橋下発言の英訳問題で考える海外情報発信とハフィントンへの失望

本山 勝寛

橋下氏の発言問題が収束しない様相を呈しているなか、同氏発言の英訳問題を材料に、「日本の海外情報発信」について少し考えてみたい。

この英訳問題について提起しているのが、先日開設されたばかりのハフィントン・ポスト日本版の記事―「慰安婦、風俗の英訳がヒドい」(記事に中に入ると“橋下氏の慰安婦発言、風俗発言に米政府は「割り込みたくない」のか”というタイトル) 。5月20日現在で同サイト内の人気記事1位になっていた。


ハフィントン・ポスト編集部による同エントリーでは、在日ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏の指摘を中心に以下のように紹介している。

ロバートソン氏は、欧米諸国が「従軍慰安婦」を「sex slave(性の奴隷)」と、また、風俗を「sex industry(性産業)」であったり「prostitutes(売春婦)」と訳していることが、誤解を生んでいると指摘している。
(中略)
米国務省のサキ報道官の回答内容については、英語の原文が、国務省のホームページに出ているのだが、この報道官は、一言も、「sex slavery」や「prostitutes」という言葉は使わず、「comfort women」という言葉を使っている。にも関わらず、欧米(ワシントン・ポストやBBC)では「sex slave」「sex industry」であったり「prostitutes」という言葉が使って訳されていたのである。

確かに、「sexual slavery」では強制性が伴う表現となるので、橋下氏が拘っている強制ではなかったという発言の意図が伝わらない。橋下氏の今回の発言は基本的に擁護できるものではないが、発言を正確に伝えるという点では誤訳であり、フェアとはいえない。

先日ブログで紹介した国際的な人権外交の場である、国連人権理事会のUPR(普遍的定期審査)ではどういった英語が使われているか改めて見てみよう。勧告を行っている韓国、中国、オランダも、それに回答している日本側も「sexual slavery」とは使わず、「comfort women」で用語統一している。唯一「sexual slavery」と表現しているのは北朝鮮のみだ。ここから考えると、専門的には「comfort women」を使うほうが優勢で、「sexual slavery」は北朝鮮のように意図的に強制性を強調するための表現であることが推測される。

米国務省はこのことを認識してか「comfort women」を使っており、「”sex slave”か”comfort women”か?」という記者の質問に対して、明確な定義を避けつつも、「過去もcomfort womenと表現してきた」と回答している(回答原文)。欧米メディアは意図的なのか無知からなのか、この点については「北朝鮮なみ」ということになる。とはいえ米下院の慰安婦謝罪要求決議では「sexual slavery」が使われているので、米メディアがこの用語の使用根拠を挙げることができることも同時に留意すべきだ。

橋下発言問題はブロゴスやアゴラなどでもさんざん議論されているが、このことを指摘したのはおそらくハフィントン・ポスト日本語版が初めてだろう。その点で、価値あるエントリーだったと評価したい。しかし、である。せっかく米国発グローバル・ブログメディアの日本版が誕生し、日米間の摩擦の要因の一部を指摘する良記事がエントリーされたのに、英訳記事が米国版に掲載されていないのだ(5月20日付で検索しても見つからない)。

代わりに目立つのは、「Toru Hashimoto, Osaka Mayor, Says Forced Prostitution Of Asian Women During World War II Was Necessary」――「強制売春は必要だった」というタイトルのAP通信の記事だ。ここには1400以上の様々なコメントが寄せられているが、「この記事は彼の発言を正しく伝えていない」というコメントも複数ある。それだけに、ハフィントン日本版で話題になっている英訳問題のエントリーを、ぜひ米国版でも掲載してほしいところだった。

私は日本版開設の折に書いた、「拝啓ハフィントンポスト様、中身はスカスカでしたがその可能性に期待しております。」という記事の中で、以下のようなことを述べた。

「第1の特徴(米国発グローバル展開のブログメディアであるということ)として、早速日本版開設とその記事が英語やフランス語、スペイン語などで掲載され、米国版ではアリアナさんの投稿に1日で330以上のコメントがついていたこと、日本版編集長の松浦茂樹さんの記事や野田聖子さんの記事も英語で掲載されていたことは率直に喜ばしいことだと思います。日本人の論考が英語や多言語で発信されるメディアはほとんどないので、これについては大きな価値のあることですし、米国からも非欧米圏からの初の参戦を歓迎するコメントがありました。」

この期待というか注文に対して、見事に応えてくれなかったことになる。まさに、第二の特徴である「朝日新聞との連携」が影響を及ぼしたのかと疑いたくなるほどだ。松浦編集長はメディア人としての気骨があるなら、朝日新聞とハフィントン本社とけんかするくらいの気概で、ハフィントン日本版編集部の同エントリーを米国版掲載までぜひこぎつけていただきたい。

今回の問題は、日本の海外への情報発信力の弱さが露呈した典型的な例だといえよう。そもそもハフィントン・ポストのような海外メディアに期待してしまうのがお門違いで、本来なら日本自身がしっかりと英語で海外に発信できる力をもっておくべきなのだろう。しかし、読売、朝日、毎日とどれも英語サイトはあまり見られていない状況で、発行部数世界トップ3の名が恥じる。加えて、日本政府の海外発信もイマイチで、外務省の英語ツイッターは日本語よりも少ない7,000フォロワーに過ぎない。首相官邸の英語Facebookも18,000likeでは、安倍首相の日本語アカウント34万likeに比べると物足りなさ過ぎる。今回の問題とは関係ないが、JICAの英語発信力も弱く、ツイッターやFacebookの英語アカウントはもっていない。その点でいえば、海外支援の規模が50分の1程である日本財団の方が(褒められるようなものではないが)まだましなくらいだ。JICAの担当者から、税金を使っている以上、どちらかというとドナーである日本国民に説明責任があるという話を聞いたが、本来は受益者である海外の人々にもっと伝えるべきなのではないだろうか。

橋下市長の周りには海外経験も豊富な有能なブレーンが多数いるはずなのだが、今回の発言に対する海外発信戦略はゼロというか極度のマイナスという状態だ。今後はこれまでの主要な全発言を英語、韓国語、中国語で公式発表したうえで、明確な謝罪文を日本語と3ヶ国語で表明すべきだ。それ以上のことはすべきでない。

今回の問題を反面教師として、海外への情報発信という日本のスネをどうにかしてほしいものだ。ソフトバンクモバイルの取締役特別顧問の松本徹三氏が指摘するように、「現在の極めてお祖末な日本の国際情報発信能力を大幅に向上させる為には、気の遠くなるような長い時間が必要」かもしれない。一方で、アルジャジーラは1996年の設立後3年でニューヨークタイムズから高い評価を得ているし、ハフィントン・ポストだって2005年設立だ。既存のNHKをちょこっといじるだけの小手先ではない大胆な取り組みを効果的に行えば、一定の成果を得られるのではないだろうか。クールジャパンで500億円などと言っているくらいなら、同じ予算でアルジャジーラに負けないメディアをつくってほしいものだ。

学びのエバンジェリスト
本山勝寛
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