- 米国の「第二列島線戦略」は、日本を完全に見捨てる構想ではなく、日米同盟をより柔軟なパートナーシップへ移行し、日本に軍事的自立を求める発想である。
- 在日米軍、とくに沖縄の戦力縮小や「核の傘」の終了も視野に入り、日本は南西諸島防衛や核抑止をこれまで以上に自力で担う可能性がある。
- 背景には、米中二極化と米国の相対的衰退があり、米国は中国との直接衝突を避けつつ、必要な場合にだけ介入する「オフショア・バランシング」へ戦略転換しつつある。

第二次世界大戦後、アメリカは日本の安全保障にとって欠くことのできない、最も重要な同盟国であり続けています。
しかしながら、この大切な日米同盟を解消して戦略前線を「第一列島線(First Island Chain)」から後退させるという政策提言、「アジアのための第二列島線(Second Island Chain)戦略」が、アメリカのシンクタンク「ディフェンス・プライオリティーズ(Defense Priorities)」から発表されました。
著者のジェニファー・カバナ氏は、カーネギー国際平和財団やランド研究所といった著名なシンクタンクの研究員を歴任してきた人物です。そして、この報告書や関連する日本語の記事を読んだ多くの日本人は、少なからず動揺したようです。
その結果、ソーシャルメディアのX(旧Twitter)では、「アメリカはもう日本を助けてくれない」「アメリカは信用できない」「中国や北朝鮮などの挑発的行動を誘発しかねない」「中国との戦争になったらおしまいだ」といった悲観的なものから、「ワシントンの公式声明ではないのだから、日本政府は無視すればよい」といったものまで、さまざまな意見が飛び交いました。
「見捨てられる」という勘違い
私の考えでは、この提言はワシントンに「日本を見捨てる政策」を推奨するものではありません。むしろ、国際情勢の劇的な変化——すなわち、世界がアメリカのみが大国だった「単極システム」から、中国の台頭とアメリカの相対的な衰退による「二極システム」へ移行していること——に対応し、同盟関係を調整するための1つの方向性を示したレポートと見るべきです。
言い換えれば、これはアメリカの大戦略の変更から必然的に生じる、対日安全保障政策の修正なのです。この国際政治の大きな構図を理解することは、日米同盟の将来を考えるうえで決定的に重要です。
同時に、これを日本の政権が単にスルー(看過)することも望ましくありません。なぜなら、上記の政策提言レポートは、ワシントンに広がりつつある「抑制派(アメリカは海外への軍事コミットメントや世界各地の米軍基地を縮小すべきと主張する人々)」の政治的意向を反映しているからです。
したがって日本政府は、アメリカが提言にあるような縮小戦略に移行することを視野に入れる必要があります。その兆候が見えた場合でも、あるいは実際にそうなってしまった場合でも、慌てず賢く対応できるよう準備し、そのための計画を練っておくことが望ましいのです。
政策提言の内容
「アジアのための第二列島線戦略」において、日本については主に以下の3点が盛り込まれています。
① 日米同盟を解消してパートナーシップへと移行すること
② 在日米軍を縮小するとともに、日本には軍事的に自立してもらうこと
③ 日本に提供してきた「核の傘」(拡大核抑止)を終了すること
また、その結果として日本が核武装に走ることは想定されるものの、ワシントンとしてはこれを推奨するわけではないが「容認」することになるだろう、とも述べられています。
同盟からパートナーシップへ
①については、日本政府の関係者のみならず多くの一般の日本人に衝撃を与えたようです。なぜなら、日米同盟は日本の国家安全保障戦略の前提条件だからです。これが崩れるとなれば、当然ながら日本政府は戦略そのものを見直し、新たなものを構築するよう強いられます。
しかしながら、これは「アメリカが有事の際に日本を全く助けなくなる」という意味ではありません。「アメリカが日本への軍事支援や援助について、自国の自由度を高めるように制度を変更する」と理解すべきです。
ここでいうパートナーシップの詳細は不明ですが、そもそも同盟は公式な条約によるものだけに限りません。広く定義すれば、同盟とは複数の国家間における安全保障協力のことです。
確かに国際法から考えれば、条約で結ばれた同盟の方が強力ですが、政治学の観点から見れば、保護国は「助けることが自国の国益に反する」と判断すれば、利己的な規則破り、すなわち同盟相手国を「見捨てる」こともあり得るのです。
一方で、公式な条約がなくとも強い同盟関係は存在します。アメリカとイスラエルの安全保障協力関係がその典型例です。
