賃金は政府が上げるもの? 日銀の「賃金硬直性」論と最低賃金引き上げを考える

記事のポイント
  • 日銀論考は、日本では賃金が上にも下にも動きにくい「賃金の硬直性」があると指摘している。
  • インフレは実質的な賃下げをしやすくするが、物価上昇で調整するやり方には問題もある。
  • 日本では解雇や賃下げが難しい制度が、企業を賃上げに慎重にさせている。
  • 最低賃金の引き上げは、かえって賃金を政府が固定する方向に働く可能性がある。
  • 持続的な賃上げには、政府の介入より、生産性向上と企業間の人材獲得競争が重要だ。

2026年10月1日から、全国で最低賃金の引上げが順次始まっています。

今年度の引上げ額は、47都道府県すべてで54~65円。改定後の全国加重平均は、従来の1,121円から56円高い1,177円となります。

これは、1978年度に現在の目安制度が始まって以来、2番目に大きな引上げです。

政府が法律によって賃金を引き上げようとしている、まさに今に読み直してみたい論考があります。

日本銀行が2026年8月14日に公表した「日銀リサーチラボ」の一編、「生産性向上が賃金上昇に反映されなかったのはなぜか:わが国のデフレ期からの教訓」です。

(リサーチラボ)生産性向上が賃金上昇に反映されなかったのはなぜか:わが国のデフレ期からの教訓 : 日本銀行 Bank of Japan

この論考では、「日本で生産性が上昇したにもかかわらず、なぜ実質賃金が伸びなかったのか」を分析しています。

論考の問題提起自体は非常に興味深いものです。

しかし、リバタリアンの立場から読むと、そこには別の疑問も浮かび上がってきます。

賃金が自由に動かなかったことが問題ならば、必要なことは、インフレや最低賃金によって賃金を動かすことなのでしょうか?

本当に必要なのは、「賃金という労働サービスの価格」そのものを、もっと自由に動けるようにすることではないでしょうか。

※ この論考は日銀スタッフ3名(安部展弘・平野竜一郎・開発壮平の各氏)によるもので、内容と意見は筆者個人のものであり、日本銀行の公式見解ではないと明記されています。ただし、日銀が公式サイトで公表している研究であることから、本稿では以下「日銀論考」と呼びます。

