国家とは何か?

アゴラへの投稿を始めて以来、喉の奥に刺さった小骨のように、私の中でずっと引っかかっているものがありました。中国の国家体制がどうであるかとか、領土問題がどうであるとかを議論する時に、いつも出てくる「国家」とは何かという疑問です。国家があるから領土問題が生まれ、国家があるから戦争が起こります。いったい国家とは何なのでしょうか。


これまでアゴラに投稿した記事のコメント欄では、多くの方が、日本が中国に領土侵略される事を危惧しているようです。シーレーン防衛の為に、尖閣諸島を死守せよという人もいました。そのような意見を持っている方が、日本という「国家」をどのように定義しているのか、大変興味があります。

wikiを調べると「国家という用語は古来特定の政治集団を表す用語として使用されてきたものであり、その語源は複雑である」とありますが、民主主義以前の時代、国家といえば王様・皇帝といった独裁的な権力を持つ統治者が実行支配した領土と領民を包括したものと考えればよいのではないかと考えます。歴史的な代表例はローマ帝国や始皇帝の秦。現代で言えば北朝鮮と言えるでしょうか。

ところが人民主権国家の出現によって、頭が混乱してきました。主権者=国民とした場合、対外的な利害判断も含めて、国民の利益が最優先であるべきです。ところが実際に主権を行使するのは政府(あるいは最高権力者)です。最高権力者や政府を構成する議員は主権者による選挙で選ばれますが、一旦選ばれた後は、次の政権になるまで、主権者の意思とは無関係に主権を行使できます。(たとえば今の民主党政府とか...)

その為に政府や最高権力者は、しばしば「国家の利益」と言いつつ、国民(主権者)を強制的に兵士に仕立てて戦場へ送り、戦争の犠牲にしてきました。そのような歴史の現実を見ながら再び問いますが、主権者を犠牲にして得られる国家の利益とはいったい何でしょうか。無人の領土の為に、主権者が犠牲になるリスクを負う事は、正しいと言えるのでしょうか。

戦争が大多数の有権者にとって利益となる例が一つだけあるとすれば、インデペンデンス・デイに出てくるような宇宙人が地球侵略してくるような場合です。逃げる事も出来ず、無抵抗でもミンチにされるなら、戦って家族を守る事は合理的です。それ以外に、大多数の有権者にとって戦争が正当化される例があれば、どなたか教えてください。

コメント

  1. bobby2008 より:

    はじめにお断りしておきますが、私は自衛の為の軍隊や日米安保や集団的自衛権が現在の日本の為に必要であると考えております。自衛隊の軍備も、中国の軍備増強に釣り合うものにするべきだと考えております。しかしながらそれは、増強された中国軍の冒険主義的なチャレンジを抑止する為のものであり、日本が領土問題で中国に冒険主義的なチャレンジを行う為のものとは考えておりません。刀は、抜かないで使う事がもっとも有効な使い方であると考えております。

  2. 日中戦争に繋がる満州事変は官僚の起こした事件でした。関東軍は参謀本部や政府の不拡大方針を無視して進撃し、これが泥沼の日中選層の幕開けとなりました。
    太平洋戦争を始めるとき、国民は賛成していましたよ。メディアの偏向報道にうかうかと載せられてしまって。むしろ政府や軍部が輿論に抗しきれなかったのです。第一、日本の生命線をすべて封鎖されてしまい、飢えて死ぬか打って出て戦うかの究極の選択があったことを忘れてはなりません。そんな状況で国民の出す結論などひとつです。
    >戦争が大多数の有権者にとって利益となる例が一つだけあるとすれば、…
    日本は朝鮮にロシアが侵略してきたことから水際でロシアを叩くために開戦を決意しました。多くの在留邦人が朝鮮、満州に散らばっていたということと、朝鮮を押さえられると大陸への足がかりがなくなるどころか国民の生活を守れなくなってしまうからです。
    為政者のプライドだけで日本は戦争したなどは敗戦の罪を戦犯と呼ばれる人になすりつけるために捏造されたデマにすぎません。などというのは歴史を学べば誰にでもわかることです。
    それが有権者の利益になったかといえば、当然武器、弾薬、輜重を軍に撃って大もうけしたところがあります。大多数の国民には不利益でしたが、それこそ自己責任でしょう。自分たちがやれと言ったのですから。

  3. wishborn2400 より:

    まず、選挙で選ばれた政府なり最高権力者も、
    フリーハンドで権力を行使できるわけではあり
    ません。憲法の存在を失念しています。
    主権者の意志云々をいうのであれば、自民党
    政権下に行われた「沖縄密約」などの方が
    ずっと適切でしょう。
    強制的に兵士云々という制度についても、民主
    国家においては、国民の預かり知らぬところで、
    勝手に作られたものとはいえません。
    有権者と主権者という用語が、混乱して使用
    されている点も問題です。国家の主権者と
    選挙権という意味での有権者とは別のものです。

  4. >民主主義以前の時代、国家といえば王様・皇帝といった…
    それでは、民主主義以前の共和制国家や封建国家が無視されてしまいますので、もう少し定義を広げた方がいいと思います。領土とそこに居住する人民を含む、統治機構を備えた集団。などいかがでしょう。
    主権者は共和制のコンスルであったり、都市国家の「市民」であったり、封建諸侯であったり、王、皇帝であったりすると。

    >一旦選ばれた後は、次の政権になるまで、主権者の意思とは無関係に主権を行使できます…
    三権分立はそれを防止する仕組みでもあるのですが、日本では機能していないことこそが問題ですね。自民党でもここまで恥知らずなことはしなかったわけで、最悪の前例を作ってくれたと思います。

    >無人の領土の為に、主権者が犠牲になるリスクを負う事は、正しいと言えるのでしょうか。…
    実際に戦争を前提として対立を深めるのが得策か、という意味でしたら、下策も下策だと申し上げたいと思います。戦争に至らずして領土を守るのが国家の外交というもので、大義名分を主張しつつもありとあらゆる手管を尽くして自国の利益を引き出すのが政治の責任です。現政権はここが全くできていません。弱いとか強いとか論じる以前の問題です。メモを読みながら成果を上げられるほど外交は甘くはありません。民間の商取引だって商談にあたって社長がメモを読むばかりではまとまるものもまとまりません。ましてや最も熾烈な生存競争の場である国家外交においては。

    >それ以外に、大多数の有権者にとって戦争が正当化される例があれば、…
    宇宙人でなくても他国が侵略してくればそれと戦争することは正当化されますよ。民族闘争が殲滅戦になるのは歴史の証明するところです。だからといっていたずらに危機を煽るのは厳に慎まなくてはなりませんが。

  5. bobby2008 より:

    mzchさん

    >太平洋戦争を始めるとき、国民は賛成していましたよ。

    民主主義国家が「国益」の為に徴兵して戦争する例は、日本ではなく、実は英米をイメージしました。太平洋戦争では新聞に煽られた日本国民が政府をプッシュしたというのは私も同意します。

    >朝鮮にロシアが侵略してきたことから水際でロシアを叩くために開戦を決意しました。

    「坂之上の雲」は非常に良く出来た小説で、しばしば歴史とフィクションを混同してしまいます。ロシア側の研究者による文献として、ロシアの日本列島侵略を長期に渡って準備していた証拠はあるのでしょうか。私は最近、NHKの大河ドラマを見ながら、そういう事を考えています。

  6. bobby2008 より:

    wishborn2400さん

    >憲法の存在を失念しています。

    政府が憲法(と法律)の制約を受けている事には同意します。それでもなお、政府は合法的に国家を戦争へと導く事も可能ではありませんか?

    >民主国家においては、国民の預かり知らぬところで、勝手に作られたものとはいえません。

    「民主国家では徴兵制すら国民によってつくられる」とおっしゃりたいのでしょうか?

