世界遺産の力学

本山 勝寛

出張先のエチオピアで近くまできたので、ユネスコの世界文化遺産に登録されているラリベラの岩窟教会群に寄ってみた。12世紀頃に巨大な一枚岩を掘り抜いて造られた12の教会から構成されており、現在もエチオピア正教の信者が訪れて祈りを捧げている場所だ。このラリベラの町自体が標高3000メートル近くと、まさに「天に最も近い」場所にあり、そこで1000年近く前に、おそらく手作業で一枚岩を掘って造られたことを想像すると圧倒される。1978年、世界遺産が初めて登録された12のうちの1件であり、世界遺産第1号にふさわしい人類の遺産であるといえよう。


日本では最近、富士山が世界文化遺産に登録され話題になった。ユネスコの世界遺産は、日本を含め各国でも話題になりやすく、登録されると観光客の誘致にもつながるため、各国が競い合うように登録を申請している。1978年から始まり、現在、世界遺産は981件(うち文化遺産759件、自然遺産193件、複合遺産29件)にものぼる。世界遺産も、いわば各国の外交、ロビイングによって決定されるわけだが、その「力学」を見てみるとなかなか興味深い。

国連機関のトップを務めた数少ない日本人の1人であるUNESCOの前事務局長(1999~2009)、松浦晃一郎氏は『世界遺産 ユネスコ事務局長は訴える』という本を著しており、世界遺産行政にも大きな影響を及ぼした方だ。


同著によると、世界遺産の登録手順は以下になる。

1. 各国政府が複数の候補案件を盛った暫定リストを作成し、ユネスコの世界遺産センターに提出する。
2. 当該国政府が世界遺産センターに相談をしながら暫定リストの中から優先順位の高い案件を選び、符合する評価基準を含む登録推薦書を同センター経由で世界遺産委員会に提出する。
3. ユネスコの協力機関である専門NGO(ICOMOS/IUCN)が技術的審査のうえ、評価勧告を提出する。
4. 当該国の登録推薦書とNGOの技術的評価と勧告の両方に基づいてユネスコの世界遺産委員会(メンバー国21カ国で構成)が審議し、結論を出す。

したがって、各国が何を推薦するかが第一段階として大きいわけだが、その後、技術審査をする専門NGOにどう評価されるか、そしてメンバー国で構成される世界遺産委員会の委員にどう働きかけるかが重要になってくる。一般的には技術審査の結果が大きく覆されることはないようだが、2007年に登録された日本の石見銀山は、技術審査では「顕著な普遍的価値はない」と判定され、登録延期を勧告されていたが、日本政府が世界遺産委員会の他のメンバー国に積極的に働きかけた説得工作により会期中に逆転して承認されたという。

先日は、東京オリンピック招致を実現させた日本のロビイングについて書いた(参考:世界を動かすロビイング力)が、こういったところでも地道な外交努力がなされていることは評価されるべきであると思う。

日本が世界遺産条約を批准し締約国となったのは、同条約が採択されてから20年後の1992年と、締約国としては125番目とスタートは出遅れている。しかし、その後は順調に世界遺産登録を伸ばし、現在17件だ。これはギリシャと並んで13位で、アジアでは中国(45件、世界2位)、インド(29件、7位)についで3番目だ。また、2003年に無形文化遺産条約の作成にあたっては日本が大きく貢献している。これまで西欧中心だった世界遺産も、1990年代後半から2000年代にかけてアジアや西欧以外の地域が急増しており、松浦氏がUNESCO事務局長を務めた期間と重なる。

文化を通して世界の相互理解と平和を促進するというユネスコ憲章の理念は、世界における日本の立ち位置にも合致しており、今後も力を入れて推進すべき分野といえよう。松浦氏は駐仏大使を務めた外交官だが、そういった人材を戦略的に育成し、配置していくことも肝要だ。特にUNESCOは、その前身である国際知的協力委員会をアインシュタインやキュリー夫人らに呼びかけて創設したのが、当時国際連盟事務局次長だった新渡戸稲造であることも忘れてはならない。新渡戸のような人物は、つくって出てくるものではないが、世界遺産の登録のようなロビイング合戦のみならず、世界に普遍的理念を提示できる日本人も現れてほしいと願う。

ちなみに参考まで、各国の世界遺産の登録数順位は以下になる。

1位 イタリア49
2位 中国45
3位 スペイン42
4位 フランス38
5位 ドイツ38
6位 メキシコ30
7位 インド29
8位 イギリス27
9位 ロシア25
10位 アメリカ 21
11位 ブラジル 19
11位 オーストラリア 19
13位  ギリシャ 17
13位 日本17
13位 カナダ17
15位 イラン16
16位 スウェーデン 15
16位 ポルトガル 15
18位 ポーランド 14
20位 チェコ12
21位 ペルー11
21位 スイス11
21位  ベルギー 11
21位 トルコ11
24位 大韓民国 10

学びのエバンジェリスト
本山勝寛
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「学びの革命」をテーマに著作多数。国内外で社会変革を手掛けるアジア最大級のNGO日本財団で国際協力に従事、世界中を駆け回っている。ハーバード大学院国際教育政策専攻修士過程修了、東京大学工学部システム創成学科卒。1男2女のイクメン父として、独自の子育て論も展開。アゴラ/BLOGOSブロガー(月間20万PV)。著書『16倍速勉強法』『16倍速仕事術』(光文社)、『マンガ勉強法』(ソフトバンク)、『YouTube英語勉強法』(サンマーク出版)、『お金がなくても東大合格、英語がダメでもハーバード留学、僕の独学戦記』(ダイヤモンド社)など。