「鉱物資源協定」が和平をもたらす理由

President of Ukraineより

米国とウクライナは4月30日、「鉱物資源協定」(Minerals Deal)に署名した。両国はウクライナの希土類を開発するための共同投資基金を設立し、戦争で荒廃したウクライナの復興作業に着手することになる(『Washington Post(WaPo)』)。ロシア国営通信「タス」も5月1日、両国が「米国にウクライナの鉱物資源へのアクセスを認める協定に署名した」と報じた

担当したベセント財務長官は「X」にこう投稿した。

トランプ大統領の永続的な平和確保に向けた不断の努力のお陰で、本日、米国とウクライナの間で歴史的な経済連携協定が締結され、「米国・ウウクライナ復興投資基金」が設立されたことを発表できることを嬉しく思います。

このパートナーシップにより、米国はウクライナと共に投資を行い、ウクライナの総資産の鍵を開け(unlock Ukraine’s gross assets)、米国の人材、資本、ガバナンス基準を動員することが可能になります。これでウクライナの投資環境が改善され、経済復興が加速するでしょう。

ゼレンスキーは昨年4月、ウクライナ国営通信のインタビューに「我々はどのような形にも同意する。もしウクライナに有償(支援)パッケージを今日提供するか、無償で全てを1年後に提供するかと提案したら、“今日だ”と答えるだろう」と述べた。そして9月に発表した「勝利計画」では、自国の莫大な鉱物資源を投資機会として売り込んでいた(前掲『WaPo』)。

だのにゼレンスキーは、2月に米国から提示された案には自国の将来の安全保障に関する文言が欠けていると批判、また米国がウクライナへの軍事援助費用を回収するための手段としか説明されていないことにも不満を示し、援助を債務として分類し直すいかなる合意にも同意しないと述べて署名を拒否した。その様子は世界中に中継された。

遠からずゼレンスキーは詫びを入れ、「鉱物資源協定」は成約する
28日にホワイトハウスの大統領執務室で行われたトランプとゼレンスキーの会談は、世界中がそのライブ中継を見守る中、激しい口論の末に決裂した。が、筆者はそう遠くない将来ゼレンスキーが詫びを入れて、いわゆる「鉱物資源協定」が成約すると考えている。...

が、今回の合意草案では、ゼレンスキーが異議を唱えていたいくつかの点が修正されている。

ゼレンスキーが最も固執した、ウクライナが過去の米国軍事援助(バイデンによる5000億ドル支援とトランプはいうが、実は3500億ドルとされる)を米国に返済する義務を負うという文言が削除され、代わりに、将来の軍事援助は米国による「復興投資基金」への拠出金の一部としてみなされることになった。

また、ウクライナの将来の安全保障に関する項目では、NATO加盟の保証はむろんNGだったものの、EU加盟については、これ阻害する可能性のある拘束力がある如何なる協定からもウクライナを保護する条項が含まれ、ウクライナが法的に必要と判断した場合には、将来的に誠意をもって協定の一部を書き換える交渉を行う可能性も認められた(前掲『WaPo』)。

すなわち、当初案が米国の投資家に有利な条件を提供する内容だったため、EUの法律に違反する可能性が指摘されていたところ、今回案では、ウクライナが地下資源・インフラに対する完全な支配を維持する一方、米国はウクライナへの追加投資と技術誘致を支援すると修正されため、EU加盟への課題が解消されたのである。

が、前掲『WaPo』は反トランプ紙らしく、ゼレンスキーの元経済顧問だったオレグ・ウステンコ氏にこう語らせている。

ウクライナの石油業界の将来に関する大きな不確実性を考慮すると、この合意は主に仮説的な疑問を反映している。現在、外国投資家は、戦争を含む様々な理由から、ウクライナにおける鉱物資源プロジェクトの大幅な拡大に消極的だ。トランプ氏は、採算が取れない可能性のある投資を米国の民間企業に強制することはできない。

トランプ氏はこれをアメリカの勝利だと見せかけたいようだが、投資するのはトランプ氏でもアメリカ政府でもない。必要なのは民間セクターなので、今のところ、これは何よりも象徴的な意味合いを持っていると思う。