1. 日銀論考は何を主張しているのか

まず、日銀論考の主張を簡単にまとめます。

論考によれば、日本では1990年代後半以降、生産性が上昇する一方、実質賃金はほぼ横ばいで推移しました。

そしていわゆるデフレ期には、労働者ごとの名目賃金上昇率(フルタイム労働者の所定内給与)が「ゼロ%近辺」に集中する現象が観察されました。

つまり、生産性が上がった企業でも賃金を上げず、逆に状況が悪化した企業でも賃金を下げない。賃金が上下両方向に動きにくくなっていた、というわけです。

この論考は、その原因として主に二つを挙げます。

一つは、トレンドインフレ率が低かったこと。

もう一つは、労使交渉において、賃金よりも雇用の安定を優先する慣行が定着したことです。

特に興味深いのが、インフレと賃金の関係です。

企業にとって、名目賃金を引き下げることは困難です。額面の数字を下げると、労働者の反発や働く意欲の低下につながるからです。

すると企業は業績がよくても、「今、賃金を上げてしまうと、将来業績が悪化したときに下げられず、困ることになるかもしれない」と考えます。

そのため、現在の生産性が高くても、賃上げを控えるようになります。

これが日銀論考のいう、名目賃金の下方硬直性が、上方硬直性を生む仕組みです。

2. なぜインフレになると賃金を上げやすくなるのか

では、なぜインフレがあるとこの問題が軽減されるのでしょうか。

ここに、この論考をリバタリアンの視点から読む際の重要なポイントがあります。

たとえば、時給1,000円の労働者がいるとします。

物価が2%上昇し、翌年も名目賃金が1,000円のままだった場合、その人の実質賃金は約2%下がります。

企業は、「時給1,000円を980円にします」と言わなくても、名目賃金を据え置くだけで、「実質的には賃下げできる」のです。

だから企業は、賃上げを以前ほど恐れなくて済みます。

将来もし、業績悪化などで賃下げが必要になったとき、インフレであれば名目賃金を据え置くことで、実質賃金を下げることができるからです。

日銀論考のモデルでは、このようなメカニズムを通じて、トレンドインフレが高いほど賃金の硬直性が弱まると考えています。

実際、1995~2023年について、トレンドインフレが2%だった場合を反実仮想として計算すると、実質賃金は累積で約5%高くなり、さらに労使交渉で賃金を重視する度合いもデフレ期以前と変わらなかったと仮定すると約10%高くなる、という結果を示しています。

ただし、ここで注意が必要です。

これは、「実際に2%インフレを起こせば実質賃金が5%上がることが歴史的事実として証明された」という意味ではありません。

一定の理論モデルと仮定に基づく反実仮想シミュレーションです。

この論考の著者自身も、この分析が賃金硬直性という一つのチャネルに焦点を当てたもので、交易条件の悪化や非正規雇用の拡大など、他の要因を明示的には扱っていないと認めています。

3. 「インフレで実質賃金を調整する」という奇妙さ

ここで、リバタリアンから見ると根本的な疑問が生じます。

名目賃金を引き下げることは難しい。だから、一般物価を上昇させることによって実質賃金を調整しやすくする。

これは経済学的には理解できる議論です。

しかし制度として考えれば、かなり奇妙です。

本来なら、「あなたの仕事の生産性が下がったので、時給を1,000円から980円にしたい」という話は、雇用主と労働者の間で行われるべき交渉でしょう。

労働者が納得しなければ転職することもできます。

ところがインフレによる調整では、名目賃金1,000円という数字は変わりません。その代わり、その1,000円で買える商品やサービスの量が減ります。

つまり、契約上の数字を変えずに、貨幣の購買力を変えることによって実質賃金を調整するわけです。

人は一般に、給与明細に「賃金2%減」と書かれれば強く反発します。

しかし給与が5%上がり、物価が7%上がった場合には、同じように実質所得が減っていても、その変化は見えにくくなります。

ここには、いわゆる「貨幣錯覚」の問題があります。

名目賃金の引下げへの抵抗を、インフレによって迂回しようとするのは、ケインズ的な発想です。つまり、額面の賃金を下げれば、労働者は反発する。ならば、額面はそのままにして、物価を上げ、その賃金で買えるものを減らせばよい、という考え方です。

要するに、これは、「労働者を騙せばいい」という発想です。

金融政策によって実質価格を調整するという発想は、透明な価格交渉を回避する仕組みにもなり得ます。

しかも、インフレの影響を受けるのは、賃金交渉をしている企業と労働者だけではありません。

現金や預金を保有する人、マクロ経済スライドによって年金の伸びが物価上昇に追いつかない年金生活者、名目額が固定された契約を持つ人など、経済全体の人々が貨幣価値の変化にさらされます。

局所的な労働契約の硬直性を解決するために、社会全体で使われる貨幣の価値を変動させる必要があるのか。

これは、リバタリアンから見れば大きな疑問です。

4. しかし、なぜ日本では賃金を下げにくいのか

さらに一歩進んで考えてみましょう。

日銀論考は、名目賃金には下方硬直性があるという前提を置いています。しかし、なぜ日本企業はそこまで賃金を自由に調整できないのでしょうか。

そこには、単なる心理だけではなく、日本の労働市場制度も関係しています。

日本では、正規雇用には解雇権濫用法理(労働契約法16条)をはじめ、雇用調整に相当の法的・実務的コストがあります。賃金の引下げも、就業規則による労働条件の不利益変更が原則として制限されています(同法9条・10条)。

