核の脅威にどう対応するか?(続き)

松本 徹三

北朝鮮の暴発を懸念した先週の記事は、あまり読者の関心を引かなかったようだが、これは、恐らく想定が非現実的でマンガチックに見えたからだろう。また、「軍事的な脅威」といえば、今は誰でもが中国を意識するので、「北朝鮮問題などにはかまけていられない」という心理もあるのかもしれない。


しかし、原発事故で「想定外」の怖さを既に十分に学んだ我々は、そんなに楽観的ではまずいと思う。たとえ千に一つ、万に一つの確率でも、起こった時の被害が大きいものについては、矢張り万全の対応を考えておくべきだ。

勿論、北朝鮮と日本の関係は、イランとイスラエルの関係とは比較にならない。イスラム原理主義者の多くは、イスラエルという国の存在自体を認めておらず、「ユダヤ人を一人残らず海に追い落とす」とまで言っているにだから、イスラエルにとっては、イランが核ミサイルを持った時の脅威は並大抵ではない。これに対し、現在の北朝鮮は日本とは外交関係もなく、価値観も大きく異なっているとは言っても、別に現状で日本を公然と敵視しているわけではないから、状況は全く違う。

しかし、日本の隣国である北朝鮮が核ミサイルを持っているということは、隣の家の住人が何やらわけの分からない人たちで、地下室で工事用と称してダイナマイトを作っているようなものだ。何かトラブルが生じれば、カッときてこのダイナマイトをこちらに放り込んでこないとは限らない。だから、その対策は矢張り十分に考えておかない訳にはいかない。

それでは、現実問題として、この事態にどう対応すればよいのかを提案するのが、今回の記事の目的だ。当然のことながら、対策は外交面と軍事面に分かれる(これは、どこの国でも何時の時代でも当然の事であり、「軍事」という言葉自体にアレルギーがあるのは、「世界中の人間は全て善意で生きている」と信じているかのような、世にも不思議な「護憲派」と呼ばれる一部の日本人だけだろう)。

外交面では、韓国、米国との関係を緊密にし、北朝鮮の政権を握る人達が一日も早く考えを改めて常識的な国際関係に回帰するように、プレッシャーをかけ続け、インセンティブを与え続ける事が、先ずは緊要である事は言うまでもない。この為にも、間違っても、「脅迫が有効だった」とは考えないように持っていかなければならない(この点で、米国のカーター政権は過去に過ちを犯した)。

中国とロシアには、日米韓と一枚岩になって貰う事を期待するのは非現実的だから、「核ミサイル」の問題だけを切り離す方向で交渉すべきだ。具体的には、この両国からは、「何人であれ、核ミサイルの開発を継続し、これを交渉の材料にしようとする人間は支援しない。これを放棄する路線に切り替える人間を強力に支援する」という強いメッセージを出し続けて貰う事が肝要だ。そうすれば、この事が、北朝鮮内部での権力闘争のあり方に、次第に大きな影響力を持つに至るだろう。他国とは異なり、中国には、北朝鮮に対する「飴と鞭」の材料が無数にある。

それでは軍事面の対策はどうあるべきか?

先ずは早期警戒網を完全に整備することであり、これは直ちにやるべきだ。これについては米国からも要請があると聞くので、米国本土の防衛に対する協力ともなり、一石二鳥だ。勿論、この場合は、北朝鮮からの脅威に対するだけではなく、中国からの脅威にも対応するものにしておく必要がある。

当面は、軍事面の備えはそれだけでよい。報復能力や先制攻撃の能力まで考えるのは、現状では行きすぎだ。そんなものがあろうとなかろうと、北朝鮮側の判断に影響を与えることはないだろうからだ。問題は「暴発」にあるのであり、冷静な判断力があるのなら、そもそも「暴発」のリスクはない事になる。

なお、ここで、折角の機会だから、北朝鮮問題とは関係なく、日本の防衛問題全体についても一言論じておきたい。

日本の防衛の要は、一にも二にも海軍力であると認識すべきだ(勿論、空軍力を含む)。目的は、一に、「シーレーン」の確保、二に、島嶼の防衛、三に、敵対国に対する海上封鎖だ。「安保条約に基づき米国の協力を仰ぐ」事と、「東南アジア諸国からの要請があればこれに応える」事は、共に必須であり、この為にも、「集団自衛権」を確立する事は急務だ。これは、特に中国の拡大主義に対しては大きな抑止力になる。逆に言えば、こうでもしないと、中国の拡大主義に歯止めをかけるのは難しいだろう。

ちなみに、将来の海軍力の強化の為にどうしても欠かせないのが「原潜」だ。日本本土と日本が領有する島嶼の防衛の為には、「空母」は要らないが「原潜」はどうしても必要になる。ひたすらに事故を恐れて原発をゼロにし、原発の輸出まで規制すれば、原子力を安全に扱う事に精通した多くの技術者を失職させてしまい、後に続く若い技術者も出て来なくなる。こんな事をして、日本を「原子力音痴の国」にしてしまっては、国の将来は極めて危ういものになるだろう。

さて、ここまで議論を進めると、当然「核抑止力」の議論もせざるを得ない。

一部には、米聞の「核の傘」の下に入っているだけでは、一時的な解決にしかならないから日本も核兵器を保有すべきと主張する人たちもいるが、私は断固としてその立場は取らない。この立場を取ることは、北朝鮮の現在の立場に同調するに等しく、「核不拡散」体制に対して公然と反旗を翻す事を意味するものだ。これは、あらゆる場所での将来の「暴発」のリスクを拡大することにつながる。

現時点で核を保有する米露英仏中の五カ国だけを特別扱いにするのは「不公正」だとする声は至るところにあるし、その考えは誠にもっともだ。しかし、私は、「不公正」を取るか「リスクの増大」を取るかと問われれば、現時点では「不公正」の方を取る。最終的な目標は「核兵器の根絶」であるべきは言をまたないが、その為にも、先ずは「核不拡散」の体制を断固として固め、その上で、保有国に対して段階的な廃棄を求めて行くのが筋だと確信している。

現実問題として、仮に日中が将来海上で軍事衝突をおこしたという最悪時のシナリオを想定してみよう。中国は日本を直ちに核ミサイルで攻撃するだろうか? 先ずそんなことはしないと思うが、はっきりしているのは、「日本に核があれば、報復を恐れて自ら核攻撃はしないが、日本に核がないのなら、報復の心配がないから攻撃する」などという事はないという事だ。逆に、日本に核兵器があれば、「先制攻撃を恐れて、先手必勝でしかけてくる」という可能性は、むしろ高くなるだろう。

外交も軍事も、その要諦は、相手がどう出てくるかをギリギリのところで読み切る事である。よく考えてみると、これはビジネスの世界でも同じかも知れない。