安倍内閣の次の一手は?

松本 徹三

「民主党」は今や完全に求心力を失い、「維新の会」も残念ながら完全に失速、「みんなの党」は何をどうしたいのかよく分からず、昔ながらの「公明党」と「共産党」を除いては、その他の党は、みんな泡沫政党に近い状態だ。こういう状況下で参院選を迎えるのだから、「自民党」は何と言っても楽だが、あまりに恵まれた状況下では、人はしばしば大きなミスを犯しがちだから、下記には十分気をつけるよう忠告しておきたい。

  1. 天変地異や大スキャンダルに襲われ、その対応を誤る事。
  2. アジア情勢が急変し、その対応を誤った為に、日本が孤立する事。
  3. 何かの弾みで株が暴落し、アベノミクスへの批判が高まる事。

さて、ここでは戯れに、仮に自分が自民党の参謀だったとしたら、これからやるべき事は何かを考えてみたい。現在の状況下では、自民党にうまくやって貰う事ぐらいしか、国益に資しそうな事がないのだから仕方がない。


1)に対しては、戦略などはあるべくもない。何かが起こったら、あらゆる知恵を絞り、真面目に且つ迅速に対応すればよいだけの事だ。そして、私は、現在の安倍内閣には、その能力は十分あると見ている(先に川口順子参院環境委員長の問題が起こった時にも、一般国民の多くは川口委員長の「国益優先」の判断に同情的で、野党は子供じみていると考えていたにも関わらず、安倍首相は迅速に川口委員長を解任して問題を収束した。これはなかなかのものだったと私は評価している)。

2)については少し心配だが、「しばらくは米国との協調を第一義に考え、国家主義的な言動は封印して、おとなしくしている」という戦略さえ守れば、大きな問題は生じないだろう。拉致問題で早く点数を稼ごうとし、北朝鮮にそこを利用されて、米・韓・日の協調体制に亀裂を生むような事だけはしない方がよい。また、尖閣諸島の実効支配は死守しなければならないが、それ以上に中国を刺激する事は一切避けるべきだ(野田前首相は、石原都知事の挑発に乗って尖閣初頭の国有化を不必要に急ぎ、中国との衝突を招いて、国民の危機意識と反中感情に火をつけ、結果として「自民党」や「維新の会」を利した)。

さて、問題は3)だ。最近の「株価の暴落」は勿論大変良い事で、これで安易な熱狂相場に水がかけられた。しかし、これでアベノミクスが瓦解するような事はあり得ず、今後とも日本株は、相当大幅な上下運動を繰り返しながらも、慎重に銘柄を選別しながら、しばらくは着実に上げていく事になろう。「山高ければ谷深し」という格言を思い起こすまでもなく、一本調子の急激な上げ相場は必ず悲惨な反作用をもたらすから、これを避ける事こそが今は必要なのだ。

アベノミクスは「米国経済の復調と同期したこと」と「金融緩和が為替対策ではなかった事について、諸外国の了解が得られたこと」の二点が追い風となり、取り敢えずは大成功した。私が「大成功」と評価するのは、「株価と結婚した安倍内閣」と題する藤沢数希さんの5月25日付のアゴラ記事にも書かれているように、その「心理効果」故だが、「取り敢えず」という言葉を添えているのは、アベノミクスの問題点として、「将来日本経済が出口のない危機に見舞われる」リスクが多分にあるからだ。

「黒田日銀が、面子を捨てて、少しずつ軌道修正をしていく事で、このリスクを回避する方法はある」と私は思っているが、それはまだしばらく先に考えれば良い事だ。「参院選迄に安倍内閣がやるべき事」というのが、今回の記事のテーマだから、今回はその事には言及しない。だから、取り敢えず考えるべきは、「第三の矢」即ち「成長戦略」を具体的にどう示していくかに尽きる。そして、TPPと「農業戦略」は、その中でも最も重要な課題の一つだと私は考えている。

「成長戦略」という言葉は、民主党政権時代から耳にタコができるほど聞かされたが、いつも抽象的な話が多く、成る程と思うような具体的な政策は、これまで滅多に聞いた事がなかった。「成長戦略」とは、突き詰めれば、「企業が投資を活発に行なえる状況を作る」事だと思うが、この投資は何を対象になされるのか、日本で行うのか海外で行うのか、等々、もっと具体策に言及して行かなければ、議論は上滑りなものに留まってしまうだろう。

