ブラジルは2006年にISDB-T(”日本方式”の地上デジタル放送方式)採用を発表した。決定にあたり鍵となったのは、”日本方式”からの変更を日本が認めたことだ。日本は特許料の一部免除にも同意した。ブラジル版(ISDB-Tb)はMPEG2の代わりにMPEG4を用い、ミドルウェアは欧州連合の協力でブラジルの大学が開発したものに置き換えられた。日本製のテレビはそのままでは販売できないようになり、一方で、ブラジルは国内生産を促した。ブラジルはISDB-Tbのラテンアメリカ域内への普及に力を注ぎ、アルゼンチン、コスタリカ、チリ、パラグアイ、ペルー、ベネズエラなどが次々に採用を決めた。ブラジルは、デジタルテレビ技術に関する知識をいち早く吸収することで国内産業を育成し、隣国に影響力を行使して輸出利益を得るという政策を取ったのである。
学会誌Telecommunications Policyの第35巻(2011年発行)に掲載されたパラグアイのAnguloとスペインのCalzadaおよびEstruchによる論文の記述である。かつて花形だったテレビの輸出が不調で、わが国の家電メーカーが青息吐息の状態にある説明として、納得がいく。
問題は、日本国内で流通している説明とずいぶん違うことだ。「ICTグローバル展開の在り方に関する懇談会」が昨年7月に発表した報告書には次のように書かれている。
地上デジタルテレビ放送日本方式の普及にあたっては、ブラジルとの協働関係をトップ外交により構築し、この協働関係により南米をはじめとした11カ国において日本方式が採用されたところである。
官民を挙げてITU等における標準化活動に取り組むとともに、トップセールスや相手国における実証実験等を行った結果、06年のブラジルにおける日本方式採用決定以降、南米等を中心に、多くの国で日本方式が採用されるに至っている。
こういった取組により、約4億人の人口を擁する南米における送信機・受信機双方での新市場の創出に加え、日本の産業界にとっても、各国主管庁、事業者等との「つながり」の獲得・関係の深化、地上デジタルテレビ放送関連機器をはじめとしたICT全般にわたる各国市場への新規参入や浸透拡大、受信機・送信機市場への日本企業の一定の参入など、一定の効果が得られたと評価できる。
他方、以上のような積極的な効果に加え、今後の検討課題についても複数の意見があった。具体的には、輸入関税政策や円高の影響に対して、どのように取り組んでいくかについては今後の課題と考えられる。また、放送システムや通信ネットワークを構成する機器の海外展開に際しては、送信設備等のいわゆる「はこもの」に加え、付加価値の高い製品・システムの参入が課題と考えられる。
総務省はブラジルの手玉に取られたのである。”日本方式”の売り込みを急ぐあまり、ブラジルの思惑にはまってしまった。その結果、日本企業は市場を獲得できなかったのだ。その点では、現地工場を作りシェアを確保している韓国企業も、ブラジル側に技術が移転されていくにつれて、市場を失っていくことになるのかもしれない。
山田肇 - 東洋大学経済学部