
ノルウェーのノーベル賞委員会が9日、今年の平和賞にナヴァネセム・ピレイ元ICC判事を選んだ。「核なき世界」と演説しただけのオバマが受賞した17年前を思い出す。彼は13年9月、「米国は世界の警察官ではない」とばかりにシリア内戦に介入せず、翌14年の習近平による南シナ海埋め立ても、プーチンのクリミア半島略奪も拱手傍観した人物だ。傍観者が平和賞!? この賞の値打とはその程度のものだ。
今年も逃した腹いせでもあるまいが、トランプはICC自体への制裁を同じ日に発表した(赤根氏制裁に係る考えは拙稿に記したので繰り返さない)。そのオバマがトランプに対抗して民主党候補の中間選挙応援に動き始めたことを『CNN』が8日、「『彼の失敗リストはまだまだ続く』 エル・サイード氏のオバマ批判が選挙集会を前に再び浮上」との見出しで報じた。
記事によれば、このミシガンの上院議員候補はここ10余年「オバマは戦争を長引かせ、市民の自由を侵害し、記録的な数の強制送還を監督し、市民より企業を優遇する経済・医療制度を維持し、オバマケアも不十分だ」「オバマの漸進的アプローチがトランプ台頭の土壌を作った」などと批判を繰り返したそうだ。それが今やオバマを称賛しているというのだから、応援する方もされる方も恥を知らぬし、反トランプの『CNN』が報じるのも面妖だ。
日頃こうした人権派に容赦のないトランプにノーベル賞は無理だろうが、彼の実践的な平和への貢献を国際社会は忘れ勝ちだ。目下、物議を醸しているロシアとのディーゼル燃料購入契約もその一つだ。半年前に「トランプの政策目的は常に複合的」と拙稿に書いたが、この件も右からも左からも批判されている「選挙目当てのインフレ対策」とは別の目的があるからだ。
確かにトランプは9日、「ロシアから30万トン以上のディーゼル燃料が直ちに輸送される、11月には50万トン、12月には100万トンだ」「製油所の状況次第でロシアは来年から300万トンのディーゼル燃料を世界市場に供給できる可能性がある」とポストし、ロシアへの制裁を一時的に解除した。
しかもトランプは、そのことをゼレンスキーに伝える前に「ディーゼル燃料の高騰はウクライナがロシアの製油所爆撃するからだ。直ぐに止めよ」「ウクライナは別の大統領を選べ」とSNSに打ち込んだ。これをゼレンスキーは「初耳だ」としつつも、「ロシアが止めるなら、こちらも自制する」と応じ、ロシアが60日間の停戦に応じることを条件に「大統領選を実施する」とも述べた。
ウクライナ当局は、「ガソリンとディーゼル燃料の両方を輸入に頼っている我々が本当に必要なのは、ロシアが電力網への攻撃を止めることだ」とぼやいた。石化資源の豊富なロシアが多数の精製所を持つのに比べ、ウクライナの製油所は1ヵ所のみ。しかもロシアの攻撃に何度も晒され、フル稼働できない状態にあるという(13日の台湾『聯合報』)。
ホワイトハウスもこの非対称性を認識し、トランプ大統領が言及したのは「製油所対製油所」の停戦案で、ロシアとウクライナ双方が互いの石油精製施設への攻撃を停止することを求めるものだが、将来的には発電所や送電網への攻撃拡大の可能性もあると述べている(前記『聯合報』)。つまり、トランプはこの先製油所だけでなく発電所や送電網への攻撃停止をも視野に入れている可能性がある。
何故なら、トランプはイランの製油所や発電所などの軍民共用インフラの空爆を決してやらない。イラン国民を慮るのと同時に、民主化された戦後のイラン像があるからだ。ヴェネズエラの例がある。トランプは昨年5月、ウクライナとの「鉱物資源協定」によってロシアの牽制を試みたが、今回の製油所停戦を他の軍民両用インフラに広げることで、ウ・ロ講和に向けての仲介を更に深めるのではなかろうか。
トランプは、グリーンランドでも所期の目的を達し、ブラジルもボルソナロが勝ちそうだから、ニカラグアとキューバを除いて西半球のドンロー主義はほぼ完成しつつある。残る火種は北朝鮮と台湾と中東に絞られる。北朝鮮に関してトランプは12日、11月のアジア訪問に合わせて金正恩と「会うかもしれない」と述べた。拉致問題の解決に向けて、高市・金会談のお膳立てを是非願いたいところだ。