  7. bobby2008 さん
    >ロシア側の研究者による文献として、ロシアの日本列島侵略を長期に渡って準備していた…
    あ、いえ。当時のロシアは日本侵略までは考えてなかったと思いますよ。彼らが目をつけたのは、満州と朝鮮で、そこが日本にとって生命線であったことが衝突の原因ですから。蔵相ヴィッテや陸相クロパトキンらは満州、朝鮮への進出に反対していたのですが、満州、朝鮮に権益を持つ宮廷グループ(その中には皇帝ニコライ二世も含まれます)に押し切られたため、開戦へ至ったわけです。日本の側はまあ例によってマスコミが大活躍して輿論を形成したわけですが、明治天皇が開戦に反対だったことは有名ですね。

    >「民主国家では徴兵制すら国民によってつくられる」と…
    何やら誤解があるようですが、民主主義だからこそ徴兵制が過去先進国で敷かれたのであって、日本が特殊なんですよ。古典的な民主主義国家観では、国民に主権があるからこそ、政府の経費は国民が負担するという論理で税金が徴収され、国民に主権があるからこそ、国家の戦争=国民の戦争という論理で国民皆兵が敷かれたわけです。多くの国で納税と兵役が憲法に記述されているのもその理念によります。まあ現代の高度化した軍において徴兵制は却って戦力の劣化を招くことから徴兵制を取り止める国が増えているわけですが。

  8. minourat より:

    > 満州と朝鮮で、そこが日本にとって生命線であった

    そのうち中国が日本は中国にとって生命線であるといって、 日本を舞台に米国と戦争をおっぱじめたらどうしますか?

  9. taquonoss より:

    国家の役割は国民の財産権や生存権を保障することにあります。その為に外国に対しては軍隊、犯罪者に対しては警察をはじめとする司法組織が存在します。更に、財産の保障、登録のために法務局や特許庁などの官庁も設けています。
    例えば、国が破れますと国民は外国に対してその人権を著しく侵される可能性があります。日露戦争で日本が決定的に敗北したなら植民地化され国民一人一人の財産はおろか生命さえも危機に瀕したでしょう。
    現在、尖閣諸島は個人の財産ですが、これを保障しているのが日本の国家としての力です。中国領になれば島の所有者の所有権は消滅します。どんな金持ちでもほんの小額の負債返済を怠ればその信用をなくすように、無人の領土であっても国家が保障した財産が失われるならば、それは日本の国家としての信用崩壊であると考えます。
    日本が戦争に負けたのは一度だけで、その時の戦勝者が寛大であったのは全くの幸運です。古代なら戦争に敗れれば、男は殺され、女、子供は奴隷に売られました。カルタゴは土地に塩まで捲かれ、以後の生存は全く不可能になっております。日本人が海外でも安全に暮らせるのは日本国あってのことでもあります。
    以上のような了解なくして文章を書き、公表するというのは驚きであります。

  10. ksmo2011 より:

    国家とは、常にその存在によって利益を得るもののためにあります。其れは決して、愛国心とか、坂の上の雲に語られているような美しいお話ではなくで、もっと露骨に利害によって仕組まれています。
     其れが、明治期にあっては、財閥であり、戦後民主義の時代には、財界の意向によって、世論が操作され、メディアが動かされて、陰にいるものの利益を最大にするべく美しいお話が語られるのです。
     今も昔も変わらず、国家は、常に、財界の意向によって動かされていますよ。其れが取りも直さず、国家の利益や権益を守るということなのです。その権益の護持のために国民が動員されてきたのです。

  11. bobby2008 より:

    mzchさん

    >あ、いえ。当時のロシアは日本侵略までは考えてなかったと思いますよ。

    しかし日本側は、「いつかロシアに侵略される」という強迫観念を開国前から持ち続けていたと考えます。ゆえに明治政府は陸海軍への投資(軍備増強)を長期的に行っていたのではないでしょうか。

    >満州と朝鮮で、そこが日本にとって生命線であったことが衝突の原因ですから。

    朝鮮が日本の生命線と考えられたのは、その次は日本に手を伸ばしてくる事を恐れたからですね?

    これって「尖閣諸島を取られたら、次は沖縄を取られる」という強迫観念とよく似ているように感じます。

  12. bobby2008 より:

    taquonossさん

    >国家の役割は国民の財産権や生存権を保障することにあります。

    仰る通りです。当たり前の事を書かれている事を承知でお聞きしますが、上記の文における「国家」の実体とは「何」でしょうか?国民の生命財産を保障する義務と、その為に多数の国民の生命財産を積極的に犠牲にする戦争行為は、どのように辻褄があうのでしょうか?

    >日本が戦争に負けたのは一度だけで、その時の戦勝者が寛大であったのは全くの幸運です。

    20世紀の帝国主義の時代には、奴隷もあれば植民地もありました。しかし21世紀の現在、かりに戦争に負けて日本列島に他国の政府ができた場合に、国民が非文化的で悲惨な生活を強いられる可能性があるのは、いったいどの国の事を言っておられるのでしょうか。

  13. torisugari_gomen より:

    問題の立て方がおかしいですね。
    「国家があるから領土問題が生まれ、国家があるから戦争が起こります。」
     中大兄皇子が660年に朝鮮白村江に出兵させたのも、ジンギスカンが大遠征=征服したのも国家があったから戦争になったのではないでしょう。
     現在、地球上のそれぞれの国家を見れば、憲法を制定し民主政体を採用している日本、封建的君主制に似た北朝鮮、まだ部族国家のようなアフリカの国と、これまでの歴史上に存在したさまざまな国家体制が現在も存在しています。
     そのとき、「戦争が正当化される」ような、世界中の国に共通する『理』は無いといっていいでしょう。
     日本国内では、犯罪は法にてらして、正当、不当が判定することができますが、国際的に照らして判定する典拠は不在です。
     ある国家間で諍いが生じた場合、交渉や外交で解決できない時、それでも一方が解決を求めるれば、戦争という暴力的な手段で解決しようということになります。
     これは、ソ連にしろアメリカにしろアフガン侵攻やアメリカによるイラク戦争などすべての武力解決をみれば明らかです。
     誤解しないでください、私は戦争を肯定をしているのではありません。
     ところで、最近の日本で領土問題が正面に出てきているのは、佐藤優氏が「獄中記」で指摘した、日本が小泉首相になって、1)公平配分から傾斜配分へ。2)国際協調主義から自国中心主義(ナショナリズム)へ と政策を変更し、パラダイム転換が起きたさまざまな現象の一部分ではないでしょうか。

  14. bobby2008 より:

    torisugari_gomenさん

    >ある国家間で諍いが生じた場合、交渉や外交で解決できない時、それでも一方が解決を求めるれば、戦争という暴力的な手段で解決しようということになります。

    国家という概念が曖昧であった時代・辺境を別にすれば、やはり国家と国家の摩擦が戦争を引き起こす訳ではないでしょうか?

  15. mzch より:

    >bobby2008 さん
    富国強兵政策をロシアを恐れてという論調は始めてみました。当初は、欧米列国全般に備えるためで、ロシアは数に入っていたかどうか。まあ三国干渉を突っぱねることができなかった事実は、その後の軍拡の方向性を決めたでしょうね。少なくとも「オソロシア」に対抗できる軍備を求めたことは確かで、それは日本が侵略されるからではなく、日本の獲物をぶんどろうとしているロシアに落とし前をつけさせるためでしたよ。

    >朝鮮が日本の生命線と考えられたのは、その次は日本に手を伸ばしてくる事を恐れたからですね?…
    残念ながら違います。帝国主義国の植民地戦争というものをよくおわかりでないようですが、ロシアが日本を征服する理由がない上、その動きすら見せていないのに何故侵略を恐れねばならないのです。

    ですので、
    >これって「尖閣諸島を取られたら、次は沖縄を取られる」という…
    全然違います。

  16. mzch より:

    minouratさん
    >そのうち中国が日本は中国にとって生命線であるといって、…
    その前に、日本と中国で戦争になると愚考しますが。
    質問の意図がよくわかりませんね。

  17. torisugari_gomen より:

    bobby2008さん
    現在の世界には、かつての辺境のような国も昔の政体のままの集団もいろいろな歴史的段階の集団が存在し、それが「国家」と呼ばれています。
     何も国家があるから摩擦の解決が戦争となるわけではありません。いってみれば対立する二つの集団の問題解決は、話し合いのような平和的手段から、暴力的手段までいろいろな形態があります。これは、個人間でも話し合い、妥協、口げんか、果ては暴力的な喧嘩、殺人まで多様な形態がああり、その手段を集団間の問題解決に当てはめてみると、納得がいくと思います。
     だからこそ、日本国憲法第9条で日本は「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と決めているのです。つまりこの条文の背景に、国際紛争を解決する手段として武力の行使(=戦争)が国際的に一般的であるとの認識が存在しているのです。
     そこで私たちは、日本としてとの立場を明確にした上で、国際的紛争(領土問題も薗一部です)を解決するのに、武力の行使を認めるのかどうかと言うことを、憲法の規定を前提にせずに議論するのが、生産的だと思います。

  18. minourat より:

    > そのうち中国が日本は中国にとって生命線であるといって、… その前に、日本と中国で戦争になると愚考しますが。質問の意図がよくわかりませんね。

    「満州と朝鮮で、そこが日本にとって生命線であったことが衝突の原因ですから。」という記述がありましたが、この記述が今日でもうけいれられるならば、 米中の対立という観点からは、 中国もそのうち「日本は中国にとって生命線である」といいうるのではないかということです。 私のいいたいことは、 他国を軽々しく自国の生命線などというべきでないということです。

    それから、 明治の初期には征韓論がありましたし、 歴史をさかのれば秀吉による朝鮮出兵(侵攻)もありました。

    かって自衛隊の人からきいたのですが、現在の先進国間に本格的な戦争がおきれば数時間で終わるということです。 日中間で本格的な戦争がおきればどうなるかは簡単に想像できるとおもいます。 そのとき、 米国が中国に核ミサイルを撃ち込むかどうかは、私はしりません。

    政治的なかっこうずけから局地戦がひきおこされることはかんがえられます。 日中の局地戦が尖閣諸島に限られていればまだまだですが、 局地戦が沖縄に拡大すれば、 またまた沖縄の惨劇です。 元寇のときの対馬のように、離島の悲劇は避けられないのでしょうか?

