ファーガソンが解説しているように、ローマ帝国からソ連に至るまで、歴史上の大国が崩壊する最大の原因は財政破綻とインフレである(ソ連の場合は物不足という抑圧されたインフレ)。日本の江戸幕府が崩壊した原因も、各藩の財政が困窮して下級武士の生活が成り立たなくなったことだが、実物経済だったのでインフレは起こらなかった。
財政破綻でインフレが起こるのは、政府債務を返済するために中央銀行が銀行券を大量に発行するためで、現代でも国家破綻のほとんどはこのパターンだ。このしくみを発明したのがジョン・ローである。彼は史上最大の詐欺師として知られているが、「需要と供給で価格が決まる」という法則を発見した経済学の元祖であり、中央銀行や金融システムを発明した銀行家の元祖でもある。経済学者や銀行家が詐欺師に似ているのは偶然ではない。
ローはルイ15世の蔵相になり、政府債務を解消する天才的なスキームを提案した。彼は政府の債務をまかなうために王立銀行を設立して銀行券を発行させ、それを国立の西方会社(通称ミシシッピ会社)に貸し付けた。ミシシッピ会社は15億リーブルの銀行券を年3%の金利で政府に貸し、その資金を自社株の売却でまかなった。これは日銀が国債を引き受けて、その資金を日銀株でファイナンスするようなものだ。
ローはミシシッピ会社に一度も行ったことがなかったが、その事業の将来性を誇大に宣伝したので、この株式はバブルを発生させ、株価は額面の36倍になった。しかしミシシッピ会社の事業は実態がほとんどないことがわかってバブルは崩壊し、年率80%のハイパーインフレが起こった(このへんの事情は 北村行伸氏の解説にくわしい)。これによってフランスの財政は最終的に破綻し、民衆が蜂起してフランス革命を起こす原因となる。
ローの政策は、いわば史上初のリフレ政策だが、彼の最大の間違いは、貨幣が実体経済に中立ではなく、貨幣の増発で誰もが豊かになると考えたことだ。貨幣というのは本質的にバブルなので、誰もがその価値を信じていれば誰もが豊かになれるが、誰も信じなくなれば価値は失われる。それは国家の信認が失われるときでもある。
フランスと中国の王朝に共通しているのは、税率が意外に低いことだ。清の税率は5~10%で、ブルボン王朝の税率もそれぐらいだったと言われる。これは専制君主に思いやりがあるためではなく、納税者が税負担を搾取と考えて逃亡や反乱で抵抗するためだ。都市国家では軍備のために30%ぐらい課税されたが、市民は反乱を起こさなかった。負担と公共サービスの関係が明確だったからだ。
財政が行き詰まると政治家が中央銀行に通貨の増発を迫るのは、ブルボン王朝から現代の「デフレ脱却議連」に至るまで変わらない。それが最終的に破局をもたらすことも、ロゴフの示す通りだ。ただ租税反乱がアンシャン・レジームを打倒するほど大規模な「革命」になるためには、バブルとその崩壊という劇的な事件が必要だった。ローのリフレ政策は、財政危機を延期し、バブルを膨張させて、それが崩壊したとき全国民の生活が破綻する事態を作り出し、フランス革命の爆発的なエネルギーを生み出した。現代のリフレ派がそういう革命をめざしているとすれば、ローにも比肩する天才的な戦略である。