富士通元社長辞任事件における「反社会性公表と名誉毀損の成否」 --- 山口 利昭

アゴラ編集部

先週末あたりから、当ブログで採りあげたくなってしまう話題がたいへん多くなり、困っております。脊髄反射的にコメントをしたい話題だけでも、1. 野村インサイダー調査報告書、2. オリンパス配転命令事件最高裁決定、3. 石原産業フェロシルト株主代表訴訟判決、4. IHI子会社元役員不正流用事件、5. 吉本興業MBO大阪地裁判決、そして6. トーハン社の社外監査役無承諾選任事例などであります。また時間ができましたら、ブログでもいろいろと採りあげていきたいと思っております。


さて、上記の各事件(各事例)については、すでに新聞等でも報じられているところでありますが、まだ新聞ではほとんど報じられていないのが先週の6月27日に言渡しのありました富士通元社長辞任騒動に伴う関係者の名誉毀損損害賠償等請求事件の控訴審判決(東京高裁第11民事部)であります。富士通元社長辞任事件については、すでに当ブログでも4月11日の東京地裁判決を採りあげましたが(たとえば4月12日のエントリーはこちら)、そちらは富士通社の元社長さんが、「いい加減な情報によって辞任を強要されたのだから、私が社長の地位を喪失したことについては富士通の役員に不法行為が成立する」として会社側を訴えたものであります。そして、先週6月27日に控訴審判決が出たのは富士通社やその役員によって「不当に反社会的勢力だと名指しされ、名誉や信用を毀損された」とされる法人やその代表者が原告(控訴人)となって、富士通社やその役員の不法行為に基づく謝罪広告命令および損害賠償請求を求めた裁判であります。具体的に名誉毀損にあたるとされた表現は、たとえば一部の役員等が、取締役会で原告ら(控訴人ら)が「反社会的勢力の疑いがある」と説明した行為や、元社長退任までの経緯を記者会見で説明した行為、雑誌「日経ビジネス」上で富士通事件についてインタビューに回答した行為などであります。上記東京高裁では、地裁に続き、原告(控訴人)らの主張を棄却し、富士通社および役員3名の不法行為責任を否定しております。

自分たちは反社会的勢力でもないのに、勝手に反社会的勢力だと世間に公表され、著しくその名誉や信用を傷つけられたとして、上記原告ら(控訴人ら)は表現者(及び会社)に対して謝罪広告、損害賠償を求めたわけです。しかし東京高裁は

富士通元役員らの表現行為は、いずれも名誉毀損の要件に該当するものではあるが、ここで問題となる事実は、控訴人らが反社会的勢力である、という事実ではなく、反社会的勢力だと疑われている、という事実である。富士通社の役員らは、これまで証明されたことからすると、「控訴人らは反社会的勢力だ」との疑いが存在することは間違いないので、すなわち被控訴人らによって「疑いがあること」「うわさがあること」の事実に関する真実性が証明されており、さらに表現行為は公共の利害に関連する事柄といえるため、各表現行為の違法性が阻却される

と判示しております。(なお、法律家ブログとして判決をご紹介する場合には、きちんと名誉毀損の要件事実から説明をして、どの要件が問題となるのかを解説すべきではありますが、ブログをお読みの方々にわかりやすくお伝えするために、そのまま引用ではなく、判決を要約してお伝えすることをご容赦ください。もちろん要約責任は私個人にございます)。

判決文の19頁以下ではっきりと述べられているのでありますが、被控訴人らが真実性を証明しなければならない事実というのは、原告ら(控訴人ら)が反社会的勢力であることや反社会的勢力と関係があることではなく、原告ら(控訴人ら)が反社会的勢力であるという「うわさ」があること、反社会的勢力と関係しているという「疑い」があることだと指摘されています。原則的には、「うわさ」や「疑い」として表現されたものであっても、一般の人たちが表現された内容が真実だと受け取るケースが多いと思われますので、表現者の真実性の証明対象は社会的な信用を低下させる事実自体でありますが、本件では特に、一連の会社側と元社長との辞任騒動に至った経緯からすれば、「疑いがあった時点での社長としての行動」が問題とされていたので、会社もしくは役員側から「うわさ」や「疑い」の存在について真実性が証明されれば足りる、と判示された点は、非常に重いものがあります。

上場会社の場合には、役員の辞任理由なども正直に開示する必要がありますし、たとえ上場会社ではなくても、金融機関との取引停止等、昨今の反社会的勢力との癒着に関する社会的な反応は厳しいものがございます。当ブログでも何度も申し上げておりますとおり、オリンパス事件で元社長ウッドフォード氏や海外のメディアがあれだけセンセーショナルに反応したのも、そもそも反社会的勢力との癒着の噂が先行したからであり、まさに反社会的勢力との癒着問題が海外の機関投資家にも非常に大きな関心であることが証明された形となりました。

今回の東京高裁の判決に対しては、私自身も高裁の判断理由について若干の疑問も抱いておりますし、また原告(控訴人)側より上告、上告受理申し立てがなされるものと思いますので、軽々には申し上げられないかもしれませんが、会社側の反社会的勢力排除のための有事対応および有事に適切に対応するための平時対応(内部統制の構築)を理解するための貴重な先例になることは間違いございません。先の4月11日東京地裁判決と併せて、本判決につきましても、企業コンプライアンス上の実務に大きな影響を与えるものと思料されますので、有識者の方々による判例分析等がなされることを期待しております。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年7月2日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。