  19. wishborn2400 より:

    bobby2008さん、民主国家では法律は主権者たる
    国民によって作られるものです。
    合法的という時点で国民の意志が介在している
    わけです。

    民主国家で、国民が預かりしらぬところで
    徴兵制が敷かれるとでもお思いでなければ、
    国民によって作られる以外にはないでしょう。

    議論以前に、論理的に問題がありすぎます。

  20. taquonoss より:

    >12

    >「国家」の実体とは「何」でしょうか?
    実体?実体とは何ですか?例えば家族に実体とかありますか?或いはある種の人間の集合体とお答えすればよろしいですか?
    >国民の生命財産を保障する義務と、その為に多数の国民の生命財産を積極的に犠牲にする戦争行為は、どのように辻褄があうのでしょうか?
    前述したとおり外国が日本の国土、又は日本人の生命財産を犯そうとする時、軍事力が発動され戦争状態になります。守るために戦うのはある意味必然です。そして、戦いには犠牲がつきものです。ですが、犠牲を恐れて戦いを避けた時、人は多くのものを失います。あなたは暴漢に襲われた時、女性を残して逃げますか?自分が怪我をしないために。
    >かりに戦争に負けて日本列島に他国の政府ができた場合に、国民が非文化的で悲惨な生活を強いられる可能性があるのは、いったいどの国の事を言っておられるのでしょうか。
    国を征服されたチベット、自らの国を持てないクルドの人々がどのような悲惨な目にあっているか知らないわけないですよね。また、同じ第二次大戦でもソ連と戦って敗れた満州在住の人たちがどんな目にあったのかご存じないとも思えません。ある意味、アメリカ相手だけですよ。戦争で負けてもそれなりに国家が維持できるのは。どこの国と具体的にお聞きですから、朝鮮や中国、ロシアを取りあえず挙げましょう。

  21. bobby2008 より:

    wishborn2400さん

    >民主国家では法律は主権者たる国民によって作られるものです。

    正論です。しかし、日本の憲法がGHQにより作られた事を棚上げしても、議会制民主主義である日本では、法律は国民ではなく、選挙で選ばれた議員により作られます。しかし選挙時に議員がどんな法律をつくるかを、国民は予め知る事はできません。

    たとえば政府与党が衆参両院で圧倒的多数を取れば、徴兵制度のような法律も(違法でない限り)成立可能です。ここでもし、徴兵制度を国民投票にかければ、否決される場合もあります。すなわち政府がつくる法律が、ある瞬間に、必ずしも多数の主権者の意思に沿っていない場合も理論的には有るという事です。

    最近は国民投票よりもっと手軽に、政府が主権者の多数意見を代表しているかを確認する手段がありますね。テレビや新聞でよく紹介される内閣支持率というやつです。あれが50%を切ったら、自動的に内閣を解散して総選挙にするべきかもしれませんね。

  22. bobby2008 より:

    taquonossさん

    >実体?実体とは何ですか?例えば家族に実体とかありますか?

    実体不明のものが、どうして「国民の財産権や生存権を保障」するという役割を担う事ができるでしょうか。

    >外国が日本の国土、又は日本人の生命財産を犯そうとする時、軍事力が発動され

    軍事力を発動させる「実体」とは何ですか?

    >犠牲を恐れて戦いを避けた時、人は多くのものを失います。

    仮に米国が2011年に日本を占領しようとしたとしましょう。この場合に、日本国民が犠牲を恐れて戦いを避けた場合に、どのような多くのものを失うのでしょうか?

    >国を征服されたチベット、自らの国を持てないクルドの人々がどのような悲惨な目に

    21世紀の話をしましょう。誤解を恐れずに言えば、一部のチベット人が悲惨な目にあっているのは、国家を取り戻す独立活動が原因です。

    人々が「国家という思想」に囚わる事を止めれば、チベットやクルドの悲劇を止める事ができるかもしれません。

  23. minourat より:

    > あなたは暴漢に襲われた時、女性を残して逃げますか?自分が怪我をしないために。

  24. minourat より:

    > あなたは暴漢に襲われた時、女性を残して逃げますか?自分が怪我をしないために。

    私は逃げません。 女性の後ろにに隠れ、女性に暴漢の金Xを蹴ってもらいます。

  25. mzch より:

    minouratさん
    >他国を軽々しく自国の生命線などというべきでないということです。…
    私もそう思いますが、戦前の軍部や政府はそう主張して戦争を起こしたのですから否定しようもないでしょう。

    >この記述が今日でもうけいれられるならば、…
    中国もしくはロシアが朝鮮を征服する構えを見せたらまた問題化するかも知れませんが、当時とは国際情勢が大きく変わっているのにそんなはずはありません。

    >それから、 明治の初期には征韓論がありましたし、 歴史をさかのれば秀吉による朝鮮出兵(侵攻)もありました。…
    歴史を遡るなら、神功皇后の三韓征伐もありましたし、中大兄皇子による新羅征伐もありました。征韓論はまさしく朝鮮が西欧列強に蚕食される前に日本が押さえておけという議論ですし、それ以前に朝鮮へ攻め込んだのは領土取り、利権確保であって地政学的な政略があったわけではありません。そのため意味が異なります。ところでここでおっしゃりたいことは何なのでしょうか。

    >現在の先進国間に本格的な戦争がおきれば数時間で終わるということです。…
    核を使えばそうでしょう。

    >元寇のときの対馬のように、離島の悲劇は避けられないのでしょうか?…
    こちらの都合にあわせて相手が戦場を選んでくれるわけではないので、避けがたいことでしょうね。

  26. mzch より:

    bobby2008さん
    >21世紀の話をしましょう。誤解を恐れずに言えば、一部のチベット人が悲惨な目にあっているのは、国家を取り戻す独立活動が原因です。…
    民族自決という言葉をご存じないようですので、これ以上の議論はおやめになった方がよろしいかと。侵略されたら泣き寝入りせよとは、平和ぼけした日本人の戯言でしかありません。征服されたんだから、黙って殺されておけというのはさすがに言い過ぎです。

    >人々が「国家という思想」に囚わる事を止めれば、…
    「国家」なくして国際間で生きていくことができない現状で国家を解体することは不可能だということはおわかりの上で仰っているのでしょうが (今時、無政府主義者でもそんなことは言いません)、現状の追認でことが済むのでしたら戦争や、革命、クーデターなどといった事態は起きようがありません。チベットやクルドについては、中国や中東諸国にこそ「国家という思想に囚われるな」と言うべきではないですか?

