3.11,霧の中のエネルギー政策

山口 巌

震災から既に1ヶ月が過ぎようとするのに、日本のエネルギー政策が全く見えて来ない。政府は脳死状態に陥っているのであろうか?一体何が難しいと言うのだ?

原発の技術評価や、経済評価は大事な話である。当然、議論を尽くすべきと思う。

しかしながら、連日連夜、福島原発の事故の様子、経緯や難儀する避難民の実態が放送された結果、国民感情としては原発の必要性は認めるものの、住民として新規原発の建設を受け入れる可能性はほぼゼロではないのか?

そうであれば、政府としては原発の可能性は残しつつも、新規建設が不可能である事を前提に新たな計画立案に着手すべきではないだろうか?

Foreign Affairsには既に幾つかの参考になる記事が掲載されている。

地震とツナミが引き起こした福島原発危機は、放射能汚染問題だけでなく、日本のエネルギー生産も危機にさらしている。「奪われた電力生産能力をどのエネルギー資源を用いて補っていくのか」という短期的問題に加えて、中・長期的には原子力発電の安全性と再生可能エネルギーへのシフトに向けた政治決断も問われる。短期的なエネルギー代替生産の候補としては、LNG(液化天然ガス)および石油資源が有力だが、中東混乱のルーツを考えると、原油価格は(またそれに連動してLNG価格も)当面、高価格が続くと考えられる。一方、再生可能エネルギーの現状における生産価格は石油やLNGよりもはるかに高い。日本が、資源からみた電力生産の比率、つまり、「エネルギーミックス」を長期的にどのように変化させていくかは、単に電力生産に留まらず、高齢社会対策、債務問題対策同様に、災害復興後の日本の経済と国際社会での地位を左右する非常に高度な政治的選択になる。(FAJ編集部)

第3の石油ショックか
―― 中東の政治的混乱と原油価格高騰
(2011年4月号)
エドワード・モース/元国務副次官補(国際エネルギー担当)
 現在の政治的混乱を引き起こしている中東・北アフリカ諸国の国内社会要因が2011年中に解決され、消失していくことはあり得ない。この地域の産油諸国で、石油を離れて経済を多角化できる国は一つもないだろう。
 ほぼすべての産油国が、民衆に物資的な豊かさを与えようと、ガソリン、ディーゼル燃料その他へ補助金を付けて安価に提供しており、その結果、産油国国内での石油消費が急激に上昇している。安価にエネルギー資源を提供することは、政府への支持を維持していく上ではきわめて重要で、国内価格を急激に引き上げることはできない。
・・・その結果、中東石油に依存する消費国は厄介な先行き見込みに直面している。現在の政治的混乱による短期的な供給の乱れだけでなく、産油国の国内消費の増大による長期的な供給の乱れを織り込まざるを得なくなっているからだ。

http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/201103/Morse

以前紹介の通り、総エネルギーの内、石油が50%を占め、石油供給の90%を地政学的リスクが積み増す中東に依存する日本は、オイルショックに対し更に脆弱である。

外交と言うソフトパワーを使って産油国との絆を深めるとか、複眼的思考が要求される。無論、菅政権では不可能であり、政治の刷新こそがエネルギー政策立案のマストかも知れない。

日本の原発危機の教訓
――世界は原子力から離脱すべきか、いなか
(2011年3月)
 世界が原子力による電力の生産と使用と現状レベルで凍結し、これ以上の増産をしなくなればどうなるか。そのギャップを埋めるために、2035年までに再生可能エネルギーの生産を倍増しなければならない。今後、世界が原子力による電力生産を完全に断念すれば、再生可能エネルギーの生産量を3倍に増やさなければならない。
 そうしたかつてないレベルへと再生可能エネルギーを増産していくには、多岐にわたる技術をうまく利用しなければならなくなるが、問題は、その多くが予見できる将来にわたって経済性に乏しく、高コストであることだ。
 ギャップの一部を埋めることに貢献できる再生可能エネルギーのなかでは、内陸部での風力エネルギーがもっとも経済性が高く、メガワット時で83ドル。これらに対して同じくメガワット時で石炭は70ドル、天然ガスは60ドルだ。だがソーラーエネルギーは、これらの3~4倍のメガワット時224ドルがかかる。

http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/201104/Nuclear_Dilemma

日本は京都議定書に於ける議長国であり、原発が空けた穴を石油、石炭、LNG等の化石燃料への回帰で補う事は政治的に困難である。

この場合、必ず議論の俎上に上がる再生可能エネルギーによる解決はもし可能なら素晴らしい話である。

惜しむらくは価格がまるで合わない。矢張り、再生可能エネルギーを中核とするエネルギー政策とは、所詮見果てぬ夢なのではないか?

政府がエネルギー政策を国民に提示出来ないのであれば、せめてこういう形ででも、一つ一つ丁寧に得失分析、評価を行い、国民参加の下、議論を深めていくべきではないだろうか?

