国民年金は出来るだけ早く清算すべきだ -  中谷 孝夫

アゴラ編集部

現在の先進国における経済的なアキレス腱は「年金と医療を含めた福祉制度」でしょう。これは第二次大戦後、飛躍的に進歩した医療科学のもたらす副作用であります。これは年金制度を設定した当時の平均寿命年数よりも、現在社会における平均生存年数が驚異的に長期化した結果でしょう。


いつも詳細で示唆に富む論文を発表されている早稲田大学教授野口 悠紀雄氏の最新の論文「破綻確実の年金が清算できない理由は、国の財政赤字さえ超える年金債務のため」がインターネット上で発表されました。この問題は、専門家の間ではよく知られた問題でありますが、正確な数字を把握されているという意味で、この論文はまことに貴重な貢献と言えましょう。ここで問題になるのは、その結論であります。

現在の国家債務総額は905兆円、これにたいして債権が400兆円程度と推計されています。したがって、純国家債務額は約500兆円になります。野口氏の推計によれば、厚生年金の給付総額は367兆円にも上るらしい。これをどう解決するかは、20年先を考えると、極めて重要な国家問題であると言えましょう。

周知のように、民間企業では現在「リストラ」は当たり前で、毎日のように起こっています。民間企業は、政府と違って、信用力にはっきりとした限界がありますので、総合的な会社の発展計画と資金循環計画に問題があれば、出来るだけ早く調整します。これが「リストラ」の意義です。ところが、国家は信用力が格段に大きく、貨幣発行権があるので、将来の重要な問題が感知されても、大抵の場合は先送りをし、問題が発現して初めて対策を取るというのが、いつの時代でも、何処の国で同じでしょう。ところがこの年金問題は先送りをするには余りにも重要で、この問題が発現した場合は、極めて大きい社会混乱が発生しないとも限りません。特に近年日本では政権が短命で、重大な問題を根本的に解決するための政治的決断力と実行力に欠けるようです。

ここで野口氏の数字を基にして、著者が考える「国民年金解散案」の概要を説明しましょう。この「年金リストラ案」は3年ぐらいかけて実行するように想定しています。

1.  給付支給の予定総額の367兆円を200-250兆円程度に抑えるようにします。これは「国の社会制度のリストラ」です。歴史を調べれば、政府がいったん約束して、その公約を実施したが、その後制度の維持が出来なくて途中で中止をしたり、他の手段でその制度を止める例はあります。日本では、戦時中に乱発した国債を1946年に「預金封鎖でによるノミネーションを実施」した例があります。

2.  現在払い込んでいる若年層には、今までかけた金額の全額払い戻しをします。

3.  現在の受給者には、受給額に毎年1%の追加割引率を適用して一括払いをします。即ち、今年の受給分は1%割引き、即ち支給額X 99%、来年分は来年の受給額 X 99% というように金額を決定します。このようにして、各個人の受領総額を推計し、それを受給者全員について集計すれば支払い予定総額が推定できます。この案で総額が250兆円より多くなれば、割引率を年1・5%に変えて再計算をします。もしこれでもダメなら、2%を利用するようにします。現在の受給者は、掛け金以上に貰っているので、受給の際に割引率を適用するのが理にかなっているでしょう。この案は、年金会計で計算された支払い金額を使っているので、支給金受領者も計算の仕方は分かっているはずです。現在の制度では、大体月に5-6万円程度、年額で60―75万円程度ではないでしょうか。各受給者の期間推計には、「平均寿命年数から現在の年齢を引いて、受給残余年数」を計算します。そうして計算された受給者総額を受給者総数について総計すれば、支払い基金の総額が算出されでしょう。

この年金解消案は、幾つかの利点があります。

1. まず20年先に起こる重大な財政問題が、現在の段階で解決出来るという大きなメリットがあります。

2. 国家債務の総額が、250兆円が積み上がると、1150兆円程度になり、債権の400兆円を差し引くと、純債務額は800兆円程度になり、現在の世界的な水準からみても何とかなるのではないかと思われます。

3. 支払い原資は、現在ある手持ちの資金と新規の国債発行で賄われるでしょう。200-250兆円の新規資金が経済に還流するので、郵便貯金額が増加し、また債券市場の資金が潤沢になるので、新規国債発行を吸収する余力が出てくるでしょう。

4. 年金制度には、貯蓄型と再分配型があり、「厚生年金」は所得再分配型の典型です。若い労働者から集めた資金を基にして、退職者にたいする支払いをします。ところが、現在給付金を受け取っている退職者は、恐らく支払った金額の倍以上もの総額を受け取るので、社会が老齢化するにつれて、資金不足の危機が問題化します。若年層は自分が給付金を受け取る頃には、基金が激減していることを薄々感じているので、出来るだけ支払わないようにしています。現在の参加率は57%にも低下しているようです。ある意味で「国民年金制度は、富裕な老齢層が貧しい若年層を搾取する社会制度」になりつつあります。いわゆる「世代間の対立問題」を象徴している大問題です。もういい加減に「弱い者いじめ」を止めましょう。

