一票の格差是正に反対する

島澤 諭

明治大学加藤和久教授の記事でも指摘されているように、わが国の世代間格差は先進国でも最悪の水準であるものの、高齢化の進行による高齢有権者の増加と若者の低投票率とにより、政治の視線はもっぱら高齢者層に熱く注がれており、現時点では、高齢者に有利な受益負担構造の既得権を打破するのは困難な状況となっている。つまり、世代間格差問題と政治過程は表裏一体の関係にある。


今後、一層の高齢化が進展することを考えると、小黒一正一橋大准教授の記事にもある通り、高齢世代による若者世代に対する世代間搾取が強化される可能性が高い。そこで、高齢者の政治的なパワーを削ぎ、若者世代の政治的パワーを強化するために、ドメイン投票制度、年齢別選挙区制度等様々な方法が提案されるに至っている。地方部に多い高齢者と都市部に多い若者の一票の価値のバランスを回復し、政治的高齢化(political ageing)に対抗するものと期待されている一票の格差是正運動もその一環として理解できるだろう。

ただし、今後都市部においても高齢化が進行するため、「一人一票」を実現するだけでは、結局、若者の政治的パワー回復の方途としては不十分と言わざるを得ない。

そもそも、一人一票はわれわれの固有の権利なのだろうか。人類の歴史上、洋の東西を問わず、自然権思想が一般化していた時代にあっても、納税額の多寡に応じて投票権が付与された時代(所得の違い)、男性のみ投票権が付与された時代(性別の違い)、肌の色で投票権の有無が決まった時代(人種の違い)など、誰が一票を持ち投票権を行使できるかは、実は、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されてきた。

私の理解では、日本国憲法は政府に対して投票価値の平等を日本国民に保障するよう要請はしているが、一人一票の保障まで厳格に要請しているものではない。実際、現行法制下では、投票権は、20歳未満の日本国民、成年後見制度利用者には与えられていない。

さらに、最高裁の判例においては、衆議院は2倍程度(ただし、平成23年3月23日判決では2.3倍で違憲状態)、参議院は5倍程度までは合憲とされている。したがって、実質的には、一人一票は、憲法上の問題というよりは立法政策上の問題であり、合理的な理由さえあれば、なんらかの方法で投票権にウェイト付けする試みは、憲法上も判例上も禁止されているとまでは言えないと考える。

そこで、若者の一票を高齢者の一票の何倍かの価値に換算できる投票制度を、例えば参議院改革の一環として参議院に割り当て、参議院に世代間の公平性の観点から政策をチェックさせる権能も付加してはどうだろう。

言うまでもなく、一人一票を実現してしまうと、ドメイン投票制度や年齢別選挙区制度といった若者世代の政治的発言力を高める改革が実行不能になり、かえって彼ら彼女らの首を絞める結果となる。

また、下図の世代別の生涯純税負担率を見ると、世代間の不公平性は現在世代内にあるというよりは現在世代と将来世代との間にこそ存在することが分かる*。つまり、現在の日本に存在するのは世代間対立ではなく、ツケ回し構造が持続可能との前提に立った世代間協調なのだ。高橋亮平氏の記事にある若者世代が暴動をおこさない鍵もここにある。結局、現状のまま投票制度に手をつけたとしても高齢者と若者が結託して将来世代へのツケ回し構造を維持しようとするだけだ。

図 生涯純税負担率
生涯純税負担率
(出典)筆者推計

したがって、政治力の強化が喫緊の課題なのは将来世代であり、生まれてくる数が現在の殆どの世代よりも少ない将来世代にとっては一人一票であっては逆に不都合なのだ**。

それゆえ、私は、あえて一票の格差是正に反対する。

* もちろん、増税等がなされれば、現在世代内の格差は著しく拡大する。

** もっとも、将来世代が複数票を持ち得たとしても、まだ存在していない人間がどのようにすれば現在の政策決定に関われるのか、そもそも利己的な個人にそうした仕組みを構築するインセンティブは存在するのか、多くの難問が山積しているのもまた事実である。

明治大学世代間政策研究所・協力メンバー
島澤 諭(シンクタンク勤務)