バイデン政権で鉱物資源担当だったアレックス・ジャケス氏も前掲『WaPo』で、「ウクライナには様々な重要な鉱物の鉱床があり、その価値は実質的に想像を絶するほど高い」が、「こうした鉱業プロジェクトが中国以外で開発されるケースがほとんどないのには理由がある。現在の経済状況では、投資家にとってほとんどメリットがない」と述べた。

中国のレアアースのシェアが高いのは、環境問題のある精製工程に頓着しない国柄であることが大きいが、経済的メリットについては拙稿でも、服部倫卓北海道大学教授の論考を引いて触れた。が、筆者はベッセント財務長官が「米国の人材、資本、ガバナンス基準を動員することが可能になった」と述べたことにトランプの意思が現れているように思う。

ウクライナは米国から有償の支援を受け取る準備がある
2月27日の『Wedge online』に「火事場泥棒トランプが狙うウクライナのレアアース」との見出し記事が載った。記事の著者は北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授の服部倫卓氏で、在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員など...

ウステンコ氏がいうように「必要なのは民間セクター」の投資である。が、和平が訪れた暁に米国は数千億ドルの支援が要らなくなる。DOGEで削減された資金は減税や投資に回り、米国経済の浮揚に使われるが、ウクライナへの支援資金も同様だ。米国政府はこれらを原資に、意欲ある民間セクターに様々なインセンティブを与えて、ウクライナに赴かせることが出来るだろう。

ここで筆者には「居留民保護」という語が思い浮かぶ。清朝が北京近郊に日本など連合国軍の駐屯を認めざるを得なくなったのは、義和団事件に端を発した北清事変で、各国が居留民保護を目的に派遣した連合国軍に、義和団と清軍が打ち負かされたからだ。結果、1911年の辛亥革命後、居留民保護を目的に駐屯した日本軍と国民党軍とが中国各地で小競り合い、その後の日中戦争に繋がったことは歴史上の事実である。

この歴史に倣えば、ウクライナに進出する「民間セクター」保護のために、米国やEUが軍を出すことは大いにあり得るし、またそうすべきだろう。

そのウクライナの希土類鉱床は、トランプが裁定案でロシアに「事実上の承認」を与える予定の、ルハンシク・ドネツク・ザポリージャのロシア占領州やその北のドニプロペトロウシク州に約70%が存在している。勢い「民間セクター」の駐在先の多くはこの4州になることは、ウクライナも米国も承知の上での「鉱物資源協定」であるはずだ。

だがプーチンは4月30日、ペスコフ報道官に「紛争は依然として複雑すぎて迅速な和平合意は不可能」と言わせた。ペスコフ氏は、プーチン大統領は停戦と紛争の最終的な平和的解決に引き続き関心があるが、「そうする前に、いくつかの疑問に答え、一連の微妙な問題を解決する必要がある」と述べた

プーチンは4月28日、ロシアが5月8日から10日までの3日間の停戦を実施すると一方的に発表した。が、これにゼレンスキーは「停戦は数日間だけのもので、その後また殺戮に戻るようなものであってはならない」と反応した。

そこで「トランプの裁定」だが、これは明らかにプーチンに譲歩した、現実的な内容であり、血を見るのが嫌いなトランプらしい「早く武器を置け」と促すものだ。それでもプーチンが更に足許を見続けるなら、「鉱物資源協定」に署名した以上トランプも後に引く訳にはいくまい。

ロシア・ウクライナ戦争:トランプの裁定とクルスクの攻防
ロシア・ウクライナ戦争の動きが慌ただしい。米メディア『Axios』は22日、米国が先週ゼレンスキニーに提示したとされる停戦案をすっぱ抜いた。ゼレンスキーはこれをきっぱり拒否したと報じられている。トランプは、フランシスコ教皇の葬儀前日に行った...

直ぐにでも「民間セクター」を募って、「ロシアの『De-facto』占有地であろうとも、米軍保護の下で彼らにはそこに出掛けてもらう」ぐらいの「Truth social砲」をブッ放したらどうか。

最後にザポリージャ原発。この欧州最大の原発は「鉱物資源協定」には盛られていないが、「トランプの裁定」では、米国が管理しウクライナ・ロシア両国に電力を供給するとしているようだ。そもそも原発への攻撃は「ジュネーブ諸条約第一追加議定書第56条」で禁止されているから、ロシアの行為は重大な国際法違反である。ここでも「トランプの裁定」は当を得ていよう。

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