山口 巌

コメント

  1. hogeihantai より:

    政府が電力の政策立案?山口さんは社会主義者だったのですか。知りませんでした。私は市場経済を信奉しているので政府に市場より賢い判断が出来るとは思っていません。政府にやるべき事があるとすれば、電力事業の徹底自由化でしょう。原子力、火力、再生可能エネルギー、何にするかは市場が結論を出すでしょう。但し消費者にも選択の自由を与えるべきだとも思います。原子力の推進は産業政策の中でも最大の失敗で最大の税金の無駄使いであることが証明されました。それでも政府に新たな産業政策を打ち出せとは全く理解出来ません。池田信夫氏も政府の産業政策で成功したものは一つもないとブログで書かれてます。

  2. ケット より:

    再生可能エネルギーの実用性という大前提自体が、立場によってまったく合意されていません。

    WWFが発表した
    「The Energy Report – 100% Renewable Energy By 2050」
    (日本語版は要約版)
    http://www.wwf.or.jp/activities/2011/02/966203.html

    も、おそらく日本の論壇で「自然エネルギーは使えない」と主張する人は「お花畑な立場団体の御用研究」と切り捨てるだけでしょう。

    国民全員が、「太陽電池で太陽電池を作る」実験を・・・してもそれでも合意できない気がします。それほど、人は科学で判断するのではなく、イデオロギーで判断してそれにあう科学論文や実験データを当てはめるものなんでしょうね。

  3. j_izayoi より:

    >hogeihantaiさん

    政府がエネルギー政策を策定するのは当たり前ではないですか?
    エネルギーの安定供給は、日々の生活に必須であるということは、今回のことで身にしみていることです。
    また、エネルギー政策は安全保障にも直結する問題です。
    石油を輸入するにも、国同士の付き合いが必要ですし、
    国の役割というのは大きなものではないですか?

    池田信夫先生のおっしゃる産業政策とは一線を画する問題だと思いますが。

    市場に任せればうまくいくと考えていらっしゃるようですが、
    「市場の失敗」という問題は、電力やエネルギーに関しては起き得ないとお考えなのでしょうか。

  4. hogeihantai より:

    >3

    山口氏の言及されている「エネルギー政策」とは原発に代わる発電手段を政府が策定するという趣旨と解釈しました。何故なら山口氏は「政府は原発の可能性を残しつつも、新規建設が不可能である事を前提に新たな計画立案に着手すべき」と述べられているからです。そうでなければ山口さん、ご説明いただきますか?

    石油火力、天然ガス火力、自然エネルギー等、原発に代わるものは種々ありますが、どれにするかは政府ではなく市場競争に任せるべきと私は言ってるのです。その結果、仮に石油火力が主流になれば、石油の安定供給で政府の役割、例えば外交、安全保障、シーレーンの確保などは当然大きいと思います。こういう面での政府の施策は「エネルギー政策」とは呼ばないはずです。

  5. ksmo2011 より:

    前にも書きましたが、持続可能な電力供給システムは、燃料電池です。 
     それも、溶融炭酸塩形や、固体酸化物形などの,酸素移動型の燃料電池です。この形の燃料電池は、電解質の中を酸素が燃料ガス側に移動して燃料ガスを酸化して発電が行われます。然も好都合なことに,高価な白金などの貴金属を使わないことを特徴とします。
     溶融炭酸塩形は、1万キロワット程度のものが既に実用化されて販売されています。固体酸化物形も既に、家庭用の燃料電池として販売されています。
     燃料は、一般的な燃料電池と違って、水素と一酸化炭素を燃料として使うことが出来ます。このことは,燃料として,あらゆる可燃物が,使えると言うことです。石油、石炭、天然ガス、可燃ゴミ、過去に埋め立てられたプラスチックなどのゴミも燃料として利用可能です。

  6. ksmo2011 より:

     勿論、木材などのバイオ燃料も利用可能です。
     好都合なことはもっとあります。この手の燃料電池は,理論的には,排ガスとして炭酸ガスしか排出しません。空気でものを燃やすと,空気中の窒素がそのまま大気中に放出されますが、純酸素燃焼である酸素移動型燃料電池では、窒素が排ガスに含まれないのです。従って,排ガスから,炭酸ガスだけの分離するエネルギーは要りません。このことは,排ガス中の炭酸ガスを回収するccsを実現するには極めて好都合なことです。そうすれば、CO2を100%回収して,深海底などに水和物として閉じこめることが出来ます。
     燃料は,石炭、天然ガス(メタンハイドレート)、或いは、ピートなどの亜炭や、シベリアの大地に眠る大量の腐植などが使えます。ほぼ無限にあると言っても過言ではありません。
     どうです。1万キロワットの溶融炭酸塩発電機を1万台設置すれば、1億キロワット、原発100基分の電力を確保できます。
     東電管内で、5000台設置すれば5000万キロワットですね。簡単です。
     更に、この発電機を製造する雇用創出を考えたら、その経済効果は測りしれません。
     今そこにある技術なのです。
     心配することなの何もありませんね。

  7. yamaguchiiwao より:

    コメント戴いた皆様へ
    この記事は偶々フォーリンアフェアーズを読んでいたら未だ4月初めと言うのに福島原発事故関連多くの記事が掲載されていて驚いたのと同時に皆様に紹介したいなという軽い気持ちで書きました。にも拘わらずレベルの高いコメントを頂戴し感謝です。さて、エネルギー政策を市場に委ねるべきか否かの議論ですが、市場に委ねて問題なければ委ねれば良いと思います。しかしながら、原油生炊き火力がコスト的に最も有利となり、電力会社がそちらに走れば、硫化化合物、硝酸化合物などの大気汚染の問題があり政府による何らかの規制は必要でしょう。二酸化炭素の排出も増えるので京都議定書の問題が大きくなります。政治の関与は必要でしょう。更に原油供給の90%を現在中東に依存している訳ですが、供給余力はサウジ、UAEなどに限られており地政学的リスクが既に高い中東依存を拡大する事に成ります。エネルギー政策は国民の生命と安全を守る所に直結しており、国防、外交と並んで国家安全保障そのものであり国家が関与するのは当然と言うのが私の考えです。
    山口 巌