雨の日に傘を差し出す人、奪い去る人:見えた人間の本質

アゴラの執筆メンバーである内藤忍さんのコラム「雨の日に傘を差し出してくれた人も、傘を取り上げた人も絶対忘れない」を読んだ。思うところがあり、私も備忘録として本稿を残しておきたい。

雨の日に傘を差し出してくれた人も、傘を取り上げた人も絶対忘れない
14年前に勤めていた会社を辞めて資産デザイン研究所を設立した時、たくさんの経営者の諸先輩に話を聞きに行きました。それまではずっと会社員生活を続けていたので、会社を立ち上げてどのように仕事をすれば良いかのヒントを何とか得ようと必死だったのです...

2010年、私は初めての本を出版した。それまでのキャリアは、コンサルティング会社や事業会社の役員など、傍目には順風満帆に見えるものだった。しかし、その終焉は何の前触れもなく、あまりにも唐突に訪れた。

原因は、社内で起きた情報漏洩事故の責任を取らされたことである。

当時の携帯電話の契約は、店頭で申し込みを受け、書類を開通センターへ送って処理する仕組みだった。その個人情報の記載された書類が、現場の手順違反によって、あろうことか、まったく無関係の一般家庭へFAXで誤送信されたのである。先方からの連絡で事態は露見した。折しも、個人情報保護法が施行されて間もない時期だった。

エラーは、この一件だけだった。私は本件をキャリアに報告するよう社長に要請した。しかし、答えはノーだった。キャリアから制裁金を課せられたらどうするのか――それが理由である。

私はその判断に従わざるを得なかった。だが、やがてキャリア本体の知るところとなる。結果として隠蔽を図った形になり、私は役員辞任を要求された。当初は拒否した。現場の手順違反であり、私は社長の判断に従ったに過ぎなかったからだ。しかし会社側は「拒否するなら臨時株主総会を開いて解任する」と牙を剥いた。選択肢はなかった。役員就任からわずか3か月後、私は辞表を提出した。

会社は株式上場(IPO)を目指しており、就任時に得ていた多額のストックオプションの権利は、一夜にしてただの紙くずに変わった。失ったのは、それだけではない。私は個人で請け負える仕事の売上数百万円を会社に立てていたが、それも戻ってこない。それどころか退任時には、返還を求めない旨を了承する、という一文まで書かされた。

役員には失業保険がない。突如として無職となり、路頭に迷った私は、自分で会社を立ち上げて生きていくしかなかった。それまで組織に守られた会社員生活しか送ってこなかった身である。どのように事業を興し、どう仕事を獲得すればいいのか。必死の思いで、経営者の諸先輩方に助言を求めて回った。

何人かの経営者に連絡を取り、相談に伺った。冷淡な対応を決め込む方もいた。きびすを返すように去っていく人もいた。あからさまだったのは、私がEQの専門家であることを知る人物が、その知見をはした金で買い取ろうとしたことだ。国内2,000社に導入したEQ検査のロジックである。売り渡すことなど、できるはずがなかった。

肩書をまとっていた頃と、態度を一変させた人々もいた。こちらの立場や利用価値が消えたと見るや、手のひらを返す。名前は伏せるが、潮目が変わったと察するや否や、音信不通になった知人や取引先も確かに存在した。昨日まで笑顔で付き合っていたはずの人間が、一瞬で冷たい他人に変わるのだ。人間の浅ましさ、現金さというものに、当時の私は強い衝撃を受けた。

その一方で、傘を差し出してくれた人たちのことも、同じだけ鮮明に覚えている。大きな仕事をくれたわけではない。ご自身の泥臭い経営体験を、時間をかけて丁寧に教えてくださった方々である。一銭にもならない相談に付き合うことは、相手が晴れの日なら誰にでもできる。だが、相手の頭上に土砂降りの雨が降っている時にそれをできる人は、決して多くない。

そんな折に舞い込んだのが、1冊目の出版のオファーだった。どん底で差し出された、思いがけない一本の傘だった。無我夢中で書き続け、気がつけば23冊を上梓していた。

これらの経験を通じて、私はひとつの確信を得た。本当の人間関係や、その人の情の深さがわかるのは、間違いなく、その人の頭上に「雨が降っている時」である。

人生が晴れ渡り、順風満帆な時には、誰だって笑顔で近づいてくる。旨い酒を酌み交わし、調子のいい言葉を並べることは難しくない。しかし、その人が人生の底に陥った時――その「雨の日」に見せる素顔こそが、偽らざる人間の本質を物語る。

あの絶望的なタイミングで縁を切っていった人々は、単に「傘を貸してくれなかった」のではない。窮地の人間の知見を安く買い叩こうとし、去っていく者に返還放棄の一筆を書かせる。それは、土砂降りの中で凍えている人間から、持っていたはずの傘まで奪い去り、冷たい雨の中に突き飛ばす行為である。その痛みは、記憶の奥深くに刻み込まれる。

だからこそ、これだけは心に誓っている。雨の中にいる誰かを見たとき、その傘を奪い取るような冷酷な人間には、絶対にならない、ということだ。

あの悲痛な日々と、その中で差し出された温かい傘の感触を思い出しながら、私は今日も自分自身の振る舞いを静かに戒めている。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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