  27. wishborn2400 より:

    >>21
    bobby2008さん、憲法の枠を明らかに超えるよう
    な法律は出来ませんし、出来た法律にしても
    現行の憲法にしても国民に知らされないということ
    でもなければそれを知ることができ、かつ変更が
    可能です。

    それが出来ない場合として、かつての沖縄密約を
    示しているのですよ。
    これに比べたら、間接民主制によるラグなど、
    問題になりません。

    あなたの反論には意味がありません。
    出来た法律を変えてはならないというような法律が
    あるとでもお思いでしょうか。

    議論以前の問題です。

  28. bobby2008 より:

    minouratさん

    > あなたは暴漢に襲われた時、女性を残して逃げますか?自分が怪我をしないために。

    21世紀において、暴漢に例えられる国家は減少の一途であり、日本へ侵略戦争をしかけられる暴漢的国家は、極東アジアでは北朝鮮を除けばありませんね。

  29. torisugari_gomen より:

    >22
    <「国家という思想」に囚わる事を止めれば、チベットやクルドの悲劇を止める事ができるかもしれません>

     アララ、、、昔読んだ「あるけなげな男が、かつて、人間が水に溺れるのは彼らが重力の思想に取りつかれているからでしかないと思い込んだ。彼らが、たとえばこの観念を迷信的な観念、宗教的な観念と言明することによって、それを頭から追い払えば、彼らはすべての水難を免れるというのだ。生涯にわたって、彼は、重力の幻影とたたかったが・・・」(マルクス)を思い出しました。

     ひょっとすると、けなげな男って、 bobby2008さん!(ワラ

     「国家とは何か」と大上段に振りかぶる前に、「社会」、「共同体」、「人種」、「民族」、「権力」などの基本概念とそれを支える現実を黙考する必要があるようですね。(爆

  30. sarunho より:

     「国家」とはなにかですよね。俺も同じ疑問を持っています。でも、国家のかわりに「花子」だとどうでしょうか。それは女の子の名前でそういう子がいるとします。そのとき「花子」とは誰のことを指すかはヤハリ「国家」と同程度に不明のように思われます。
    ①:花子は手・足・・・内臓・・・眼・鼻・口・・・理性・感情などで構成されている。
    ②:たとば花子の手は花子の体の一部ではあるが花子そのものではない。
    ③:「国家の利益」のかわりに「花子の利益」の意味は明瞭か。明瞭でないような気がする。
    そんな感じを悩んでいます。

  31. bobby2008 より:

    torisugari_gomeさん

    >「社会」、「共同体」、「人種」、「民族」、「権力」などの基本概念とそれを支える現実を黙考する必要

    これらを個別に黙考しても、国家までたどり着かないのでは?

  32. bobby2008 より:

    sarunhoさん

    >国家のかわりに「花子」だとどうでしょうか。

    面白いですね。でも、もっとありきたりに、国家を企業に例えてみましょう。

    政府=経営陣(役員会)とするのは問題ないとして、主権者をだれにするかです。議会制民主主義の場合には、主権者=社員株主会。共産主義一党独裁の場合には、ユニオンショップ性の労組。独裁国家の場合は主権者=同族系企業におけるオーナー。国家の利益は企業の利益に置き換えられるでしょうか。

    ところで侵略戦争は敵対的買収による乗っ取りになるかと思いますが、企業を乗っ取るとはすなわち、経営を乗っ取るという事ですね。であれば、侵略戦争における国家の実体とは軍隊の指揮権を持つ政府という事になるかと思います。すなわち、他国から見た国家の実体とは政府(とくに行政)になるのかもしれません。

  33. taquonoss より:

    意外に面白い論議になり感謝します。ただ、長くなりましたからまとめたいと思い問題を絞って自分なりにお答えします。
    ○国家とは何か
    我々の生命、財産、文化を最終的に保障する者
    ○国家の実体とは
    同朋の生命、財産、文化を保全しようとする我々自身の志が形となったもの。
    ○自らの国家を求めるべきか
    自らの生命、財産、文化を最終的に保障してくれる存在が無い事は生きていても不安だと想像します。
    ○国家と領土
    世界を国境で区切り、その内側を国家として具体的、有機的に組織、運営する。
    領土なき国家も可能だが例外的。領土は国家の象徴。

  34. torisugari_gomen より:

    >31 個別に黙考しても、国家までたどり着かないのでは?

     確かに、個別に取り扱うとたどり着かないでしょうが、「国家」との関係を考えると、「国家」がはっきりします。
    私が「国家」について調べた時の、ノートから引用します。

    「国家」と「社会」の関わり方は、世界の地域民族まで触れると世界中のあらゆる「国家」や風土、政治制度などによって全部違っている。けれど三つの類型のどれかに入れることができ、細部を付け加えればどんな「国家」と『社会」の関係にも当てはめることができる。

    第一類型:「国家」=「社会」、その中の人々、諸施設、地面もすべて含むもの。二世代くらい前の日本人や東洋の国の人の無意識の考え。
    第二類型:西欧の先進国が典型であるが、「国家」と言えば「政府」及びその実務機関である諸官庁だけを指し、「社会」はその下にあって人々が日常の生活を営んでいる場所で、はっきりと「国家」とは別のものであると考えられている。
    第三類型:「国家」と呼びながら「国家」としての明確な輪郭を持たず、「社会」と呼ばれていても「社会」としての明確な輪郭を持たない関係。近代の民族国家成立以前の時代。
     (『中学生のための社会科』吉本隆明 市井文学より)

    民族国家という言葉があるが、人種国家という言葉を使わないことを見れば、人種と民族の概念の違いも、中国での少数民族の問題を考えるときに重要でしよう。

  35. torisugari_gomen より:

    ノートの追加です。共同体と国家についてです。
     
     国家には二つの意味があります。「この土地は国家が管理している」という場合の国家と、「私たちは国家の一員である」という場合の国家はニュアンスが違うと思うのです。前者は権力、政府を指していますね。ところが、後者は私たちの帰属する共同体を意味しているのです。
     そこで私は、「政治権力としての国家」と「共同体としての国家」をできるだけ区別して論じるようにしています。(略)
     このように考えると私たちを管理する国家は、政治権力としての国家の方であることがわかると思います。そうこれが警察国家なのです!
    (「ヘーゲルを総理大臣に!」小川仁志 講談社)

    蛇足ですが、自衛隊を「暴力装置」と言った官房長官を罵った、くだらない低脳な議員による問答が国会でありましたが、まさに権力として国家を考えた場合、国民に対しては警察という暴力装置と、国外的には軍隊という暴力装置を保持しているのが、国家なのです。

  36. bobby2008 より:

    taquonossさん、torisugari_gomen

    有難うございます。

    >○国家とは何か
    >我々の生命、財産、文化を最終的に保障する者
    >○国家の実体とは
    >同朋の生命、財産、文化を保全しようとする我々自身の志が形となったもの。

    日本、欧米、中国はtorisugari_gomenさんの示された第二類系に含まれると考えますので、「保障する者」とは、暴力装置を持つ「政府」そのものという事になると思われますが如何でしょうか。

    また、国民を含む社会や領土は、政府の下にあり国家そのものではないという事になるという事でしょうか。

    >「政治権力としての国家」と「共同体としての国家」をできるだけ区別して論じるようにしています。

    尖閣諸島問題のような政治問題について、「共同体としての国家」の構成員である国民が、自国や他国の政府に対して圧力を加えようとするケースは、上記の2つの区分において、どのように考えれば良いのでしょうか。

  37. izumihigashi より:

    国家とは何か?
    次の事を書くと元も子もないのですが、
    国や地域によって国家の概念は違う。
    これに尽きます。

  38. torisugari_gomen より:

    bobby2008さん、どうも、どうも

    >「保障する者」とは、暴力装置を持つ「政府」そのもの・・・
     政府および行政機構、警察機構、司法機構などですね。
    国民の生命、財産が侵害された場合、警察に保護をもとめたり、裁判などで補償や回復を求めることができます。
    このことで保障されていることが、理解できるでしょう。
    でも、文化は様々な内容を含んでいるので、保障することは部分的でしょうね。廃れる文化もあれば、新しく興る文化もありますし、、

    >国民を含む社会や領土は、政府の下にあり国家そのものではない・・・
     第二次大戦敗戦直後、日本の国家は機能しなくなりました。徴集されていた兵隊は、食料、衣料など我がちにリュックに入れ帰郷したそうです。でも、経済は物々交換などをしながらも、日常の社会生活は行われました。
     つまり、国家は崩壊しても社会は存在するものです。
    さらに最近では、ソ連邦、東ドイツなど共産主義圏の国家の崩壊、アメリカ侵攻によるイラクの崩壊、それぞれの国家が崩壊しても社会は存在し日常生活は営まれていました。
    この例のように、「国家」と「社会」は別であることがおわかりでしょう。

  39. torisugari_gomen より:

     どうも、どうも・・・ 追加です。

    >尖閣諸島問題のような政治問題について、、、
     気の遠くなる話ですが、粘り強く選挙権を行使して、賢明な政治家を選出することですね。参政権だけではなく、たとえば却下されましたが、中国人船長の釈放を不服として検察審査会への審査申し立てを行ったようなことができます。
     また、国家賠償法により国家や公共団体に賠償を求めたり、行政不服審査法、行政事件訴訟法等により、不服申し立てを行うこともできます。
     それから、小泉政権時代に外務省を駄目にした竹内行夫元事務次官が最高裁判所判事になっていますが、2009年の最高裁判事の「国民審査」の対象でやめさせることもできたのでしたが、そこまで世間の関心が持たれなかったみたいです。

     余談ですが、プロ野球で監督が替わったからすぐにその球団が優勝することが無いのと同様に、政権が交代したからすぐ結果がでるとゆうことでもないと思うのですがね。私たちが粘り強く、賢くなっていくことですね。

  40. sarunho より:

     国家と花子の間に「会社」を挿入なさいました。それも同じことだと俺は思います。会社のかわりに「家族」でもかまわないし「~大学」でも同じかと思います。
     家族・学校・会社・スポーツクラブ・・・などなど。国家と花子の間にはそうしたありとあらゆる「分節機能体」を置くことができます。そして問題はそうした機能体の「主権者は誰か」であり、その機能体の利益とはなにかとなり、最終的に国家の利益とは、となるのではないでしょうか。では、
    ①:「花子」の主権者は誰でしょうか? 花子の脳でしょうか?その脳がもつ意識のことでしょうか? 手・足・眼・鼻・口・・・体全体は、主権者に対して何でしょうか?
    ②:花子のその意識が花子を何かの行動に駆り立てることがあります。その行動が花子の「利益」になるかならないかはどうしてきまるでしょうか?
    ③:その行動が;㋐リストカット㋑自殺㋒いじめ㋓太郎との恋愛㋔海外旅行㋕拒食、などである場合それが利益か不利益かはどうしてきめられますか?
    ④:会社の場合でもこの花子の脳にあたるようなものがあるし家族にも軍隊にも国家にもあるように見えます。
     そんなふうに考えて悩んでいます。

  41. bobby2008 より:

    izumihigashiさん

    >国や地域によって国家の概念は違う。これに尽きます。

    仰る事はごもっともです。それでは、日本と中国に絞った場合、どのようにお考えになりますか。

  42. taquonoss より:

    >33に書いたのは日本や欧米のような「民主主義国家」の特徴です。中国には当てはまりません。両者の違いは国民と国家の統合性にあります。民主主義国家では国民と国家の統合度が高く、両者を分かつことができません。国民の内心に国家意識が抜きがたく存在しているのです。
    統合度の低い中国のような国は未だ「征服国家」であると言えます。国家と国民が国民の内心で対立しているのです。意味のなく住んでいる土地を強制収容されたり乱暴な裁判で銃殺刑に処されたりすれば統合性の意識は育ちませんよね。まあ、国家から甘い汁を吸えている一部の人には統合性が芽生えているかもしれませんが。
    ここに書いている認識は多分、私独自なものです。ご紹介のあったノートをはじめとする既存の国家論は国家の外形的な分析にとどまり私たち一人一人の個人的な国家意識を考慮しません。しかし、最初の記事で投げかけられた疑問に答えるには外形論では無理であると思います。内心の国家意識を考慮しないでは答えは出ないでしょう。そう判断して一連の投稿をいたしました。
    なお、>38にある敗戦しても社会が存続する例は相手がアメリカであったから故の事です。満州でソ連と戦った地域の日本人社会は消滅しました。社会が戦争から無傷である保証はどこにもありません。アメリカが特殊なのはあの国は本来征服国家なのに(東部13州からの出発ですから。)民主主義的手法で世界に冠たる国家に成長したという実績があるからです。それ故ソ連が崩壊してCISに再編された時にも参考にされました。(結果失敗しましたが。)
    まだ続けるようならこちらの利用もお考えください。昔懐かしいツリー型の掲示板で管理人は頑固な反戦の人「泥炭」氏です。閑古鳥が鳴いていますからきっと歓迎されます。
    http://yui.at/bbs2/sr2_bbss.cgi?2325hamanasu

  43. izumihigashi より:

    日本人と中国人の国家観は違うでしょうね。
    先ずは民族的に中華民族なんて存在しませんが
    中国人は自ら中華民族と呼んでいます。
    仮に日本が支那事変である意味征服が成功していたら、
    日本民族(大和民族)が中華民族の構成要因になるだけです。
    その日本が一時勢力圏に抑えたインドシナ、マレー半島まで、
    中国の過去における最大版図などと称していた事でしょう。
    当然日本列島までもが中国に組み入れられていたはずです。

    つまり、中国人の考える国家観は勢力範囲の事を指していると
    見るべきでしょう。現在の中国の経済成長が続くと、自ずと
    彼らの考える勢力範囲は広がります。彼らは中国国籍のまま
    隣国に移り住む場合も、その国の国籍を取得する場合も、同様に
    中国人であり続けます。
    ある中国メディアのある言葉(文)を見て目を疑いました。
    「アメリカ国籍の中国人」
    日本ならこう表現するでしょう。「中国系アメリカ人」
    つまり、中国人はどこの国籍を取得しようが中国人と言う意識なんです。

    これはアメリカでも想定していない出来事でしょう。

    日本人の大方の国家観は、神話の世界に立脚していると思います。大八洲国。日本列島までが日本なんだと言う潜在意識ですね。
    だから戦前、台湾や朝鮮を併合して、理性では内台一体だ、
    内鮮一体だ、なんて言ってみても、深層心理では外国なんです。

    日本は今後もこの観念を持ち続けると重いますし、
    中国は経済成長と共に版図の拡大を当然と思うでしょう。

    ここに摩擦が生まれるのだと思います。

    国家観の違いは知っておいて損はありません。

  44. bobby2008 より:

    izumihigashiさん

    >民族的に中華民族なんて存在しませんが

    中華民族というのはもともと政治的な言葉故に、海外の中国人や台湾人などに対する政治的な文脈で使われるのでしょう。中国内では、「漢族」や各少数民族などを戸籍(と身分証)で使用しています。

    >日本民族(大和民族)が

    私は大和民族(あるいは日本人を単一民族とする言葉)にも、政治的な匂いを感じてしまいます。アイヌや琉球民族という人たちを別にしても、日本人には大陸系・東南アジア系・ミクロネシア系の血が混じっています。朝鮮半島にある前方後円墳をみれば、天皇の神話も学術的には疑問があります。

    要するに、中華民族も大和民族も、政治的な言葉であるという事においては50歩100歩ではないでしょうか。

    >中国人は自ら中華民族と呼んでいます

    私の身近にいる中国人は、自分達の事を「中国人」と呼んでおり、中華民族という言葉を使う人はあまり見かけません。まあ、それが指す意味には大差ないと思いますが。

    >日本ならこう表現するでしょう。「中国系アメリカ人」

    これは主に、第三者が使う言葉ではないでしょうか?本人は、自分のアイデンティティー(帰属する文化や民族)と国籍を別けて考える人(パレスチナ人など)も多くいると思います。

  45. bobby2008 より:

    taquonossさん

    >統合度の低い中国のような国は未だ「征服国家」であると言えます。

    日本のテレビや雑誌で見る、メディアにより偏向された情報をベースにすると、統合度が低いと考えられます。

    しかしながら私が見聞きする普通の中国人の意見では、彼らは中国に対する自信や誇りを増しており、必ずしも統合度が低いとはいえない状況であろうと考えます。もちろん、日本のように安定期には程遠いので、上下の振れはこれからもあるでしょう。参考として下記記事を示しますのでご参照下さい。

    【中国人は中国が好き】
    http://bobby.hkisl.net/mutteraway/?p=3033

    >まだ続けるようならこちらの利用もお考えください
    ありがとうございますが、私の目的は議論の為の議論ではなく、多くの方に考えて頂く事ですので、一部の方だけによる板は遠慮しておきます。

  46. izumihigashi より:

    44.
    bobby2008さん

    大方理解できるのでが、日本民族(大和民族)のくだりで
    朝鮮半島の前方後円墳を例に出した部分がありますが、
    その点だけが妙に引っかかります。

    日本の前方後円墳はまだ未公開のものも多いので断定出来ない面もあるとは思いますが、地質調査などで造られた時代があらかたわかります。
    南朝鮮(地域を指しています。決して差別意識はございません。)
    に群集する前方後円墳の造成時期を比較すると、なんと日本の方が古い事が解っています。そして規模も大きい。

    5世紀初頭に生まれた大和朝廷は、膨大な人足の動員力を誇った強大な権力構造を持った「国家」だったと言えるでしょう。
    南朝鮮は、その強大な力を背景に軍事遠征し、占領した大和朝廷の
    飛び地だったと考えられますが?