要するに、「公式な同盟条約があるからアメリカは助けてくれる」というよりも、「国益に合致すると判断したからこそ、犠牲を覚悟してでも同盟国を支援する」と考えるべきでしょう。そうであれば、日米同盟が公式の条約からパートナーシップに変わったとしても、アメリカは自らの安全保障や国益の観点から「日本をどのような手段で、どの程度助けるか」を決めると推察できます。したがって、「見捨てられた」と嘆くのは早計です。
在日米軍の縮小
この提言では、在日米軍の兵力を大幅に減らすとともに、沖縄から撤収することも示唆されています。その一方で、日本本土の三沢や横須賀、岩国などの米軍基地は引き続き維持すべきだと書かれています。これをどのように解釈すればよいでしょうか。
おそらくアメリカは、沖縄に米軍を展開し続けることで、最も起こり得る尖閣諸島をめぐる中国との軍事衝突(尖閣有事)に「巻き込まれ」、最悪の場合は米中戦争に発展することを懸念していると推察されます。このことは中国が台湾に侵攻する「台湾有事」にも当てはまります。なぜなら、台湾防衛のために真っ先に駆けつけるのは沖縄に展開している米軍だからです。
冷戦期に起こったベトナム戦争の際、日本は「アメリカが沖縄の米軍基地を利用することで、我が国も戦争に巻き込まれるのではないか」と心配しました。これが当時の反米運動や反基地運動の大きな要因の1つでした。
今は、その逆のことをアメリカが懸念しているのでしょう。アメリカ政府や国民は、太平洋を挟んだ遠方の戦争に巻き込まれることをあまり望まないでしょう。言い換えれば、尖閣有事や台湾有事の米中(核)戦争へのエスカレーションを防ぐために、沖縄からの撤退や台湾への軍事コミットメントの終了が提案されたと考えられます。
端的にいえば、これは「日本は自力で南西諸島とその周辺地域を防衛してほしい」というアメリカからの間接的なメッセージなのです。
核の傘の終了と核武装
日本が「核は持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を堅持してきた背景には、核の脅威に対してはアメリカの「核の傘」に守ってもらうという前提がありました。しかし、この前提がなくなると、日本は核抑止を自力で行うか、他の手段に頼るか、あるいは諦めるかの選択を迫られることになります。
日本が核兵器を製造・保有できる能力を持ちながらもあえて非核を貫いてきたのには、「反核感情」などさまざまな理由がありますが、アメリカから提供される「核の傘」の存在も強く影響しています。それがなくなった場合、日本がどのような選択をするかは確実にはわかりません。しかし少なくとも、アメリカの「不拡散政策」(日本をはじめとする非核国に核兵器を持たせないという方針)が変わりつつある兆候は顕著になってきました。
たとえば、アメリカの権威ある外交政策誌『フォーリン・アフェアーズ』は最近、日本にも核兵器を持たせるべきだとする論文を掲載しています。
そこでは、「ワシントンは…カナダ、ドイツ、日本…の核武装を奨励すべきだ。(中略)日本の核武装は、強力な地域同盟による中国封じ込めというアメリカの東アジアにおける主要目的達成に大きく貢献する。…核拡散が偶発的な核戦争リスクを高めるのは事実だが、その可能性は極めて小さく…(選択的に核武装を容認する)利益の方がはるかに大きい」と論じられています。
このロジックによれば、日本の核武装は日米両国にとって「ウィンウィン」になるということです。ただし同時に、日本が核武装するには高いハードルがあり、とりわけ警戒を抱く周辺国からの「予防攻撃」が懸念されることも付言しておきます(拙文「核武装が招く『予防攻撃』のリスク」参照)。
なお、「アジアのための第二列島線戦略」では、日本以外の国からもアメリカは撤収することになります。その概要は、以下の表でご確認ください。
| 対象 | 本土防衛 | 経済安保 | 戦争リスク | 地理的重要性 | 提案 |
| 日本 | 不要 | 一部必要 | 中〜高 | 高 | 段階縮小→限定パートナー |
| 韓国 | 不要 | 一部必要 | 中 | 中 | 終了 |
| フィリピン | 不要 | 不要 | 高 | 高 | 終了→限定パートナー |
| 台湾 | 不要 | 不要 | 高 | 中 | 終了 |
| オーストラリア | 不要 | 不要 | 低 | 中 | 終了→限定パートナー |
| COFA | 不要 | 一部必要 | 低 | 高 | 維持 |
※COFAは自由連合協定(パラオ、マーシャル諸島、ミクロネシア)