一度採用した労働者について、

「生産性が合わないから契約を終了する」
「市場環境が変わったので賃金を下げる」

という調整を簡単には行えません。

そのため、企業が採用や賃上げに慎重になるのは、ある意味で当然だといえます。

下げられない価格は、上げることにも慎重になります。

これは日銀論考自身のモデルが示していることでもあります。

実際、日銀論考が分析しているのは、フルタイム労働者の所定内給与です。日本企業は、基本給の引下げや解雇が難しい分、賞与や非正規雇用の拡大によって人件費を調整してきたとも言われます。論考自身も、非正規雇用の拡大は明示的には扱っていないと断っています。規制の強い部分が硬直すると、調整は規制の弱い部分へと逃げていく。これも、問題が心理だけでなく制度にあることを示しています。

それならば問題にすべきなのは、雇用契約を硬直化させている制度そのものだと思います。

さらに、企業が一人を雇う際に負担する費用は、給与だけではありません。

社会保険料の事業主負担、休暇や休業制度への対応を含むさまざまな非賃金コストがあります。

労働者側でも、名目賃金が上がったからといって、その分だけ可処分所得が増えるわけではありません。税金や社会保険料もあります。

つまり、「企業が支払う総雇用コスト」と、「労働者が実際に受け取る可処分所得」との間には大きな隔たりがあるのです。

この隔たり、つまり税と社会保険料による「くさび」(タックス・ウェッジ)を無視して、「企業がもっと賃金を上げればよい」とだけ論じても、労働市場の問題は解決しません。

5. そこへ最低賃金をさらに引き上げるという矛盾

ここで2026年の最低賃金引上げに戻ります。

日銀論考の重要な主張の一つは、賃金の硬直性が、賃金をシグナルとした労働移動を停滞させ、生産性の高い企業へ人が移るのを妨げることで、経済全体の生産性を下押しした可能性があるというものです。賃金の違いが労働移動を促す。これは市場経済の価格メカニズムそのものです。

日銀論考は、最低賃金政策を直接扱っていません。しかし、賃金の硬直性を問題にするなら、最低賃金を法律で定めること自体も、当然検討の対象になるはずです。

賃金も価格です。

人手が不足している企業は高い賃金を提示する。より生産性の高い労働者には高い賃金が支払われる。

その価格差を見て、人は仕事を変えます。

ところが政府は同時に、

「これよりも安い価格で、労働を売買してはならない」

という最低価格を設定しています。

2026年度には、その価格を全国でさらに54~65円引き上げようとしています。

政策全体として見ると、これは奇妙な組み合わせです。

一方で日銀の研究者は、賃金が硬直していると、価格シグナルが働かず、資源配分が悪化する、と分析し、他方で政府は、法律によって賃金に新たな硬直性を加えています。

最低賃金を引き上げても、労働者の生産性そのものが法律によって上昇するわけではありません。

企業が時給1,050円なら雇いたいと考える人について、政府が最低賃金を1,100円にすれば、その仕事の生産性が突然1,100円以上になるわけではないのです。

最低賃金が引き上げられた場合、企業にはいくつかの選択肢が生じます。

価格への転嫁、労働時間の削減、採用人数の抑制、より経験のある人への置き換え、省力化投資、業務そのものの廃止などです。

どの調整がどの程度起きるかは、企業や市場によって異なります。

しかし、法律で強制的に時給を上げれば、その分だけ労働者が豊かになるとは言えません。法律で数字を書き換えても、それだけで社会全体が生み出す富が増えるわけではありません。賃金の引上げを命じても、持続的に高い賃金を支払える経済をつくることはできないからです。もしそれが可能ならば、生産性が上がらなくても、法律で社会を豊かにすることができます。そんな簡単なことはないでしょう。

そもそも、政府が賃金の引上げを命じるべきではありません。賃金は、労働者と雇用主が合意して決めるものです。双方が納得しているにもかかわらず、「その賃金では働いてはならない、雇ってはならない」と政府が禁止することは、当事者の契約の自由を侵害します。