    ここの部分をどう認識するかで、特定アジア三国との歴史観の摩擦が起きるのですが、古代中国からは進んだ文化を受け入れた大和人も、半島はその文化の経由地(ストロー)程度に考えていたのではないか?と思うのです。

    少なくとも、大和朝廷以後、バク然とした国家観はある程度の
    共通意識として存在していたと思うのです。ある意味、その国家観の揺らぎが少ないのが日本人の特徴ではないでしょうか?
    国体が変わったり、代わったりと言った事が無かった為に。

  47. taquonoss より:

    >私の目的は議論の為の議論ではなく、多くの方に考えて頂く事ですので、一部の方だけによる板は遠慮しておきます。

    あら、そうですか。考えるのは貴方ではなくて我々なのですね。貴方の結論は決まっているとこういうわけだ。つまり、貴方は「宣伝」のために投稿していると。トラックバックから貴方のブログを拝見して或いは、と思いましたがやはりそうですか。

    宣伝、ご苦労様です。

    以後、レスしません。中国は大嫌いです。さようなら。

  48. bobby2008 より:

    izumihigashiさん

    >南朝鮮(地域を指しています。決して差別意識はございません。)
    >に群集する前方後円墳の造成時期を比較すると、なんと日本の方が古い事が解っています。

    ご指摘の件をググって確認すると、どうもそのようですね。日本の方が公開されない理由は、中に朝鮮半島由来の証拠でもあるのかと誤解していたようです。

    >国体が変わったり、代わったりと言った事が無かった為に。

    私はむしろ、周辺に外敵が多かった古代中国の方が、内と外という意識により、早くから国家としての意識が高かったように思えます。

  49. minourat より:

    > 次のサイトに日本人、中国人、韓国人のそれぞれのDNAにもとずく祖先の割合が示されています。

    http://www.ne.jp/asahi/manazasi/ichi/syakai/ikutumono0102.htm

    これによると、日本人固有のタイプ、 アイヌ系、 沖縄系の合計が約30%。 いっぽう、 後から日本に渡来した弥生系の韓国人タイプと中国人タイプが約50%です。
     

  50. torisugari_gomen より:

    どうも、どうも。
    あまりにも粗雑な知識で議論しているようで、、、
    >46 大和朝廷以後、バク然とした国家観は、、国家観の揺らぎが、、、
    >48 古代中国の方が、内と外という意識により、早くから国家としての意識

    日本の国家は、6世紀末冠位十二階の制定、大化の改新など、中国・唐の官僚制、律令制をとり入れて整備されました。中国ですよ!
    また、明治になって西洋の近代国家を学び、憲法を始め議院制度などが整備されています。今度は西洋ですね!
    といっても、大戦前までの日本は、「国家」のために「滅私」の奉公をするのが最高の美徳とされ、背く場合は恥辱として排除されています。排除は権力によるだけではなく、「村八分」の扱いのように法律によらない規制ですから第1類型(「国家」=「社会」、、)に分類され訳です。

    また、敗戦による国家体制も大きく異なっています。
    大日本帝国憲法第一条:大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス (統治=主権者が国土・人民を支配し,治めること)
    日本国権法第一条:天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
    両者を比べてみれば、戦前と戦後の国家の規定は大きく異なっり、揺らぎどころではありません。

    それから、ついでですから、
    人種:皮膚の色、髪の色、骨格等の身体の共通性により分類
    民族:言語、宗教、生活慣習などを共有して同一の帰属意識を持つ集団
    というように、生物的な観点からみた人と文化的な観点からみた人の大きな違いがあります。

    とっても、看過して通り過ぎることができませんもので、、、(ワラ

  51. minourat より:

    >民族:言語、宗教、生活慣習などを共有して同一の帰属意識を持つ集団

    ということになると、 日本の国土に住む民族の数はどれほどになりますか? 単一ではありませんね。

  52. izumihigashi より:

    50.

    歴史教科書をトレースしてるだけじゃ時代は読めないよ。
    随、唐から制度を取り入れ実際に採用する前の時代って
    ものを良く考えないと。咀嚼期間も含めて考えるベキなんです。

    それから古代日本から戦前、いや戦後に至るまで、
    大まかな国家観には大きな変動はないと見てますが?

    憲法が変わろうが、そんな事で日本人の国家観には
    変動がない。日本人は日本人なんです。呼び方はどうだろうと。

    西洋諸国(外国)を意識していようがいまいが、
    日本とそれ以外では明確な違いが意識されてた。
    日本と一番近い朝鮮半島で、諸藩の違い程度しか
    意識していなかったか?そんな事はない。全然別の
    国と言う意識は上流階級はおろか、農民にまであった。

    卑弥呼の時代から、
    と言わないだけマシでしょうw

    5世紀には漠然とした(明解な概念ではないよ)
    国家観(大きな纏まりを意識し、その内と外の認識)
    は存在していただろうと言ってるんです。

    日本は珍しいんですよ。ほぼ、民族的な纏まり感と
    国家観が一致している唯一の国。一国一文明の稀有な国。

    それが言いたかったんです。

  53. sarunho より:

    32. bobby2008さん

    ①>国家を企業に例えてみましょう。
    ②>国家の利益は企業の利益に置き換えられるでしょうか。

    すごくいい問題のたて方だと感じています。俺の場合ここに更に個人も例えとして加え「花子」を出してみました。

    要は国家も企業も個人もそれを構成している元(げん)の入れ替え(=変換)をすることで同じものとして扱えるのではないか、という気がするのです。

    その象徴的な具体例として「首長問題」があります。花子の頭(=首長)は花子に一つ。企業の社長は会社に一人。国家の首長も国家に一人。ちょっと因めば東京都の知事は東京に一人。この「一人であること」は何を示しているでしょうか。

    国家とはなにか/国家の利益とは何か問題。このへんからアプローチしているのですがなかなか手ごわいです。

  54. torisugari_gomen より:

    どうも、どうも、もう一つ看過できませんことがあります。

    >48 古代中国の方が、、、早くから国家としての意識が高かったように思えます。
    同じ国内の人でも、どんな立場にいるかよって意識は異なっています。
    国家を意識したのは、統治者の立場にいる者のみでしょう。

    中国<十八史略>鼓腹撃壌の一節です。

    「日出て耕し、日入りて息う、井をほりて飲み、田を耕して食う、帝力何ぞ我にあらんや」 
    (日が出りゃせっせと野良仕事、日ぐれにゃねぐらで横になる。のどの渇きは井戸掘ってしのぐ、腹の足しには田畑のみのり。天子さまなぞおいらの暮しにゃ、あってもなくてもおんなじことさ。)

    統治されている民にとっての日常意識には、国家などとても眼中に無かったことを見事に表しています。
    現在の中国の民にとっても日常の生活がどうなるか最大の関心事、「国家」なぞおいらの暮らしにゃ、、、ってところではないでしょうか。
    まあ、日常の生活に不満があれば、大義名分を見つけてデモで鬱憤を晴らすでしょうが。

    ついでに
    >52 歴史の教科書も咀嚼できないで、あまり大言壮語はねぇ~。

    日本の一般庶民も鼓腹撃壌で、「国家何ぞ我にあらんや」ですよ。

  55. bobby2008 より:

    49 minouratさんに紹介頂いた「日本民族の起源」をざっと読みましたが、興味深い内容です。一部を下記に紹介します。

    (参照開始)

    「天皇の称号も同様であり、王のなかの有力な王としての『大王』(おおきみ)という称号を『天皇』に変えたのは、日本国という国号を定めたのと同じ浄御原令(689年)だといわれています。

    当時この列島には多くの小国があり、それぞれ「王」を抱いていた。その中で「権力」を握り拡大していった「王」のひとりが後の天皇につながっていった。

    「7世紀から8世紀にかけての日本国の支配下にある地域のなかには、北海道と沖縄はもちろん入っていませんでしたし、本州、四国、九州のなかでも、現在の東北、新潟県の北部、九州南部は日本国の支配領域のなかには入っていなかったのです。日本国は8世紀から9世紀にかけてこれらの地域を侵略し、征服しました。・・・当時の日本国の支配者は、東北の人々を蝦夷(えみし)、南九州人を隼人(はやと)とよび、異種族と考えていました」... 「東北の最北部、岩手県の北部から青森県の下北・津軽の地域は、11世紀の後半ごろまでは日本国の支配に入っていません」(P26)。

    つまり7世紀後半に「日本国」を作った勢力が、日本列島を北へ、東へ、西へ、南へと征服地域を広げていって、とうとう今から150年前にやっと日本列島全体を支配することとなったわけだ。

    (参照終り)

    こうして説明されると、日本の歴史は、中国の成立と似ているところがあると感じられないでしょうか?

