気楽に原発の再稼働をやめて、火力発電所で代替しようと思っている人がいるようだ。これがどれだけ多大な負担になるのか、筆者は常識だと思っていたのだが、どうもわかっていない人が少なからずいるようなので、丁寧に説明しておくことにする。まず第一に、最悪の事態はもちろん大停電が起こることだ。大停電にならなくても、電力が足りなくなり、3・11の震災後に東京電力管内で行われたような計画停電が実施されれば、経済に深刻な打撃を与えることは間違いない。もちろん電気が止まるということは、現代社会の住民の安全を脅かすことになり、少なからぬ人の命が危険に晒されるだろう。これから説明することは、電力が足りなくなる、という最悪の事態は免れることができたとして、その上でどれほどの経済的な負担が生まれるのか、についてである。
様々な研究者によって、原発全廃で日本が購入する化石燃料費は4兆円程度増加するといわれている(例えば、「長期の電力需給計画における低炭素化実現の予備検討」荻本和彦, 片岡和人, 池上貴志)。これは複雑な計算をしなくても、簡単に計算できる。
出所:財務省貿易統計
日本の化石燃料の総輸入額は、乱高下する原油価格などで大きく変動するが、概ね上昇傾向で、20兆円程度になる。世界同時金融危機が起こる前は、原油価格が史上最高値を付け、日本の化石燃料の輸入額は30兆円に迫る勢いだった。
化石燃料の45%程が発電に使われる。日本の発電比率は大まかにいって、原子力3割、火力6割、水力1割だ。原発をゼロにすると、火力が9割になるのだから、20兆円×0.45×(0.9-0.6)÷0.6=4.5兆円、となる。詳細な統計モデルを構築したところで、将来の化石燃料価格という大きな不確定要素が入るので、この程度のざっくりした試算で十分だろう。
火力発電のコストの内、燃料費は7~8割程度である。つまり火力発電のコストはほとんど化石燃料代なのである。一方で、原子力発電では、燃料費はたったの1割程度である。しかも原発を止めても、核崩壊により燃料は劣化していくので、ほとんどコストのセーブはできない。つまり耐用年数に達していない原発を止めるのは、丸損なのである。菅直人の浜岡原発停止要請から始まった、原発が再稼働できないという状況は、ローンで買った自宅を空き家にして、賃貸マンションに家賃を丸々払って住んでいるようなものなのである。
さらに滑稽なことは、福島第一原発の4号基は定期点検中で原子炉の中は空であったにも関わらず水素爆発を起こし、放射能漏れ事故を起こしていることからわかるように、原発を止めても安全性が上がるとはいえないことだ。このような政治家やマスコミの反原発パフォーマンスに費やされる年間4兆円の請求書は、福島第一原発事故の総賠償金額、日本の生活保護費の2倍、毎月2万円以上の子供手当て丸々に匹敵する。しかも生活保護費や子供手当ては、国内の富の移転だが、化石燃料代は中東などにただ富が流出していくだけなのだ。これらのコストは電気代などに転嫁され、国民が負担することになる。
また、もうひとつ興味深いことは、この原発再稼働反対運動で、毎年数千人の日本人が余分に死ぬことだ。これは現代人の健康被害の主要な汚染物質である粉塵や窒素酸化物や硫黄酸化物が、老朽化した火力発電所のフル稼働により増えるからである。
いずれにしても、年間4兆円もの負担が生じ、さらに電力不安で企業の生産が抑制される。多くの企業の海外流出が進むだろう。もちろん、こんなことを何年も続けることは不可能なので、原発が再稼働するのは(日本がまともな国なら)最初から決まっていたことなのだ。筆者も(おそらく金融市場も)、原発が本当に全部止まるなどとは露ほどにも思っていない。いずれ再稼働するのだから、下らないパフォーマンスはやめて、国民負担を減らすために、なるべくはやく再稼働させた方がいいのはいうまでもないが、民主主義政治ではある程度のパフォーマンスも必要なので、致し方ないことだろう。少々、高いパフォーマンスだとは思うけれども。我々に出来ることは、せいぜい、そういうおかしなパフォーマンスをした政治家の名前を、投票用紙に書くのをやめることぐらいだ。
万が一にも、日本の全原発が停止したらどうするか? それはいよいよ腹をくくって、移住するときだろう。