5. 市場に200-250兆円の新規資金が還流するので、消費を刺激する面は確かにあると思います。小さな「5兆円程度の補正予算」の通過に汲々とするよりも、この問題を解決することの方が、もっと実質的に国民経済に利をもたらすものだと考えられます。

6. この資金が永遠にタンス預金にならないように、いずれ相続税を少し上げる必要はあると思います。

7. 仮に清算期間3年とすると、その間「国民年金機構」を徐々に縮小し、最後には閉鎖するので、長期的な財政削減にかなりのインパクトをもたらすでしょう。

8. 国民年金を部分的に改善する他の方法は次の通りでしょう。
(a) 給付の減額
(b) 掛け金の増加
(c) 受給年齢の引き上げ
(d) 以上の組み合わせ
ただ、これらの部分的な改善策も何年か毎に繰り返し手直しをする必要が起こるので、清算案が最善だと考えられます。

9. 仮に日本の名目GDPが500兆円と仮定すれば、この清算作業の規模
は、その半分に相当するでしょう。

10. 日本人は貯蓄慣行が強いので、将来に対しては今まで以上に個人貯蓄をすると考えられます。

11. この清算案は、将来の給付の先払いなので、直ちに困窮者は出ないでしょう。

12. 年金が必要だと考える人は、自分で保険会社などが販売している貯蓄型の年金に参加すればいいのです。

以上の案件を議会で通過させ、その法律により厚生年金を清算し、年金機構を解体するには、大きな政治的な突破力が必要でしょう。それを完遂するには、これまでの「タテマエの政治」から「ホンネの政治」に移る必要があります。「タテマエの政治」では、過去に決定した制度だということで何時までも問題を根本的に解決せずに、先延ばしをする状態を指します。「ホンネの政治」は、その計画に根本的な欠陥が見つかり、それを知りながら将来に放置することを止めようとする、現実的な解決する政治でしょう。

この年金制度清算の構想は、「子供手当をばらまく」という小さなプロジェクトとは異なります。これがいったん実施に移され、成功した暁には、世界の先進国も見習う可能性も大いにあると思われます。世界が日本を見ている目は「1980年代末までは、日本のやる経済政策はどれも大成功だったが、それ以後はやることなすことが全て失敗だった」という評価を受けているように感じられます。日本の年金制度の清算が成功した暁には、アメリカをはじめその他の先進国も、いずれ日本の経済政策を見習うことでしょう。年金問題は、世界の先進国のアキレス腱であることは間違いないと思います。

(中谷 孝夫:View from Lake Minnetonka(ミネトンカ湖畔からの観察記)
在米44年元ウォール街の証券アナリスト 著書「アメリカ発21世紀の信用恐慌」)

コメント

  1. kokekokkoooo より:

    直感的に、激しいインフレーションが発生するような気がしたのですが、そうでもないのでしょうか。

  2. https://me.yahoo.co.jp/a/u540mrdbVIb5etvNTFCFUJ40iuo- より:

     「厚生年金の給付総額は367兆円にも上るらしい」と「著者が考える『国民年金解散案』の概要を説明しましょう……1.給付支給の予定総額の367兆円」はどの様に理解したら良いですか。
     前者は厚生年金、後者は国民年金のことを言ってるのに、奇妙に数字が一致しております。
     全般的に国民年金と厚生年金の区別がついておらず大変読みにくいです。
     厚生年金を議論するのなら共済年金も同列に論じるべきで、その方が説得力が増すと思います。

  3. agora_inoue より:

     おおづかみに言えば、結局、年金受給を大幅削減するわけだ。
    それは大筋で正しいけれども、困窮する高齢者は一定数出ます。まぁ、年金そのものが、富めるものをさらに富めるものにしてしまうという「逆再分配」でしたから、年金削減で困窮する人が増えるのは、年金を継続するよりも、不正義の度合いはより少ないけれども、やっぱりなんとかする必要がある。
     現在の生活保護制度で支えられるかどうか心配です。なにしろ、申請に来た人を申請させずに窓口で追い返す、「水際作戦」が公然と行われているのだから。
     そりゃあ、福祉財政は有限なので、スクリーニングは必要でしょう。しかしながら、調査もせずに、受給志願者を罵倒して追い返してはならない。
     福祉事務所のケースワーカーの大幅増員は避けて通れないでしょう。福祉行政の間接経費が増加する。
     福祉制度は複雑で行政コストがかかりすぎる、ベーシックインカムに統一してしまえという話は、障害の程度や社会的状況の違いによる生活費の多寡を考慮しない、乱暴な議論と考えます。