欧州と地下経済

池尾 和人

欧州の若年者失業率がきわめて高率で、深刻な状態にあることは疑いない。しかし、公式統計の数字が、必ずしも実態を正確に示しているとは限らない可能性については留意しておいた方がよい。というのは、公式統計では把握されていない地下経済(Shadow economy)が存在しており、その相対的な規模は、とくに南欧諸国においてわが国よりもかなり大きいからである。地下経済の分が抜け落ちているという意味で、公式統計の数字は割り引いて評価する必要がある。

地下経済の定義については、ウィキペディアの説明を参照されたい。また、関連するアゴラの記事としては、「高税は地下経済の温床」がある。


ある推計(このPDFファイルのp.20)では、日本の地下経済の規模がGDPの10%前後であるとみられるのに対して、ギリシャやイタリアの地下経済の規模はGDPの20%以上、スペインのそれは20%前後とみられている。推計によっては、イタリアの地下経済はGDPの30%を超える規模に至っているとしているものもある。欧州諸国の失業者のうちの何人かは、実際には地下経済における経済活動に従事しているとみられる。

地下経済は、犯罪と結びついたものも少なくないけれども、その拡大の動機として最大のものは、税金や社会保障負担を回避しようとするものである。加えて、解雇規制等の労働市場に関する制約を回避するという動機もある。それゆえ、税負担や社会保障負担(あわせて国民負担という)が上昇すると、地下経済の規模が大きくなる傾向がある。アメリカの地下経済の規模が比較的小さいのは、国民負担率が低いことに負うところが少なくないとみられる。わが国についても、ある程度は同様のことが当てはまると考えられる。

欧州諸国のように消費税(付加価値税)の税率が20%以上になれば、それが5%のときに比べて、税金を払わないで済ませようとするインセンティブははるかに強くなる。市場交換ではなく、互いが贈り物をし合うという形態にすれば、消費税(付加価値税)の支払いは回避できる。家族内や知り合いの間の物々交換であれば、やはり消費税(付加価値税)は払わなくていい。こうした動きは、消費税率が引き上げていかれれば、わが国でもみられることになろう。

あるいは、従業員として雇用するのではなく、ボランティアで店の片付けを手伝う者に対して、感謝の気持ちから食事を提供し、若干のチップ(小遣い)を与えるということであれば、社会保険料等の負担が生じることはない。欧州の若年失業者の一部分は、このようにして何とか食いつないでいっているのだと想像される。こうしたことから、職を得るのが難しいという状況にあるほど、地下経済が拡大するという傾向も生まれることになる。

また、国民負担率が同じでも、税制のあり方や徴税の仕方によっても、節税や脱税のインセンティブの強さは変わってくる。望ましい税制の基準として、一般に、公平・中立・簡素の3つがあげられる(中立は、資源配分を歪めないという意味)。このうちに簡素という基準が含まれているのは、税制が複雑になると節(脱)税の余地が生まれやすく、徴税コストがかさみやすいからである。例えば、所得税率は、累進的ではなく、フラットの方が、(垂直的公平には反するかもしれないが)節(脱)税のインセンティブは抑制されやすい。

わが国の「源泉徴収制度」は、いわゆる1940年体制の1つであるが、徴税の方式としては世界に”誇るべきもの”である。この制度の下で、給与生活者の所得は税務当局によってほぼ完全に把握されることになり、地下経済化は阻まれている。この制度の存在が、対GDP比でみたときの日本の地下経済の規模が小さい理由の1つだといえる。

金融危機以降、先進諸国はおしなべて高水準の公的債務をかかえることになった。そのために、とりわけ欧州諸国では、緊縮財政(austerity)政策がとられることになり、歳出の削減とともに増税が行われている。こうした政府の行動に対して、民間部門は唯々諾々と従うわけではない。その抵抗として、今後とも地下経済の拡大がみられることになる可能性が高い。そして、こうした話は、決して他人事ではなく、わが国の将来にも関わりのあることだと思われる。

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池尾 和人@kazikeo