パランティア創業者の政治思想:書評『無能より邪悪であれ』

日本の防衛省が大型契約を取り交わすのではないかとの観測から、日本でも徐々に注目が高まっている軍事AI企業が、パランティア・テクノロジーズだ。同社の概要については、『The Letter』に文章を掲載しておいた。

パランティア・テクノロジーズとは何か

パランティア・テクノロジーズの研究(1):概要編・特異な政治思想を持つ創業者の軍事AI企業
軍事AI企業の代表格として、各国の安全保障政策に影響を及ぼすパランティア。その創業思想、CIAとの関係、四つの主要プラットフォーム、ウクライナ戦争などでの実績、急成長の背景を概観し、監視社会、軍事AI、創業者支配をめぐる論争を整理する。

パランティア社の共同創業者ピーター・ティール氏は、PayPalの共同創業者であり、Facebookなどへの投資も手掛けた投資家として有名だ。巨額の資産を生かして、政界に強固な人脈を築いていることでも知られる。特に2016年の大統領選挙では、他のシリコンバレーのテック企業関係者とは一線を画し、いち早くトランプ候補への支持を表明した。共和党全国大会で力強い応援演説を行い、多額の寄付もしたため、トランプ政権とのつながりが非常に強い。パランティア社も、二度にわたるトランプ政権の時代に、国防総省をはじめとする米国政府との巨額の契約を積み重ねてきた。

高市首相をパランティア共同創業者兼会長として表敬訪問するピーター・ティール氏 首相官邸HPより 2026年3月

また、ティール氏は、現副大統領のJ・D・バンス氏が上院議員に立候補した時からの支援者であり、パトロンと言ってもよい存在だ。そのほか、テッド・クルーズ上院議員など、右派色の強い共和党政治家を支援してきた。

パランティア社は、米軍のみならずイスラエル軍にも深く入り込み、システムを提供している。ベネズエラのマドゥロ大統領拘束作戦や、イランの最高指導者ハメネイ師暗殺作戦なども、パランティア社が提供したシステムの成果だと考えられている。こうした実績から、ティール氏は「死の商人」といった表現で描写されることもある。

従来の伝統的な「死の商人」の軍需産業は、国防総省から発注を受けて武器を開発・提供してきた企業群であった。AI企業のパランティア社は、むしろ開発段階から国防総省の活動を方向づける役割を担い、データの集積・管理から作戦遂行上の意思決定までを支援する。その点は大きな違いだ。しかし、さらに言えば、「死の商人」といった描写によって、かえって見失われてしまうのが、ティール氏の強い政治思想である。

ジャーナリストのマックス・チャフキン氏による『無能より邪悪であれ――ピーター・ティール シリコンバレーをつくった男』を読むと、ティール氏が、外から漠然と眺めた際のイメージをはるかに超える、強烈な政治思想の持ち主であることがわかる。


無能より邪悪であれ――ピーター・ティール シリコンバレーをつくった男

おそらく出版社が商業的な配慮から邦題を考えたのだろうが、結果として、本来この本に関心を持つはずの読者層を逃しているかもしれない。ビジネス書として読めば、失望するだけだろう。たとえばティール氏がスタンフォード大学で行った講義をもとに、ブレイク・マスターズ氏とともにまとめた『Zero to One』は、ビジネス啓発書と言ってよい内容だ。しかし、チャフキン氏の本書は全く異なる。一人の野心的な社会運動家についての本だと言ってよい。実業家・投資家としてのティール氏にビジネス上の観点から関心を持つ読者にとっては面白くない内容と思われるが、アメリカ政治、特にその思想的動向に関心を持つ読者にとっては、非常に刺激的な内容である。

原題は『The Contrarian: Peter Thiel and Silicon Valley’s Pursuit of Power』で、直訳すれば「逆張り屋――ピーター・ティールとシリコンバレーの権力追求」となる。「逆張り屋」は、成功と失敗を重ねてきたティール氏の投資家としての手法を言い表すと同時に、アメリカ社会の主流を占めるリベラルな思想に対抗する、彼の強い政治的姿勢を示す言葉でもある。

ドイツ系移民の家庭に生まれ、南アフリカで暮らした経験も持つティール氏は、幼少期から独自の世界観と強烈な上昇志向を持ち、周囲から異端視されていた。高校の卒業アルバムには、「みんな、いつかほんの少しでも僕みたいになれるといいね」と書き残している。際立って優秀な成績でスタンフォード大学に入学すると、そこはリベラルな思想を持つ学生たちで埋め尽くされていた。ティール氏は次第に周囲への反発心を強め、多文化主義的リベラリズム、特にポリティカル・コレクトネスを重視する文化を忌み嫌い、白人男性中心主義的な傾向を帯びた保守思想を強く持つようになった。

