トヨタ自動車は8月5日、静岡県裾野市で開発している実験都市「ウーブン・シティ」の一般住民の募集を始めた。約25世帯を想定し、自動運転やロボットなどの最先端技術を実際の生活の中で使ってもらい、その反応を新しいサービスや街づくりに生かす。

ウーブン・シティ 公式サイトより
一見すると「未来都市に住んでみませんか」という話だが、これは単なる不動産開発ではない。
むしろ興味深いのは、トヨタは自動車会社から何になろうとしているのかということである。
車を売るだけでは成長できない
トヨタは世界最大級の自動車メーカーである。しかし自動車産業には大きな構造変化が迫っている。
電気自動車や自動運転が普及すれば、自動車の価値はエンジンや車体だけでは決まらなくなる。ソフトウェア、通信、AI、地図、決済、エネルギーなど、車を取り巻くサービスの重要性が高まる。
さらに自動運転が本格化すれば、「1人1台の車を所有する」という現在のビジネスモデルそのものが変わる可能性もある。
車が必要な時に自動で迎えに来る社会になれば、人々は今ほど車を買わなくなるかもしれない。
自動車メーカーにとって、これはかなり深刻な問題である。
そこでトヨタは、自動車そのものではなく「移動」を売る会社への転換を目指してきた。豊田章男氏が以前から掲げてきた「モビリティカンパニー」という言葉も、その方向を示している。
ウーブン・シティは、その実験場だ。
街全体を「テストコース」にする
自動車メーカーには昔からテストコースがある。新車を走らせ、ブレーキや操縦性能を確かめる場所だ。
ところがウーブン・シティでは、テストする対象が自動車だけではない。
人が住み、自動運転車が走り、ロボットが商品を運び、AIやスマートホームが生活を支える。その結果、人間がどう行動するのかまで観察する。
つまりトヨタは、車ではなく社会そのものをテストしようとしている。
今回募集する住民も、普通の賃貸住宅の入居者とは少し違う。「Weavers(ウィーバーズ)」と呼ばれ、新技術やサービスを実際に使って、その感想や改善点を開発側にフィードバックする。
住民であると同時に、巨大な実証実験の参加者でもある。
トヨタにとって重要なのは、「こんな技術がつくれました」という研究成果ではない。それを普通の人間が本当に使うのか、便利だと思うのか、お金を払うのかを確かめることだ。
研究所では分からないことを、街を丸ごとつくって調べようというのである。
トヨタ版「生活OS」への野心
ここまで来ると、トヨタが目指しているものは自動車メーカーという枠をかなり超えている。
グーグルやアップルがスマートフォンのOSを握ることで、そこに乗る無数のサービスの基盤となったように、トヨタも人間の移動や生活を支える「OS」のような存在を目指しているのではないか。
家を出る。車が迎えに来る。会社へ行く。荷物が届く。買い物をする。電気を使う。健康管理をする。
そうした生活のさまざまな場面がデータでつながれば、自動車はその中の一部にすぎなくなる。
自動車を年間1000万台売る会社から、人々が毎日利用するサービスを提供する会社へ転換できれば、ビジネスの規模も性質も大きく変わる。
逆に言えば、ウーブン・シティはトヨタが将来も「自動車メーカー」であり続けられるとは考えていないことの表れともいえる。
トヨタがGAFAMになれるか
もちろん壮大な構想と、事業として成功することは別問題だ。
これまでにも世界中で「スマートシティ」の構想は数多くつくられてきたが、最新技術を並べただけで人々の生活が劇的に便利になるわけではない。
技術者が便利だと思うサービスと、普通の住民が欲しいサービスは必ずしも一致しない。街という巨大なシステムを一企業が設計することへの違和感もあるだろう。
そして最大の問題は、自動車づくりで世界一になったトヨタが、ソフトウェアやデータでも世界一になれるかということだ。
グーグル、アップル、アマゾンなどは、すでに人々の日常生活の巨大な部分をデジタルで押さえている。中国企業も自動運転やAIに巨額の投資を続けている。
トヨタが競争する相手は、もはやフォルクスワーゲンやGMだけではない。
ウーブン・シティで一般住民の募集が始まったことは、小さなニュースに見える。しかし、その背後には「自動車をつくる会社」から「人間の生活そのものを設計する会社」へ進もうとするトヨタの巨大な賭けがある。
成功すれば、ウーブン・シティは未来の都市のモデルになるかもしれない。
失敗すれば、世界最大の自動車メーカーがつくった豪華な実験場で終わる。
いずれにしても、この街で実験されているのは自動運転車だけではない。トヨタという会社の未来そのものが実験されているのである。







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