最低賃金の引き上げによる雇用への影響は、研究によって結論が分かれます。

たとえ雇用者数が減らなくても、労働時間や採用、その他の待遇で調整されることもあります。

そして何より、仮に雇用への影響が小さいとしても、それは合意した当事者同士の契約を政府が禁じてよい理由にはなりません。企業の交渉力が問題なら、必要なのは参入規制を減らし、企業同士が労働者を奪い合う競争を促すことのはずです。

また、「最低賃金を上げれば低生産性の企業が淘汰され、経済全体の生産性が上がる」という主張もあります。

しかしそれは、引き上げた賃金を払えない企業と仕事をなくすことで、平均を引き上げる議論です。それこそ、どの企業が残るべきかを、市場ではなく政府が決めることに他なりません。自由主義者として、この考え方には断固反対します。

6. 政府が賃金を強制的に上げ、そのための費用を補助する

現在の賃上げ政策には、さらに問題があります。

政府は最低賃金を引き上げる一方で、その負担に対応する企業に助成金を用意しているのです。

2026年度も「業務改善助成金」が実施されています。事業場内最低賃金(一つの店舗、工場、事務所などの中で働く従業員に適用される賃金のうち、最も低い時間単価の金額のこと)を引き上げ、生産性向上のための設備投資等を行った中小企業・小規模事業者に、その費用の一部を助成する制度です。2025年9月5日からは、事業場内最低賃金が改定後の地域別最低賃金を下回る事業場まで対象が広がり、2026年度もこの枠組みが続いています。

政府が引き上げた最低賃金に追いつくための賃上げを、政府が補助する形が、より直接的になったわけです。この助成金は、厚生労働省「『賃上げ』支援助成金パッケージ」の柱の一つです。