要するに、この戦略構想では、アメリカは東アジアおよび西太平洋において、中国との戦争に発展するリスクが高い国や地域からは撤収する一方で、自国の国益がある程度関わる国家とは関係を維持しつつ、同盟より自由度の高いパートナーシップへと移行することを示しています。これは同時に、アメリカと対等な競争相手となった中国のパワーに見合う「勢力圏」を、北京に対して認めることも意味します。
パワー分布の変化と戦略変更
世界における国家、とくに大国の力関係が変われば、それに対応して国家の行動も調整されます。アメリカが唯一の大国だった「単極期」には、ワシントンは世界をアメリカのイメージ通りに変えようとしました。いわゆる「リベラル覇権戦略」の遂行です。民主化のための戦争やテロ組織壊滅のための軍事介入、自国の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)の大幅な拡大などを次々と実行していきました。
なぜそんなことが可能だったかといえば、当時のアメリカという大国を抑え込める国が存在しなかったからです。しかし現在は、米中の二国のみが大国である「二極期」に入りました。当然、アメリカの行動は中国の存在によって抑制されるため、これまでとは変わってきます。それでは、どのようになるのでしょうか。この点について、政治学者のジェニファー・リンド氏(ダートマス大学)は以下のように説明しています。
「二極体制の第一原則は『裏庭を固めろ』だ。…カリブ海と東太平洋で米軍が圧力を強めているのは…北京へのすり寄りが高くつくとの警告だ。…今後数年、北京が自らの地域(東アジア)からアメリカを政治的・軍事的に排除する程度により、米中戦略競争の主要舞台は決まるだろう」
つまり、東アジアにおいて中国の「勢力圏」が広がっていくことは不可避であると同時に、アメリカも自らの「勢力圏」を固める方向へ移行せざるを得ないということです。
このような説明を聞くと、「それは中小国の軽視ではないか」と立腹する人もいるでしょう。しかし、そうではありません。国際政治の世界は、大国の行動を注意深く観察しながら生き残りを確かなものにするよう、中小国の指導者に用心深い行動を促しているのです。
二極化とオフショア・バランシング
最後に、このレポートに関わる重要なポイントを3つにまとめて締めくくります。
第一に、覇権移行期において、衰退しつつある大国が国力を回復させるために関与縮小戦略を採用することは珍しいことではありません。たとえば、第二次世界大戦後のイギリスは、大英帝国を維持する力を失い、ギリシャ等へのコミットメントをアメリカに移譲する縮小戦略をとりました。冷戦末期の旧ソ連も、アフガニスタンや中東欧諸国の「勢力圏」を放棄するという縮小戦略をとりました。現在のアメリカも「リベラル覇権戦略」による戦略資源の浪費などにより明らかに疲弊しているため、この例外にはならないでしょう。
第二に、今回の提言は「トゥキディデスの罠(米中戦争)」を回避しつつ、米国の核心的国益に集中するためのひとつの戦略として理解するのが最も妥当です。アメリカは明らかに、「帝国の過剰拡張」の代償を払わされています。その代償とは、欧州や中東から撤退せず、アジアへの真の「軸足移動(ピボット)」を完遂しなかったことによる結果です。中国を第一列島線の内側に封じ込める戦略は、実行するにはすでに手遅れかもしれません。
第三に、——そしてこれが日本にとって最も重要であるにもかかわらず、最も理解されていない点なのですが——第二列島線戦略は「日本を見捨てること(放棄)」ではありません。
繰り返しますが、カバナ氏の提言書では、三沢、横須賀、岩国を含む日本本土の米軍基地は維持されると記されており、アメリカにとって日本が高い戦略的価値を持つことを明確に肯定しています。そこにある主要な論理は、「日本政府が中国にバンドワゴニング(勝ち馬に乗るように強国に便乗・追従すること)するのを防ぐために、ワシントンは日本により一層の軍事的自立を求めつつ、アメリカの国益に合わせて支援を行うだろう」というものです。
要するにこのレポートは、リアリスト(現実主義者)の伝統的な戦略である「オフショア・バランシング」の二極世界バージョンの一つとして理解されるべきです。すなわち、アメリカは東アジアの安全保障を日本や他のアジア諸国に任せ、それらの国だけでは中国の地域覇権を阻止できなくなったときに限り、国益上、必要と判断した場合にのみ軍事介入する、という戦略への大胆な移行が、この報告書では提言されているのです。







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