老齢世代と若い世代の政治力に関する基本方程式

小黒 一正

明治大学世代間政策研究所『20歳からの社会科』(日経プレミアシリーズ)の第1章では、政治経済学の視点から、世代間を巡る問題を扱った。

その際、急速に少子高齢化が進む社会では、「世代」という切り口が重要となってくる。なぜなら、政治経済の視点では、各エージェント(経済主体)は自らの効用(利益)を最大化するように行動する世界を想定するケースも多いが、各エージェントには「寿命」が存在するからである。


「寿命」は、各エージェントが意思決定を行う時間的視野に強い影響を及ぼす。例えば、平均寿命が85歳の場合、65歳の高齢者の時間的視野は20年(=85-65)、25歳の若者の時間的視野は60年(=85-25)である。

その場合、若い世代が多い人口構成をもつ世界の時間的視野(平均)は長いが、少子高齢化が進み、老齢世代が多い人口構成の世界における時間的視野(平均)は短くなっていく。しかも、人口動態の動きから分かるように、この時間的視野はこれから急速に短期化していく。

すなわち、痛みを伴っても将来の日本のため、財政・社会保障改革(①増税、②社会保障削減、③両方の組合せ)が必要と理解していても、政治的意思決定を行う社会の時間的視野が短くなっていく場合、改革を先送りするのが一層合理的になっていく可能性がある。

厳密には、老齢世代が若い世代や将来世代の効用(利益)も考慮する「世代間利他主義」が成立する場合、このような問題は起こらないが、残念ながら各世代はそれほど利他的でないというのが、大阪大学のチャールズ・ホリオカ教授をはじめ、多くの実証分析による結果である。

改革の先送りは、前回のコラムで指摘したように、若い世代や将来世代の負担を高めていくのは明らかである。これは一種の「民主主義の失敗」といっても過言ではないだろう。

この動きを修正する一つの方法が、若い世代の政治力を高めていく試みである。大雑把には、各世代の政治力は「その有権者数×投票率」から計算できるが、日本では、若者が多い都市部と老齢世代が多い地方との間で、5倍にも及ぶ深刻な「一票の格差」が存在するため、老齢世代と若い世代の政治力は、概ね以下のように表現することができよう。


 老齢世代の政治力÷若い世代の政治力
 =[(老齢世代の有権者数×その投票率)
   ÷(若い世代の有権者数×その投票率)]×一票の格差
 =(老齢世代の有権者数÷若い世代の有権者数)(①)
   ×(老齢世代の投票率÷若い世代の投票率)(②)×一票の格差(③)

これを「老齢世代と若い世代の政治力に関する基本方程式」と呼ぶとすると、この方程式で「若い世代の政治力をどうやって高めていくか」という視点が最も重要となる。例えば、①の是正が「ドメイン投票法」、③の是正が「一票の格差是正」や「世代別選挙区」であり、これが冒頭の書籍第1章で扱っているテーマである。

明治大学世代間政策研究所
小黒一正(一橋大学経済研究所)