人口動態ショックと課税の平準化

小黒 一正

先般、政府が公表した「経済財政の中長期試算」(慎重シナリオ)によると、消費税率を2015年度までに5%引き上げても、国と地方の基礎的財政収支は2020年度に17兆~18兆円の赤字となってしまう。

このため、政府が達成を目指している2020年度の基礎的財政収支の黒字化には、消費税率で7%超の追加的な増税や歳出削減が不可欠となる。

この原因は、少子高齢化という人口動態ショックにより、毎年1兆円以上のスピードで膨張している社会保障予算にある。

したがって、もし社会保障予算の削減に限界があるならば増税は不可避となるが、その場合、(1)段階的な増税と、(2)一度での増税のどちらが望ましいのか、という論点が浮上してくる。その際、社会厚生ロスの最小化を図る「課税の平準化」理論によると、(2)の方が望ましい。


詳細は『課税の経済理論』(井堀利宏著、岩波書店)等の専門書をみてほしいが、課税はその税率の2乗に比例する社会厚生ロスを発生させる性質をもつ。

具体的には、消費税が10%のときの社会厚生ロスは10%×10%に比例し、消費税が30%のときの社会厚生ロスは30%×30%に比例する。つまり、消費税10%と30%の社会厚生ロスを比較すると、消費税30%の方がロスは大きい。これは感覚的にも理解できよう。

そこで、以下では、人口動態ショックによって膨張する社会保障予算の財源を賄うためには、段階的な増税よりも、一度の増税の方が、社会厚生ロス最小化の観点で望ましいことを説明しよう。

その際、仮想ケースとして、毎年、社会保障予算は1兆円ずつ膨張し、2011年の社会保障財源の不足分10兆円が2050年には50兆円にまで拡大してしまうケースを考えよう。また、基礎的財政収支の赤字は一定(毎年20兆円)で、これを2020年からゼロにすると仮定しよう。

このとき、2050年までの40年間で、約1800兆円(=(10兆円+50兆円)×40年÷2+20兆円×30年)の増税が必要になる。

その際、消費税1%で毎年2.5兆円の増収があるから、段階的に第1期(2011年-30年)で10%、第2期(31年-50年)で26%の消費増税を行うシナリオ1と、第1期から一度に18%の消費増税を行うシナリオ2を考える(注:こう設定すると、どちらのシナリオも第1と第2の40年間で1800兆円の増税となる)。

すると、シナリオ1とシナリオ2の社会厚生ロスは、第1期と第2期の合計で、以下に比例する。


シナリオ1(段階的な増税) : 
  10%×10% + 26%×26% = 0.076
シナリオ2(一度の増税)   : 
  18%×18% + 18%×18% = 0.065

このため、段階的に増税するよりも、一度に増税した方が、社会厚生ロスは小さくなる。シナリオ1とシナリオ2の社会厚生ロスの差は0.011程度に過ぎないが、これは1期間を20年として2050年までの2期間のみでの試算としたからである。仮に1期間を1年として2050年まで試算すれば、この差はもっと拡大する。

いずれにせよ、「課税の平準化」理論によると、いまのような人口動態ショックによる社会保障予算の膨張があり、その削減に限界がある場合には、段階的な増税よりも、一度に増税する方が望ましいのである。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)