており、北海道大学の学生の間でも人気の就職先として知られていることは、その企業としての魅力を示す一つの指標だろう。

ここで重要なのは、これは「酪農という産業の問題」ではないという点である。同じ酪農でも、経営モデルによって結果はまったく違う。原料供給にとどまるのか、加工やブランドまで含めた価値創造に進むのか。その選択を行うのは経営者である。

つまり、企業の質は経営者の意思決定によって決まる。そして企業の質は、利益率、賃金、労働環境といった形で社会に波及する。

経営者が価格決定権を持つビジネスモデルを構築できれば、利益は生まれ、従業員の待遇も改善される。逆に、価格を自ら決められない構造にとどまり続ければ、低利益率と低賃金から抜け出すことは難しい。

この意味で、経営者の質は単に企業の業績を左右するだけではない。働く人の生活、地域の雇用環境、ひいては社会の質そのものを形づくる。

日本ではしばしば「中小企業を守る」という言葉が政策の前提として語られる。しかし本来問うべきは企業規模ではない。問われるべきは、その企業がどのような経営によって価値を生み出しているのかである。

経営者の質が企業の質を決める。

そして企業の質が、社会の質を決めるのである。

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