さらに、中小企業向けの「賃上げ促進税制」も続いており、一定以上給与を増加させた企業には税額控除があります。

つまり、政府が賃金を上げるよう要求し、そのために生じる企業負担を、税制優遇や補助金で再び政府が支援するという構造です。

補助金の財源は、税金であれ国債であれ、最終的には納税者が負担します。資源そのものが政府によって新しく生み出されるわけではありません。

一方、賃上げを条件とする税額控除は、企業の判断を、政府が定めた条件へと誘導します。政府が規制で負担を課し、その対応まで補助金や条件付きの税制優遇で誘導する。

こうして、企業の雇用や投資に、政府の判断が入り込んでいくのです。

このような政策が広がれば、賃金はますます市場で形成される価格ではなく、政府の規制、税制、補助金によって誘導される数字になっていきます。

そして、そのような環境で最近の賃金上昇率だけを見て、「日本経済はよくなっている。日本は豊かになっている」と評価することはできません。

もちろん、近年の賃金上昇のすべてが政府政策によるものだという意味ではありません。

人手不足、物価上昇、企業収益、労働者の転職行動など多くの要因があります。

しかし、「最低賃金、税制、助成金」という政策介入が同時に行われている以上、賃金上昇のすべてを、自由な市場で生じた賃金形成の変化とみなすことは到底できません。

7. 「雇用の安定を選んだ」ことは失敗なのか

日銀論考はもう一つ興味深い点を指摘しています。

デフレ期の日本では、労使交渉において、賃上げよりも雇用の安定を優先する慣行が定着したというのです。

しかし、ここにも価値判断の問題があります。

ある労働者が、

「給料が多少低くても、この会社で安定して働きたい」

と考えること自体は、市場の失敗ではありません。

別の労働者が、

「雇用は不安定でも、高い給料を求めて転職したい」

と考えるのも自由です。

リバタリアンにとって重要なのは、どちらが正しいかを政府や中央銀行が決めることではありません。

それぞれの人が、自分のリスク選好に応じて契約を選べることです。

また、労働者の仕事への思いも様々です。

仕事に生きがいを見出し、熱心に働いて結果を出した人の賃金は、その成果に応じて上がるほうがよいでしょう。

一方、家庭や趣味を重視し、低賃金だったとしても、のんびり働きたいと思う人もいます。

どちらも、それぞれが選んだ生き方、働き方です。その結果、両者の賃金に違いが出るのも自然なことです。

問題になるのは、政府の制度によって一方の選択肢が人為的に有利になっている場合です。

解雇が難しく、長期雇用を前提とした制度が多く、転職市場が十分に機能しなければ、企業も労働者も「雇用維持」を選びやすくなります。

日銀論考は、これを、デフレ期に定着した「慣行」として説明しています。しかし、その慣行自体が、制度によって形づくられた可能性があります。

たとえば、勤続20年を超えると1年あたりの控除額が40万円から70万円に増える退職所得控除は、同じ会社に長く勤めることを税制で優遇しています。こうした制度を見ずに「日本人は賃金より雇用を重視する」と説明してしまえば、制度が人々の選択に与えた影響を見落とすことになります。

8. 本当に必要なのは「賃金を上げる政策」なのか

賃金は、本来政府が決める数字ではありません。

「労働というサービス」の価格です。

そして実質賃金を持続的に上昇させる最も基本的な方法は、労働者一人あたりが生み出す価値を増やすことです。

資本蓄積、新しい機械、新しい技術、新しい企業、起業、投資、分業、競争。こうしたものによって労働生産性が上昇し、企業が労働者を獲得するために競争すれば、賃金は上昇します。

重要なのは、企業に賃金を上げさせることではなく、企業同士が労働者を奪い合う環境を作ることです。

そのためには、企業の参入と退出を容易にし、起業や投資を妨げる規制を減らし、雇用契約を柔軟にし、労働者自身も仕事を移りやすくする方が、市場経済の仕組みには整合的です。

そして、税・社会保険料によって企業の雇用コストと労働者の手取りの間に生じている「くさび」を小さくすることも重要です。

9. 日銀論考から導かれる、別の結論

日銀論考には重要な指摘があります。

賃金が硬直すると、労働移動が妨げられ、生産性の高い企業へ人が移らなくなり、経済全体の生産性まで低下する可能性がある。

この点には同意できます。しかし、この論考から導かれるべき結論は、「だから賃金を含めた価格をもっと自由に動かせるようにしよう」というものであるべきです。

この論考自体は「インフレを目指すべき」とするものではありません。ただし、そもそも日銀は、2%インフレを目指しています。

そして、この論考が述べる、トレンドインフレが2%だったら実質賃金は高かったという反実仮想は、2%物価目標を支える根拠として捉えられやすいでしょう。

名目賃金が下げられないから、インフレで実質賃金を下げる。
最低賃金で名目賃金を上げ、企業が苦しくなれば補助金を出す。

それは、最初の価格硬直性を別の政府介入によって修正し、その介入が生んだ問題をさらに別の介入で修正していく方法です。このように介入を積み重ねることは、さらなる介入を生み、やがては経済の細部にまで政府が介入する統制経済へと近づいていきます。

まず価格が自由に動ける市場を取り戻すことが、何よりも重要です。

そもそも、なぜ賃金を、当事者同士がもっと自由に決めてはいけないのでしょうか。

生産性が高い人の賃金は上がります。
生産性が下がれば、賃金が下がることもあります。
より良い条件を提示する企業へ労働者が移る。
生産性の低い企業は人を失い、縮小あるいは退出する。

その価格シグナルこそが、市場経済における資源配分の仕組みです。

奇しくも日銀論考自身が、賃金が自由に動かなくなったことが、日本経済の生産性を下押しした可能性を示しています。

そうであるならば、最低賃金を大幅に引き上げる今にこそ、改めて考えるべきでしょう。

私たちが目指すべきなのは「政府が統制して賃金を上げる社会」なのか。

それとも、「労働者と企業が自由に契約し、生産性と人材獲得競争によって賃金が上がる社会」なのか。

賃金を上げる最も持続可能な方法は、法律で数字を書き換えることではありません。

人を雇いたい企業が、人を獲得するために、より高い賃金を自ら提示せざるを得ないほど自由で競争的な経済を作ることなのです。


編集部より:この記事は自由主義研究所のnote 2026年10月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は自由主義研究所のnoteをご覧ください。

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