  56. bobby2008 より:

    54. torisugari_gomenさん

    >国家を意識したのは、統治者の立場にいる者のみでしょう。

    私の言葉が足りませんでした。仰るとおり、国家を意識していたのは統治者や軍や中央官僚など政府の中の人間という事になるかと思います。

    ついてに、中国の方が早かったと考えた理由を説明すると、匈奴など「外敵」の存在により、統治者は国内と国外という意識を強く持つ事になったからと考えています。

  57. torisugari_gomen より:

     どうも、どうも。56. bobby2008さん
     あなたの中国が早かった理由は了解いたしました。
    ただ、それは、日本のような島国の国境は海岸線、大陸は陸続きで異なった民族が対峙していた、地政学的な理由にもよるのでは無いでしょうか。
     一概に「外敵」と言っても、元、清は北方民族、明は漢民族ですから、どちらが内でどちらが外か視点が変わりますね。

    >51minouratさん
    bobby2008さんがとっても意義深い引用をしてくれました。
    少なく見積もっても、四つ以上の民族が住んでるでしょうね。

    日本の国家と領土に関して重要な問題ですが、bobby2008さんの引用された部分に補足すると、次の歴史的な経緯も明確にしておくことが重要でしょう。
    沖縄の琉球王国(1429-1879)は、1609年に薩摩藩の侵攻を受け、薩摩藩の属国として税を納め、中国に対しては従来の冊封体制を維持したので、独立国としての体裁を保ちながら二つの国(日本と清)と藩に支配されるという、一見矛盾した両属体制を270年ほど続けています。
    つまり、1879年まで日本から独立していた国であったことです。

    沖縄の人は今でも、沖縄人を「ウチナーンチュ」、「日本人」を「ヤマトンチュ」と呼んでいます。内地ということで「ナイチャー」と呼ぶこともありますが。
    また、琉球語を日本語の方言と見るか、別の言語と見るか、言語と方言の区別は民族論や政治論といった主観的かつ繊細な問題に関わっています。
    一方的に、日本は大和朝廷以来連綿とした単一民族で一つにまとまっていた等とは夜郎自大な言いぐさで、「ウチナーンチュ」から、「ヤマトンチュ」ではなく「ヤマトンチュー」と呼ばれるでしょうね。(この違いはググってね、ワラ)

  58. bobby2008 より:

    57. torisugari_gomenさん

    >一概に「外敵」と言っても、元、清は北方民族、明は漢民族ですから、どちらが内でどちらが外か視点が変わりますね。

    紀元前の秦の時代に、匈奴という外敵を防ぐ為に万里の長城の建設が始まりました。つまりこの時代に既に、内と外という意識が中国の統治者にあったという事かと理解しています。

  59. minourat より:

    私は東アジア人の出身国を外見から推定するにはつぎのようにしています。

    縄文系日本人は多少毛ぶかいことでほぼ100%あたります。一度だけ、韓国人を縄文系日本人と見あやまったことがありますが、 彼は毛ぶかいことで他の韓国人からからかわれるといっていました。 特徴的なかおつきは、 岡本太郎、 棟方志向、 壺井栄、 住井スエ、 ひめゆり部隊のメンバー等です。

    弥生系日本人については、蒙古系を除いた朝鮮系および中国系とおなじです。

    朝鮮人に多いツングース系は鼻が高くて長く大きく、 顔が細長いのが特徴です。 日本人では、吉田松陰、 高杉晋作、 岸信介、 安倍晋三、 岸佳子、 司洋子等です。 ツングース系は朝鮮北部から中国の東北地方が本来の居住地です。 愛新覚羅溥儀の写真をみてください。

    朝鮮系には山本圭とかヨン様のような細長い顔つきの人もまた丸顔の人もいます。 頬骨が多少高いのが特徴です。日本人では日本海側の出身者に多いです。 

    朝鮮には蒙古系の人も少しいます。 顔はかどをまるめた正方形で、 胴はがっしりしていて、 足は短めです。 目は田中裕子のように細めです。

    中国の北部出身者は、胴はがっしり短足ですが、顔は多少まるく目もそれほど細くありません。 胡錦濤が例です。

    中国の南部部出身者は小柄です。 アグネス・チャンのように卵型の顔付きの人と石水さんのような顔つきのひとがいます。

    南方系の日本人は、肌があさ黒く目の周りが多少黒いです。 目はパッチリとしています。 

    タイとかインドネシヤの華僑は、見かけは南方の中国人とおなじですが、 英語をはなすと語尾のアをアーと長くひっぱるのが特徴です。

    身体的な特徴だけでなく、 服装、 髪型、 はきものも出身地の判定に役立ちます。 

  60. sarunho より:

    ①:54. torisugari_gomen>民にとっての日常意識には、国家などとても眼中に無かった・・・。

    この認識は俺にとってはとても大事です。民にとっては民の利益が重要なのであって国家の利益が何であるかなんて想像外のことだ。

    だが、㋐:その民は国家の中に在る。だからソノ国家が貧困であれば民はカレの生存する環境としての国家の持つ貧困を知らずのうちに強いられる。これが事の片側だと思います。

    もう一方は、㋑:民が国家などに関係なく個人的な利益を得ようと行為する様々な戦略・戦術活動の正体です。その正体は民の身辺の物質環境・人間関係などを民の生存有利に変革すること、としてみました。

    全体としてはコノ㋐と㋑の相互作用だというスキームで考えています。

    追記:いま変なことを思いました。世界が全て中国になってしまえば国家は中国一国ですから戦争はなくなるのか、国境はいかがか、尖閣問題は消滅するのか、など。

  61. bobby2008 より:

    minouratさん

    縄文系、弥生系、朝鮮系、中国北部・南部系と、日本人にはいろいろな特徴を持つ人がいるのですね。これは、日本が大和民族の単一民族国家であるという考えが、いかに政治的なものであるかという事をよく示す証拠のようなものでしょうか。

    ちなみに私は、写真の印象ほど丸顔ではありませんし、身長も170cm以上ありますが、痩せ型で手足がひょろ長く色黒なので、南方系である事は間違いないようです。

  62. bobby2008 より:

    60. sarunhoさん

    >世界が全て中国になってしまえば国家は中国一国ですから戦争はなくなるのか、

    地球的規模でいえば局所的な出来事ですが、EUが政治まで統合すれば、ひとつの模範となる事は確かでしょう。

  63. torisugari_gomen より:

    60 sarunho
    > 民にとっては民の利益が重要なのであって、、、

    雑誌「世界」平成23年1月号 東郷和彦<瀕死の北方領土交渉>に、択捉島のロシア人がソ連崩壊後ほとんどモスクワ中央政府から見捨てられた感じで、日本からの援助による「友好の家(通称ムネオハウス)」やジーゼル発電に対して、日本に帰属しても良いと思った。
    しかし、現在ロシア政府は本格的に環境改善に乗り出し生活環境は非常に改善されているので、今や日本に返還されることなどは大反対であると記しています。まさに島民にとって、日常生活が重要であり、90年代から21世紀初頭に日本が本腰を入れて交渉していれば、返還されていた可能性があったことを伝えています。
     
     特に、外交において武力でなく交渉で領土問題がいかにして解決できるかは、タイミングと外交交渉のセンスを持った政治家の存在に依存していることを教えてくれます。是非、一読を!