台湾では、先の習近平訪米で何の土産も渡さない代わりに、習が帰国するなり台湾にF16を2機(契約済みの66機の一部)譲り渡すという爆弾を落とした。17年の最初の訪米時、晩餐会中にシリアに大量のトマホークを打ち込んだが、習の衝撃は今度の方が大きかろう。そのシリアは「トランプ2.0」に合わせたかのように24年12月に崩壊、アサドはロシアに亡命中だ。
■
本題の「アブラハム合意」(「合意」)である。トランプは17日、サウジアラビアへの「F35売却」を承認したことを議会に通知した。サウジの「合意」参加に強力な呼び水となるだろう。が、その話に進む前に「合意」のそもそも論から。
その濫觴は、20年8月にUAEとイスラエルが結んだ国交正常化などを骨子とする平和条約だ。イスラエルが同年暮れまでに、バーレーン、スーダン、モロッコと続け様に同内容の条約を結んだことから「アブラハム合意」と呼ばれる。時期から知れるように、「合意」にはトランプ(と娘婿のクシュナー)が深く関わった。
「合意」は軍事同盟ではなく、金融・投資、民間航空、ビザ及び領事サービス、イノベーション・貿易・経済関係、医療、科学・テクノロジー・宇宙の平和利用、観光・文化・スポーツ、エネルギー、環境、教育、海事協定、通信・郵便、農業・食料安全保障、水、法的協力の15分野における相互提携が目的だ。
「合意」が軍事同盟でないことは、イラン戦争下の中東の安定にとっての課題の一つだ。が、最大の難点はアラブ・イスラム世界の盟主であるサウジが「合意」に加わっていないこと。イランはイスラエルとサウジの共通の敵なのに「敵の敵は味方」になっていない。そこでトランプは、サウジのムハンマド・ビン・サルマン王太子(MBS)に「合意」への参加を働き掛け続けている。
軍事同盟といえばサウジは今年8月、トルコ・パキスタンと「メッカ共同防衛協定」を締結した。協定はNATO型で、いかなる侵略行為に対しても集団抑止力を強化することを目的とし、3カ国のうち何れか1カ国に対する武力攻撃でも、3カ国に対する攻撃とみなす旨を規定し、3カ国間の防衛協力を強化すると定めている。さすがなのはトルコで、南はこの協定で、北はNATOで各々守る算段だ。
それでもサウジが「合意」に加わらないのは、アラブ諸国とイスラエルとの間に世紀を跨いで横たわる溝のためだ。具体的にはイスラエルとパレスチナ国家(=自治政府の発展型)の併存で、別の視点で見ればエルサレムのイスラエル首都化である。地域の盟主としてのサウジ=MBSの問題意識はそこにある。
ところが17年12月、トランプは米国大使館のエルサレム移転を決めた。それは同地をイスラエルの首都と認めるのと同義だから、アラブ諸国は強く反発、ガザで起きた激しい抗議で犠牲者も出た。が、18年5月に移転は完了した。この出来事もMBSを反発させ、「10.7テロ」の遠因にもなった。
だがトランプが25年5月、「2.0」最初の海外訪問先にサウジ・カタール・UAEを選んだことの意義は大きかった。『Jetro』はこれを「中東訪問でトップセールス外交を展開」との見出しで報じた。事実、カタールと米国製武器やカタール航空によるボーイング機210機の購入、UAEとAI分野で2000億ドルなど、総額1.2兆ドルの契約を行った。が、トランプがその返礼として11月、MBSを米国に公式招待したのを見れば、むしろトランプの主目的がこれにあったと知れる。
NYに拠点を置く独立系の非営利シンクタンク『Soufan Center』は、25年11月19日の「サウジアラビアの事実上の指導者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の訪問は、ワシントンとの戦略的関係を強化する」と題する記事で、この訪問の成果を要旨次のように評している。
- MBSの訪米は相互に戦略的・経済的利益をもたらす合意が成立したが、トランプ氏はサウジからイスラエルとの関係正常化の確約を得ることはできなかった。
- 米国がサウジを脅威から守ると共に最も先進的なF-35を売却するという合意は、サウジが米国にとって最も緊密な同盟国の一つとしての地位を確固たるものにする。