一般人も、マクロ経済を語る経済学者達も、「グローバルな視点から見る産業界の実態」についてはあまり詳しくないように私には思える。だから、「円安になれば、日本での投資は海外での投資に比して安上がりになる上、輸入品に対する国産品の競争力も高まるし、輸出競争力も高まるから、国内投資が活発になり、空洞化も防げるだろう」と短絡的に考える人が多いようだ。しかし、円安は、燃料や原材料、更には食料の高騰を招き、日本の「高コスト体質」を固定してしまう恐れもある。

円安は、輸出企業の業績を即座に且つ直接的に回復させるが、これは一時的なものにとどまり、「コスト増」が「収入増」と見合うところ迄進んでしまうと、有難みは消えてしまう。その一方で、「高コスト体質」は、一旦身に付いてしまうと、そこから抜け出すのには多大の時間を要する。

「空洞化」は雇用を減少させるから、出来るだけなくしたいと考える人が多い事は、私とて勿論十分理解しているが、「歴史的な必然」である「空洞化」を、一時的な為替の状況や政治的な思惑によるプレッシャーで押さえ込んでしまうと、後で大きな反動がくる恐れがある。そして、そうなると、最早時機を失してしまっているので、状況の好転が極めて難しくなってしまっているだろう。

そもそも、日本経済は、「貿易収支は若干の赤字、経常収支は相当の黒字」という形で運営されていくのが理想的だと思う。言い換えれば、それは「相当なレベルの海外投資が健全な収益をもたらしている状態」だと言える。経常収支さえ安定的に黒字であれば、後は、国内におけるサービス産業が拡大していくのに委せればよい。サービス産業の拡大は、生産業を遥かに超える大規模な雇用を生み出すとともに、サービスの受け手としての国民の生活の質も向上させる。

折角良い流れになってきた「海外投資の拡大」は、決して抑えてはならない。その為にも、将来における円の急反発が予測されるような過剰な円安は、決して望ましいものではない。現時点での投資が将来目減りする懸念を生み出し、海外投資意欲を鈍らせる恐れがあるからだ。

ましていわんや、為替相場の乱高下は全く望ましくない。証券会社や金融業者は、株式や為替が乱高下すれば売買何れにしても取引高が増えるから、心の底ではニンマリしているのかもしれないが、産業人にとっては、これは甚だ迷惑な事だ。成長戦略にとってもマイナスにしかならない。

国の「成長戦略」を語る時にいつも出てくるのは「規制緩和」という決まり文句についても、一考が必要だ。「規制緩和」という言葉が、毎度聞かされる「決まり文句」になってしまっているのは、いつも掛け声だけで終わってしまって、結果が出ていないからに違いない。そして、その主たる原因は、多くの場合、「既得権者への政治的な配慮」であったに違いない。

従って、これからは、「既得権者」に決別し、実効を伴う「断固たる規制緩和」を鋭意遂行して貰いたい、しかし、私としては、これと並んで「投機筋の押さえ込み」にも是非力を入れてほしい。これは、「既得権者との決別」と共に、むしろ「規制促進」になるのかもしれないのだが、真の成長をもたらす為には、このような強い政治姿勢も必要だと私は思う。

更にもう一つ重要な事がある。「成長戦略」は、マクロではなく、ミクロで見る必要があるという事だ。産業界は各分野で利害が輻輳しており、全体を俯瞰した上で、各分野に対してきめ細かい政策を打ち出していかないと、「成長」を全体として最大化する事はとても出来ない。TPPと農業の関係等は、その典型例となろうが、こういう事こそが、政治家の価値を決め、長期安定政権を作り出す為の必須条件だと思う。

参院選を控えた安倍政権が今最も深く考えなければならないのは、「第三の矢」つまり「成長戦略」のあり方だという事は、既に再三再四言われている。これがなければ、安倍政権は、将来、「一時的に投機筋を喜ばせただけの政権」と酷評されてしまう恐れもないとは言えない。だから、安倍首相には、どんなに困難があろうとも、是非とも性根を据えてこれに取り組んでほしいし、国民の側は、安倍政権が現時点での人気にあぐらをかいてしまわないように、これを厳しく監視して行くべきだ。