日銀の白川元総裁は金融緩和が不十分でインフレ目標を達成できないと批判されたが、黒田総裁もあれほど激しく量的緩和をやったのに達成できなかった。そもそもインフレ目標は必要なのだろうか。
著者はそれに疑問を呈しているが、気になる点が一つある。デフレ期の日本の成長率は、生産年齢人口あたりGDPでみると、G7でトップだったという話だ(p.148)。
これはこの時期に高齢化で人手不足になり、定年後再雇用や主婦のパートなどで生産年齢人口あたりの就業率が25%も増えたので、そのGDPを生産年齢人口で割ると大きく見えるだけだ。労働人口あたり成長率は、2010年代にはG7で最低である(労働時間で割っても同じ)。

G7の労働人口あたりGDP成長率
デフレ期の成長率が低かった原因は、著者がいうような人口要因だけではなく、生産性の低下もあったと思われる。ただそれは潜在成長率の問題なので、金融政策とは関係ない。2020年代にインフレになっても、成長率は上がらなかった。
インフレ目標の理由とされるのは実効下限制約、つまり名目金利がゼロ以下にできないということである。これは自然利子率がマイナスのとき、名目金利がゼロだと「意図せざる金融引き締め」になるので、政策金利を下げる2%の「糊代」をつけるというのだが、意味のある話なのだろうか。
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コメント
生産年齢人口あたりGDPで「日本はG7トップ」という数字のトリックを見抜いたご指摘は、まったくその通りだと思います。低成長の主因が生産性=潜在成長率の問題であって、金融政策の守備範囲の外だという切り分けにも同意します。
で糊代ですが、たとえ話としてうまくないかもしれませんが、これはどちらかというと「いざという時の火事にそなえて消防署を作っておきましょう」という話に近いと思うのです。県内の消防署の数がゼロなら「それはやばくない?」となります。でも、ある年に火事が一件も起きなかったとして、それを根拠に「消防署はムダだった」とはなりません。
インフレ目標の「2%の糊代」も、これと同じです。糊代の目的はそもそも成長を起こすことではなく、不況になったときに金利を十分下げられる“余地”を残しておく備えです。つまり糊代は、成長エンジンではなく保険・備えです。だから「インフレ目標を掲げても成長しなかったから、糊代はムダだった」という流れになると消防署のたとえでいえば「今年は火事が起きなかったから消防署は要らなかった」と言っているのに近いです。
まあ、池田さんのことですから、このあたりはちゃんと理解していてアゴラサロンではちゃんとこういう説明をしているとは思いますが。