■他山の石
司法制度改革によって弁護士業界は大揺れである。このコラムの主な読者である医療従事者の方々にとっては,関係のない話かもしれないが,同じ専門家集団で起きている出来事であるから,他山の石としていただく趣旨で,弁護士業界で起きていることについて,述べてみたい。
■司法制度改革の概要
司法が国民に充分なサービスを提供できていないとの反省にもとづいて,1999年から司法制度改革の検討が開始された。これまで裁判員裁判,法科大学院(いわゆるロースクール),法テラスなど様々な新しい制度が導入され,種々の弊害を生みつつも,一定の成果を収めている。その目玉の1つが,司法人口の拡大である。裁判官,検察官,弁護士の数が少なすぎるために,国民が充分かつ安価なサービスを受けられないでいるという前提に立ち,司法試験合格者の数を急激に増やそうという施策である。結果として,1999年には1000人だった司法試験合格者数は,2008年には2倍以上の2209人にまで増加した。
■弁護士人口の拡大
これにより,弁護士数は,2000年(1999年の合格者が弁護士登録するのが2000年)には1万7130人だったものが,2009年には2万6958人に増加しているので,56%の増加ということになる。弁護士数は,1975年に初めて1万115人と1万人を突破した後,約70%増加するのに25年掛かったことと比較すると,その増加の急激さが分かる。これに対し,裁判官の数は2000年の2213人から2009年に2760人(25%増),検察官の数は2000年の1375人から2009年に1779人(29%増)であるから,「司法」人口の拡大というお題目であったが,結果として主に「弁護士」人口の拡大が実現したと言える。
■弁護士へのアクセスの向上
弁護士人口の増加は,便益と弊害をもたらしている。まず便益から述べると,弁護士の数が増えたことで,市民の弁護士へのアクセスが容易になった。全国に200箇所ほどある裁判所の管轄地域のうち,2003年には61箇所で弁護士数が0又は1人といういわゆる「ゼロワン地域」状態であったが,それが2011年にはすべての管轄地域に2人以上の弁護士が事務所を開設し,日本からはゼロワン地域がなくなった。例えば,筆者の故郷の四国でも,2000年には266人だった弁護士数が,2010年には406人と53%増加している。
弁護士数が増えれば,直ちに弁護士へのアクセスが良くなるものでもない,弁護士や市民の意識改革や,弁護士保険などの制度的手当てが必要などという意見もあるが,数が増えることで一定の成果があることは間違いないであろう。
■アクセスの向上と裏腹に起こる弁護士の不正
弁護士数の増加によるアクセスの向上を,裏側から証明しているのが,地方の比較的高齢の弁護士による業務上横領事件の増加なのではないかと感じている。最近の新聞報道を検索してみると,2012年7月から12月までの半年間に計15件の弁護士による預り金の着服(業務上横領)の報道があった。そのうち12件が50歳以上の弁護士によるものであり,さらにその12件中9件が東京,大阪及び名古屋以外に事務所を置いている弁護士によるものである。業務上横領をやってしまう弁護士の典型は,50歳以上の地方の弁護士ということになりそうである。
このようなタイプの弁護士が,依頼者の金に手を付けてしまう原因が何かは明確には分からないが,報道に書かれている動機を見る限り,バブル期後に見られた業務外の投資失敗などによる借金の返済のためなどという動機ではなく,本業の業績の悪化を動機としているようである。想像であるが,地方においても,弁護士数が増加することにより,競争相手が増加し,今までのように口を開けて待っていれば依頼者が飛び込んでくるという状況がなくなり,弁護士「先生」も営業トークやメールでの迅速な回答などといったいわゆる「営業」を行わないと,依頼者が離れていってしまうのに,そういった事態に対応することができず,収益が悪化して,すぐに返せると思って預り金に手を付けてしまう,ということなのではなかろうか。
■弁護士を目指す人の減少
弁護士人口の増加による弊害は,(特に弁護士の側から)様々に語られているが,最も顕著なのは,弁護士を目指す人の減少なのではないかと思う。弁護士数が増加しているにもかかわらず,弁護士を目指す人,すなわち司法試験受験者数は減少するという皮肉な事態が起きているのである。ピークの平成15年には5万人を突破していた司法試験出願者数が,平成24年には1万1265人になってしまった。法科大学院制度導入前は前年以前の不合格者が大量に積み増されていたので,単純に比較できないとは言え,志願者数の減少は顕著である。
■就職難
志願者数減少の原因は,おそらく弁護士という職業のもつ魅力の減少であろう。弁護士人口の増加度合いが急激すぎるため,既存の法律事務所は,当然のことながら,すべての新人弁護士を受け容れることができなくなる。したがって,弁護士の就職難が顕在化している。2011年には,司法修習を終了した2152名のうち162名(7.5%)が弁護士会に未登録(弁護士として活動していない)とのことである。この中には,そもそも就職活動をしていない人や未登録のまま企業に就職した人も含まれているので,この数字がそのまま失業率とは言えない。しかし,2011年の日本全体の完全失業率が4.5%であるから,相当な比率には違いない。
さらに,前述のような業務上横領事件が多発していることを知ると,将来は厳しい競争が待っているのだろうなと想像も付く。就職難に加えて厳しい競争,司法試験の合格率も従来よりも格段に高くなり,司法試験合格自体の箔も落ちてしまったとなれば,優秀な人材が司法試験を受けようという動機がなくなるのも当然のことである。
■専門家集団のあり方
このように司法人口の拡大は,弁護士業界に対して,市民アクセスの向上と業界全体の質の低下という,相反する頭の痛い課題を突きつけることになった。プロフェッションと言える専門家集団にとって,質の維持と市場性の実現といった二律背反する要素のある課題を克服していくことは,常なる課題である。弁護士業界は,それを克服するための産みの苦しみを,今,充分に味わっている。弁護士業界のこのような状況は,同じく専門家集団である医療従事者の方々にとっても,参考になるのではないだろうか。
平岡 敦
弁護士
編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年1月22日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。