辺野古事故から5カ月、遺族の刑事告訴でようやく「平和丸」船長ら家宅捜索

沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、同志社国際高校2年の武石知華さん(17)ら2人が死亡した事故で、第11管区海上保安本部は8月12日、船を運航していた団体の幹部や船長らの自宅を家宅捜索した。

きっかけの一つとなったのが、武石さんの遺族による刑事告訴だった。遺族は7月、学校側と運航団体側の計11人を業務上過失致死傷などの疑いで告訴している。

ここで疑問が浮かぶ。

なぜ遺族が刑事告訴するまで、捜査は学校や運航団体の安全管理責任に十分広がらなかったのだろうか。

転覆した「ヘリ基地反対協議会」の船

捜査そのものは事故直後から始まっていた

もちろん、海保が告訴まで何もしていなかったわけではない。

事故は3月16日に発生し、海保は3月20日には運航団体の事務所などを家宅捜索。4月には業務上過失致死傷などの容疑で捜査していることを明らかにしていた。

問題は捜査の射程である。

当初は転覆原因や船長の操船、運航上の問題が中心だった。しかしこの事故では、17歳の高校生を誰が船に乗せ、安全性を誰が確認し、誰が出航を止める立場だったのかという組織的な責任も問われる。

単なる「海難事故」だけでは片付けられない。

業務上過失致死傷は「告訴がなければ捜査できない犯罪」ではない

業務上過失致死傷罪は親告罪ではない。

つまり、遺族から刑事告訴がなくても、捜査機関は犯罪の疑いがあれば捜査することができる。

しかも今回は2人が死亡し、多数の高校生が海に投げ出された重大事故だ。被害者は自分で船を選んだ観光客ではなく、学校行事に参加していた未成年者だった。

事故直後から、学校の企画・引率責任を含めて調べる必要があったはずである。

遺族が「刑事責任を問われず終わる」と危機感

ところが遺族は、「誰も刑事責任に問われないまま終わるのではないか」と危機感を強め、学校側4人と運航団体側7人を刑事告訴した。

その後、7月25日には同志社国際高校が家宅捜索され、8月12日には運航団体関係者の自宅にも捜索が入った。

時系列を見る限り、遺族が具体的な関係者を名指しして刑事責任を問うたことで、捜査が「船の転覆原因」から「事故を生んだ安全管理体制」へと大きく広がったように見える。

もちろん、令状を伴う強制捜査には証拠の積み上げが必要であり、時間がかかること自体は不自然ではない。

それでも、事故から4カ月以上たって遺族が告訴し、その後に学校や団体幹部への捜索が相次いだ事実は重い。

第三者委員会は学校の安全配慮義務違反を認定

学校法人同志社の第三者委員会も、学校側について「生徒に対する安全配慮義務違反の責任は免れない」と認定した。

事前調査や安全な計画の策定、保護者への説明が不十分だったとし、安全管理やリスク管理体制にも問題があったと指摘している。

第三者委員会の認定が、そのまま刑事責任を意味するわけではない。

しかし、これほど安全管理上の問題があったのであれば、学校側の意思決定についても、もっと早い段階から刑事捜査の対象になってよかったのではないか。

「辺野古」という政治問題が捜査を難しくしなかったか

事故現場が辺野古で、運航団体が基地移設反対運動に関係していたことも、この問題を複雑にした。

事故後には基地問題や「平和学習」の是非をめぐる議論も起きた。

しかし刑事捜査に政治的立場は関係ない。

基地移設に賛成でも反対でも、未成年者を海に連れ出す以上、安全を確保する責任は同じである。

現時点で政治的事情が捜査を遅らせた証拠はない。だが、なぜ学校側への強制捜査まで4カ月以上かかったのかについては、検証する余地がある。

遺族に「捜査を動かす役割」を負わせていいのか

最も重いのは、娘を失った遺族が自ら問題点を調べ、記者会見を開き、11人を刑事告訴するところまで動かなければならなかったことだ。

刑事告訴には大きな意味がある。しかし重大事故の全容解明が遺族の努力に依存してよいはずはない。

学校行事で未成年者が死亡し、学校と運航団体の双方に安全管理上の問題が疑われたのであれば、捜査機関が主体的に責任の所在を調べるべきだった。

今回の家宅捜索によって、ようやく「誰が何を知り、誰が出航を決め、誰が安全確認を怠ったのか」という核心に捜査が近づいている。

同時に問われなければならない。

なぜ、そこまで進むのに遺族の刑事告訴が必要だったのか。

事故そのものだけではなく、捜査の初動と進め方についても検証が必要だろう。

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