大学入試から始まるグローバル戦略:センター試験は産業化できる

小黒 一正

今回は結論から述べる。

「大学入試センター試験は民間委託し、アジア諸国など海外の学生も受験できるよう、グローバル展開してはどうか。」


この理由は3つある。第1は試験回数の少なさ、第2は効率性の向上、第3はアジア諸国など海外の優秀な学生の取り込み(=成長戦略)である。


第1は「試験回数の少なさ」である。日本の大学入試センター試験は年1回しか実施されない。他方、アメリカの大学入試センター試験に相当する「SAT」(Scholastic Assessment Test)は年最大7回も実施される。年1回実施の日本では、何らかの理由でトラブルや不測の事態が発生した場合、受験生は取り返しのつかない不利益を被る。自然災害の多い日本において、中でもリスクが高いのは地震である。

2011年3月11日に発生した東日本大震災はセンター試験後であったが、首都圏をはじめとする多くの大学で二次試験(後期)が中止された。他方、1995年1月17日の阪神淡路大震災は際どかった。というのは、阪神淡路大震災の年は、センター試験は1月14日・15日に実施されたからである。幸いにも震災はその数日後であったため、受験生に影響はなかったが、もしセンター試験前に震災が起こっていれば大きな混乱を招いていたはずである。

このような状況において、アメリカのSATのように年に数回実施される仕組みであれば、何らかのトラブルや不測の事態が起こった場合であっても、受験性は別の日時に受験する機会をもつことができる(注:SATでは、複数実施の成績を相互比較するため、「等化」と呼ばれるテストの難易度を揃えるテクニックを利用している模様)。

第2は「効率性の向上」である。日本ではセンター試験の実施主体は大学入試センターであるが、その実施は大学が担っている。その際、各大学の試験監督員(大学教員)には、大学入試センターが作成する200ページ超の「監督要領」という冊子が配布される。「監督要領」には、試験監督員が話すセリフが試験時間ごとに書かれており、トラブルの対処方法まで詳細に記載されている。

だが、毎年、何らかのトラブルが発生する。実際、今年も、「地理歴史」と「公民」で試験方法が変わったため、センター試験でトラブルが発生した。文部科学省は、受験の公平性に関わる重大な問題であることから、大学入試センターに詳しい調査を指導した模様であるが、受験生に申し訳ない。

他方、アメリカのSATは、非営利法人の「カレッジボード(College Board)」が実施主体であり、アメリカ最大の民間試験機関である「ETS(教育テスト事業団)」に委託して実施されている(注:SATは約1%を国費で運営)。年1回しか行わない日本の大学教員とは異なり、ETSは試験実施のプロ組織であるから、試験実施のトラブルも少ないはずである。

日本でも試験実施のプロ組織は大学以外にも多く存在(例:大学受験予備校)することから、守秘義務についてはアメリカのSAT委託を参考にしつつ、センター試験の民間委託を検討してみてはどうか。

その際、現状では、試験監督を大学教員が行ういまの試験の実施方法ならそれにかかる人件費は低コストに抑制可能であるが、日本の大学で年7回ものセンター試験を行うのは困難であり、民間委託で専担の機関を設ける場合、試験監督員の確保とその人件費などのコスト増の問題が発生する可能性がある。

だが、民間委託で年7回実施できればセンター試験の受験料収入は倍増することが予測されるから、それで賄うこともできるのではないだろうか(注:「大学入試センター」の財務情報によると、センター試験の受験料収入は年間約100億円(2科目以下で受験料1.2万円~3科目以上で1.8万円×受験者数50万人超)もあるが、もし不足するならば受験料を若干引上げる方法もある)。

なお、試験会場での試験実施のみでなく、問題作成も民間委託する場合には、民間委託された「センター試験」の業務と本業の間のファイアウォールをどのように設定するかという点についての検討も必要になることが予測されるが、その点もアメリカのSATを参考に検討を進めることが望まれる。

第3は「アジア諸国など海外の優秀な学生の取り込み」である。人口減少が進む日本では、成長戦略の観点から、これからアジア諸国をはじめとする海外の優秀な学生を早い段階から日本に呼び込み、日本全体の知的水準を底上げする取り組みが不可欠である。

また、競争が激しさを増すグローバル経済において、世界の有力大学は、質の高い教員をはじめ、優秀な学生の獲得に凌ぎを削っており、世界の約7割は秋入学であることから、東大は現在、秋入学の検討を進めている。

だが、現在のところ、東大の学部段階の外国人留学生比率(対全学部生)は約2%に過ぎない。アメリカのSATは世界中で受験することができる仕組みとなっていることから、日本の学生がアメリカの大学に進学しようと思う場合は、日本でもSATを受験することが可能である。しかし、日本のセンター試験は海外では受験できない。東大がいくら秋入学を実施しても、多くの外国人留学生が東大を受験しない状況では意味がない。

その際、アジア諸国などの海外の優秀な学生日本の大学に取り込むためには、アメリカのSATのように、センター試験の実施を民間委託し、グローバル展開する形で、年に数回試験を実施することも検討に値する。

なお、帰国子女等の大学入試にあたってはSATが利用されているが、センター試験(英語版)がグローバル展開することができれば、国際標準となりつつあるSATでなく、そのセンター試験(英語版)を利用することもできよう(注:もし秋入学の外国人留学生にSATを利用する場合、留学生比率の増加に従い、日本の大学の講義は英語で行う必要性が高まっていくはずである。その際、センター試験の存在意義は低下し、SATが日本の大学でも標準化していく可能性が高い)。

もっとも、現状では日本に留学しようとする学生については、「日本留学試験」があることから、これを拡充する形で対応する方法や、これをセンター試験(英語版)として代用する方法もある。

いずれにせよ、大学入試センター試験のトラブル防止は、受験生に対する公平な受験機会の提供という観点から極めて重要であるが、日本のグローバル戦略の一環として、センター試験の産業化を検討してみてはどうか。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)