- MBSが米国にした最大1兆ドルを投資するとの約束は、その額が達成されなかったとしても、米国とサウジの経済を支え、サウジが石化製品販売への依存度を下げるのに役立つだろう。
- トランプ氏は、サウジが求めるウラン濃縮を可能にする民生用原子力協力協定の締結に対して、明確な回答を避けた。
3以外の項目にはイスラエルの意向が見え隠れする。トランプはここを解きほぐすべく、正式な元首ではないMBSを国賓級の儀礼を以て厚遇した上、サウジを「NATO非加盟の主要同盟国:MNNA」に指定し、MBSに示唆の嫌疑が掛かるカショギ事件で彼を擁護するなど、最大限の敬意を払った(『NBC』報道)。
『NBC』は同じ記事でフーシ派に触れ、サウジが15年にUAEと共に戦ったイエメンのフーシ派は22年の停戦協定を遵守していたが、23年10月7日のハマスによるイスラエルへのテロの後、紅海で商船を攻撃したことで、MBSとトランプは、フーシ派とその後ろ盾のイランを、世界の交易にとっての継続的な脅威と見做す共通の認識を持つに至っていると記している。
そしてMBSの訪米から3ヵ月経った26年2月28日、米国とイスラエルは大規模なイランへの空爆を開始、4月7日の停戦までに最高指導者ハメネイ氏殺害の他、イラン軍事施設に対し1万数千回の爆撃を行い、空から見える国軍と革命防衛隊(IRGC)の軍事資産の大半を破壊、IRGCに所属するロケット部隊のミサイルとドローンの一部だけが残る状況に追い込んだことは、各種報道が伝えるところである。
が、周知の通りIRGCは残ったロケット部隊を使い、周辺の米軍基地のみならず一部湾岸諸国の淡水化施設を含む民間インフラまでを攻撃し、都度米中央軍と一部湾岸諸国軍による報復攻撃が繰り返された。トランプにとっても、ロケット部隊によるこれほどまでの反撃は予想外のことだっただろう。が、その反撃は湾岸諸国、とりわけUAE、カタール、そしてサウジを激怒させた。
MBSは5月23日、トランプと湾岸諸国首脳に働き掛けて電話会談を開催した。参加したのはバーレーン国王、カタール首長、UAE大統領、ヨルダン国王、エジプト大統領、トルコ大統領、パキスタン陸軍参謀総長である。メンバーを見てもサウジ=MBSの地域における盟主振りが認識できる。
首脳らは会談で、中東地域の最新情勢について意見交換し、トランプ大統領のリーダーシップと地域の首脳陣との協議・調整に対する彼の姿勢を高く評価した。が、その後フーシ派が22年の停戦協定を破り、紅海ヤンブーに向かう東西パイプラインに加え首都リヤドまで攻撃するに至り、MBSのフーシ派に対する怒りは心頭に発し、支援するイエメン政府軍と共にバブエルマンデブ海峡の要衝モカを奪回した。
こうした中、トランプは17日にサウジへの「F35売却」を承認し、昨年11月のMBSとの約束を履行したのである。これでF35の供与国は、日・韓・豪・シンガポール・NATO加盟国・スイス、そしてイスラエルとサウジなど19ヵ国になった。中東での「MNNA」との重複国はイスラエルとサウジだけだ。
13日のリヤド空港などの攻撃で大きな被害が出た後、米公共メディア『PBS』のインタビューに対し、トルコのエルドアン大統領は「不法かつ非人道的な攻撃に直面しているサウジアラビアとその兄弟国と連帯する」と述べた。「メッカ共同防衛協定」の一員として当然の義務である。
同じ番組のインタビューでトランプ大統領は、「フーシ派は非常に悪質な行為を行った」と述べ、「サウジ王太子と話したか」との問いには「はい、話しました」と答えたが、「彼に何を提供したのか」との問いには「うーん、それは言えません。本当に私があなたにそれを言えると思いますか? 本当は言いたいのですが言えません」とはぐらかした。
MBSも事ここに至れば「アブラハム合意」に加わり、イスラエルとの国交を正常化する必要があるだろう。UAEとバーレーンも歓迎するし、他の湾岸諸国の参加にも繋がり、延いてはイランの降伏も早まるだろう。トランプもそれがなければ、F35供与に反対するイスラエルの説得に手こずるのではなかろうか。







コメント