  64. torisugari_gomen より:

    60 sarunho
    >世界が全て中国になってしまえば、、、

    佐藤優氏の著作で得た知識ですが、近代の国家は民族を中心とする国民国家です。
    ちなみに、ナショナリズムの元の「nation」は、次の意味を持っています。
     1.(政府の下で共通の文化・言語などを有する)国民
     2.(1 の国民から成る)国家
     3.民族、種族
     現在の世界は、民族を基本単位とした政治的共同体としての国家から構成されています。個人と人類の中間に民族という共同体があるわけですから、民族がいくら大きな民族となっても人類全体と一体化することはないですね。国連の名称も、United Nations で「統合した諸民族(国家)」という意味で民族を基本単位にしています。
    従って、sarunhoさんにとって残念ですが、世界が全て中国になってしまうことは、難しいですね~

    かつて、日米安保が問題になっていた時に、「日本がアメリカの51番目の州になれば」というジョークがあったそうです。
    アメリカの名称は、United States of America 統合したアメリカの国群ですから、こちらの方がまだ可能性がありそうですね。

  65. bobby2008 より:

    64. torisugari_gomenさん

    >民族がいくら大きな民族となっても人類全体と一体化することはない

    民族という言葉が多分に「政治的」である事は、44で述べました。世界中の多くの民族が、精密なDNA分析をすれば、周辺の別の民族との長期にわたる混血の歴史が見られると推測されます。

    グローバリゼーションが進み、人々の移動と混血が加速すれば、固有の民族という言葉はだんだん意味を失うでしょう。人々の移動とインターネットによって、文化も混ざり合ってゆくでしょう。

    21世紀は、そういう事が加速して、民族を基本とした国家像がだんだん曖昧になってゆくであろと考えます。

  66. sarunho より:

    ①:62. bobby2008:>EUが政治まで統合すれば・・・。
    ②:63. torisugari_gomen:>【全体】へ。
    ③:64. torisugari_gomen:>【全体】へ。
     
    ②:同感です。このとき「民」と「象徴の一」は互いに眼差しを交わし合うという過程を通してそうなると俺はみています。眼差しを交わし合ってお互いに相手を自己に内面化し行為しあう(=投機しあう・賭けあう)という過程です。これがうまく行けば民にとっても象徴の一にとってもより生存有利な物質的・人間関係的環境がもたらされる。「象徴の一」はソノうち定義してみたくあります。

    ①・③:手垢にまみれた言葉を捨ててもっと「私の利益」とはなにかが正確につかめるように国家を再定義してみたくはありませんか。「私の利益」が正確に掴めなければ「国家の利益」なんて掴めっこない。そのための再定義です。

    にもかかわらず国家を論じ国家の利益を論じ声高に叫び人を説得しようとする人がいる。なぜか。簡単。その人にはそうすることに利得があるから。そうすることがその人の「私の利益」なんだ。俺もその一人です。これは民が畑を耕し井戸を掘り喉を潤すのとおなじです。この事はまた象徴の一にとって同様。

    こういう言説を産む国家観に取り組んでいます。あなたはいかがでしょうか。ご披瀝ください。

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  67. sarunho より:

    ①:39. torisugari_gomen>私たちが粘り強く、賢くなっていくことですね。

    賛成です。そうするほか投機する眼差しに光をこめる道はない。一方で、

    ②:50. torisugari_gomen:>あまりにも粗雑な知識で議論しているようで、、、・・・、とっても、看過して通り過ぎることができませんもので、、、(ワラ)。

    粗雑な知識しか持てない俺のようなものもいます。これには金持ちが貧乏人をばかにしているのと同じ下品さがあります。学び方・勉強のしかたとしてT-Gさんとは全く別な道を通っている者がこの世にいることにも情けを頂戴いたしとうございます。

    ——————————————————————————–

  68. sarunho より:

    ①:65. bobby2008:>【全体】。

    ご披瀝ありがとう。俺はグローバル化した世界の先に阿鼻叫喚の地獄絵図を見ます。そういう世界があらわれるとする根拠は地球上の資源の有限性です。これを奪い合っての利益集団間の争いです。

    どの程度そこに深くまで進むかは不明ですが一度そこに入りこみ・引き返す(=またはその先に進む)という道筋を占っています。

    いまのTPP議論などはこの過程のひとつだと見ます。

  69. torisugari_gomen より:

    どうも、どうも 65. bobby2008さん

    >民族という言葉が多分に「政治的」である・・・、精密なDNA分析をすれば

     DNA分析は、生物的な人種に関することです。民族は、政治的に使用される場面がありますが、基本的には「言語、宗教、生活慣習などを共有して同一の帰属」つまり、共同体の構成に関係する概念です。封建的な君主制、王国に対して近代の「民族国家:ネイション‐ステイト(英: Nation-State)」が成立したわけですから、その歴史的な意味を否定することはできません。

  70. torisugari_gomen より:

    どうも、どうも。

    >グローバリゼーションが進み、、、文化も混ざり合ってゆくでしょう。
    グローバリゼーションについても、それを推し進める力は何なのか考える必要があると思います。20世紀になって、民族を国家形成の原理としなかった国家があります。崩壊したソ連邦です。正式名称は「ソビエト社会主義共和国連邦」で、ソビエトとはロシア語で「評議会」の意味で、固有名詞(地名や民族名)を含まない唯一の国名でした。ロシア革命は、労働者階級(プロレタリアート)の革命によって世界を統合するという共産主義により「国家」の廃絶を意図していましたから、民族という統合原理を採用していません。(スターリンによって、この意図は変質しましたが)
    また民族を国家形成の原理としないイスラム世界もあります。人々はイスラム信仰を全うするために集まり住んで国を作っています。同じ「国家」とは言っても、中世のヨーロッパ諸国や、あるいは西欧市民革命後の近代的国家とは、国家形成の原理が根本的に異なっています。イスラム世界の一般民衆は、国や民族への忠誠よりも、イスラム教徒というアイデンティティに基づく国際連携を重視する傾向にあります。だから、政治的・経済的・文化的な境界線、障壁がボーダレス化することで社会の同質化と多様化が同時に進行するグローバリゼーションに対して、イスラム主義は対抗的な運動として現れ、価値観の違いによりアメリカが力で押しつぶそうとするわけです。この宗教性による共同体を志向する力に対して、21世紀は楽観的に「民族を基本とした国家像がだんだん曖昧になる」とは、私は考えられません。

  71. torisugari_gomen より:

    66.67.sarunhoさん

    >これには金持ちが貧乏人をばかにしているのと同じ下品さが、、、
     調子に乗り、レトリックが過ぎました。不快な思いをさせたことお詫びします。

    「民の利益」と「私の利益」を区別する必要があると思います。私は、「民」は「官、国家」に対して使用しています。「私」という言葉は、「集団」に対する「個人」の意味合いがあります。
    しかし、小泉政権の推進した「新自由主義=『私』の利益の追求」、その結果、富める者と貧しくなる者が固定化して、更に開きが拡大する格差社会の出現。強い者が一層強く、弱い者貧しい者が一層弱く、貧しくなることに対して、何らかの集団、共同体による規制と富の再分配が必要になりますね。 「個」に対して、「集団、共同体」の必要性が浮上します。

    それ(共同体)と国家の関係をどうかんがえるか。現在の日本の状態の中で、まだ考えあぐねているところです。

  72. bobby2008 より:

    70. torisugari_gomeさん

    >グローバリゼーションについても、それを推し進める力は何なのか考える必要があると思います。

    私は、精神的には人間の好奇心や冒険心、現実的には裁定取引を基本とする貿易だと考えています。

    >20世紀になって、民族を国家形成の原理としなかった国家があります。崩壊したソ連邦です。

    アメリカ合衆国も移民国家であるという意味で、民族を国家形成の原理としなかった国家ですね。

  73. torisugari_gomen より:

    どうも、どうも 72. bobby2008さん

    >裁定取引を基本とする貿易、、、、

    裁定取引は、地球上どこでも価値が認められること(相対的な価値の多少ではなく)が前提ではないでしょか。つまり、ある地域では価値が認められているが、他の地域ではがらくただということが無い、と言った地球上(グローバル)どこでも認められる共通の価値基準を前提にしていないでしょうか。それでは、トートロジーだと思いますが、、、
    また、貿易を推し進める力は、好奇心とか冒険心と言った人間的(ある人にはかけがえのないものだが、他の人には関わりのないことのように、人それぞれ個別的なこと)なものなのでしょうか。貿易が成立するには、共通の欲求が前提ではないでしょうか。

    >アメリカ合衆国も移民国家、、、
    地球上には、さまざまな国家がありますね。前に示したように、アメリカの名称は、「United States of America 統合したアメリカの国群」ですから、「Nation」を原理としていない国ですね。では、アメリカの国歌形成の原理をどのようにお考えですか。移民を原理とするわけではないですから。

  74. bobby2008 より:

    73. torisugari_gomenさん

    >それでは、トートロジーだと思いますが、、、

    すみません、何と何がトートロジーだと指摘されているのでしょうか?裁定取引と貿易が、ですか?

    >アメリカの国歌形成の原理をどのようにお考えですか。

    torisugari_gomenさんはどうお考えですか。