2019年、私は「中韓の新興勢力が躍進!キヤノン高収益ビジネスモデルの破壊者の正体」という記事を書いた。

当時のテーマは、中国や韓国メーカーの台頭によって、日本のカメラ・レンズメーカーが長年築いてきた高収益モデルが揺らぎ始めていることだった。その中で、私はコシナという会社にも触れている。
それから7年近く経った。
現在の私は、コシナを違う視点から見ている。その視点とは、もちろん「価格決定権」である。
世界中の写真愛好家が知る、日本ではあまり知られていない会社
コシナは長野県中野市に本社を置く非上場企業である。一般には決して知名度の高い会社ではない。
しかし、世界の写真愛好家にとっては特別な存在だ。フォクトレンダー。カール・ツァイス。超高性能マニュアルフォーカスレンズを語るとき、この二つのブランドとコシナの名前は切っても切り離せない。
しかし、ここで誤解してはいけない。フォクトレンダーもカール・ツァイスも、コシナ自身が創設したブランドではない。コシナは商標使用権を取得し、そのブランドのもとで製品を設計・製造・販売している。ライセンス契約の内容や商標使用料は公表されていない。
したがって、コシナを「純粋な自社ブランド企業」と呼ぶのは正確ではない。それでもなお、世界中の写真愛好家が高い価格を支払ってでもコシナ製レンズを選ぶ。
OEMは悪ではない
コシナは事業別売上高や利益の金額を公表していない。したがって、ここから先は公表されている製品構成や事業内容を踏まえた私の考察である。
コシナには、自社製品(フォクトレンダー、カール・ツァイスブランドの交換レンズ)とOEMという大きく分けて2つの事業がある。私はOEMを否定したいわけではない。OEMには重要な役割がある。工場を安定的に稼働させる。設備投資を回収する。技術者を育成する。製造業にとって欠かせない事業であることが多い。
しかし、OEMだけでは価格は顧客との交渉で決まってしまう。価格決定権は発注元にある。だから、利益率を高くするのは難しい。
一方、フォクトレンダーやカール・ツァイスの交換レンズは違う。
購入する人は、「安いレンズ」を探しているのではない。「このレンズだからどうしても欲しい」と思って、値段が高くても購入する。
ここに価格決定権がある。
私は、コシナの競争力の源泉は、この二つの事業を両立させていることにあるのではないかと考えている。
なぜマニュアルフォーカスを選んだのか
コシナは、オートフォーカス全盛の時代に、あえてマニュアルフォーカスレンズへ集中した。これは、一見すると時代に逆行しているようにも見える。
しかし私は、極めて合理的な戦略だと思う。オートフォーカスレンズでは、モーターがレンズ群を高速で動かす。そのため、動かす部分を軽く設計しなければならない。描写性能より、高速性や応答性が優先されることも多い。
一方、究極の描写性能「だけ」を追求するなら、全く話は変わってくる。重くてもよい。大きくてもよい。ピント合わせに多少時間がかかってもよい。描写性能を最優先する。そう考えれば、マニュアルフォーカスという選択は決して時代遅れではない。むしろ、顧客を明確に絞り込むことで、価格競争から距離を置いた高度な戦略だと考えることもできる。
世の中には、よくできている写真用レンズは多いが、撮影者を感動させるレンズはとても少ない。
高級腕時計と同じ競争をしている
私は、この戦略は高級腕時計の世界によく似ていると思う。
クォーツ時計は機械式時計より高い精度を実現できる。それにもかかわらず、オーデマ・ピゲやパテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、A.ランゲ&ゾーネといった高級時計メーカーは、現在も機械式時計をブランドの中核に据えている。彼らが売っているのは精度ではない。歴史や職人技、所有する喜びといった「価値」なのである。
コシナもまた、オートフォーカス技術で他社と正面から競争する道ではなく、マニュアルフォーカスという価値を選んだ。性能指標だけを競う市場ではなく、「このレンズだから使いたい」と思わせる市場を選んだのである。
だからこそ、世界中の写真愛好家から熱狂的に支持されるのである。
工業製品にも物語が必要
私は以前から、「工業製品にも物語が必要だ」と考えている。スイスの高級時計には、ジュラ山脈という土地があり、何百年もの歴史があり、職人文化がある。だから高い価値を持つ。
私は学生時代、テレビドラマ「白線流し」を見て、長野県松本市の美しい風景に魅了された。その後、国鉄189系電車の撮影で、何度も大糸線沿線を訪れた。
北アルプスを望むあの風景は、日本でも屈指の美しさだと思う。コシナ本社近くを走る長野電鉄長野線には、長野電鉄に譲渡された初代成田エクスプレス用電車(4人用個室も選べる)と小田急ロマンスカー用電車「HiSE」が特急列車として長野と湯田中を結んでいる。信州中野から湯田中の区間では、素晴らしい車窓を堪能できる。
長野県は精密加工技術の集積地でもある。だから私は、長野県から世界的な高級ブランドがもっと生まれても不思議ではないと考えている。
工業製品は、性能だけではなく、土地、歴史、文化、技術、そして人 ー それらすべてが価値になる。
コシナは、そのことを静かに証明している会社ではないだろうか。
利益は次の世代への投資の源泉
コシナを調べていて、私が最も感銘を受けたのは、実は製品ではない。2017年、小林博文代表取締役は私財を拠出し、一般財団法人COSINA奨学会を設立した(翌2018年に公益財団法人の認定を取得)。
同財団は、理工系分野を学ぶ学生に対し、返済不要の給付型奨学金を支給している。私は、この活動にコシナという会社の高邁な経営理念・哲学が表れているように思う。
利益とは、株主のためだけにあるものではない。苦楽を共にした従業員へ還元するため、新しい製品を開発するため、設備へ投資するため、そして、未来の技術者を育てるための源泉でもある。
価格決定権を持つ企業は十分な利益を生む。その利益があるからこそ、社会へ還元できる。コシナは、世界市場で価格ではなく価値を売り、その利益を次世代へ投資している。
私は、このような企業こそ、日本の製造業がこれから目指すべき姿の一つだと思う。







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