ティール氏は学生新聞『スタンフォード・レビュー』を創刊し、編集・執筆に携わりながら、スタンフォード大学のリベラルな文化を徹底的にこき下ろす文章を書き続けた。当時『レビュー』に執筆していた人物の中には、後年、学生時代の文章を掘り起こされ、非難を浴びた者もいる。ティール氏自身も、トランプ候補の大口支援者となった際に、『レビュー』に寄稿した学生時代の文章の過激さを指摘され、謝罪したことがある。また、後に優れた法律家となり、連邦最高裁判所判事の候補にまでなりながら、学生時代に『レビュー』へ寄稿した文章が原因となって、その座を逃した人物もいる。それほど過激な右派系の政治サークルだったのである。

ティール氏がロー・スクールに進学したのも、競争を勝ち抜こうとする強い上昇志向ゆえだった。優秀な成績を収め、連邦裁判所判事のロー・クラークなどの職を獲得した。しかし、ロー・スクール卒業生にとって最高峰の栄誉の一つである連邦最高裁判所判事のロー・クラークには採用されなかった。それがティール氏にとって大きな転機となった。この不採用をきっかけに、法律家としてのキャリアを捨て、実業家になることを決意する。資産家として社会的影響力を発揮するためである。

ティール氏が共同創業したPayPalは、画期的な決済システムを導入したベンチャー企業として大きな成功を収めた。その過程で、ティール氏は、違法行為すれすれとも評される行動をたびたび見せた。それでもひるまずに突き進んだのは、特異な性格に裏づけられた強い上昇志向ゆえだ。後に「ペイパル・マフィア」と呼ばれるようになる初期メンバーたちは、競合会社の創業者から合併相手となったイーロン・マスク氏を含め、1990年代末からのPayPalでの経験と、その売却によって得た巨額の資産を基盤として、21世紀に入ってから、それぞれ異なる分野の企業で改めて巨万の富を築いていった。

PayPal売却後に投資家となったティール氏は、創業間もないFacebookに投資し、後に取締役となってザッカーバーグ氏のメンターのような存在になるなど、次々と大胆な行動を起こしていく。ティール氏がさらに2003年にパランティア社を共同設立したのは、2001年の9・11テロ事件後、「対テロ戦争」が進められていた時代状況を踏まえてのことだった。PayPalで培われた不正取引ネットワークの識別技術は、対テロ戦争の時代にテロリストを摘発するうえで大きな意味を持ち得た。CIAから国防総省へと大口取引先を広げながら、パランティア社は成長していった。近年、生成AIを取り入れたプラットフォームによって独特の存在感を放っていることは、上述したとおりだ。

無能より邪悪であれ』が描くのは、こうしたキャリアを通じて、ティール氏が自らにとって不要となった他者を切り捨て、かなり際どい仕事ぶりも見せながら独特の人脈を築き、保守主義的な政治思想を実現する場を広げていった経緯である。

パランティア社の共同創業者アレクサンダー・カープ氏は、フランクフルト学派に関する社会思想の博士論文で学位を取得したという異色の経歴を持つことで知られるが、やはり強い政治思想の持ち主である。フランクフルト学派が、マルクス主義の影響を強く受けたマックス・ホルクハイマーらで知られているため、カープ氏の思想傾向も左派的だと評されることが多いようだ。しかし実際には、保守主義哲学の巨匠レオ・シュトラウスを信奉するネオコンにも通じる、保守的な思想家としての一面を持つ。アメリカは国際政治における競争に勝ち抜かなければならないと信じ、米軍との協力関係を強いイデオロギー的視点から捉えている。ガザ危機後はイスラエルを強く支持し、米国の大学で広がった親パレスチナ運動を厳しく批判した。

ティール氏およびパランティア社とトランプ政権とのつながりは、単なるビジネス上の動機に基づくものとは言えない。むしろ思想的共鳴の要素が色濃い。確かに、実業家・資産家としての成功が、ティール氏の強い上昇志向の産物であることも、過小評価すべきではない。しかし本書『無能より邪悪であれ』を読むと、むしろ資産形成は政治的影響力を持つための手段だったのではないか、と勘繰りたくなるほど、ティール氏の政治思想が強い印象を残す。

ピーター・ティールという人物に関心を持つ者、あるいはパランティア・テクノロジーズとは何かに関心を持つ者にとって、本書は必読書だと言ってよいだろう。


無能より邪悪であれ――ピーター・ティール シリコンバレーをつくった男

【目次】
孤高の天才少年
逆張りの反逆者
見返してやる
ペイパル誕生秘話
イーロン・マスクとの共闘
シリコンバレーの台頭
フェイスブック SNSの始まり
投資家としての成功
古き時代よさようなら
画期的なソフトウェア
テック業界への貢献
新世代のカリスマ
ティールが持つ2つの顔
政治への傾倒
トランプ支援の真相
ティールの考える政府とは
テック業界の大物たちの思惑
グーグルとの対決
総力戦
ティールの予見する未来

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【参照記事】

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