長期運用の名のもとの不作為

森本 紀行

お金には色がある。資産の運用の裏には、その資産の運用収益を通じて実現すべき社会的価値がある。例えば、年金の資産運用ならば、年金制度を永続させ、年金の給付という制度の本旨を全うさせるために、年金資産を保全しつつ予定された収益をあげること、これが資産運用の課題である。


ところで、年金の資産運用では、長期運用の名のもとに、環境変化にかかわらず一定の資産配分を維持することが、広く一般的に行われている。一定の資産配分を維持するということは、例えば、株式の組入れ比率を総資産の30%に定めているとすると、株式が大幅に下落して時価ベースでの組入れ比率が低下するときには、株式を買増して30%の比率に戻すことである。これを、何でも片仮名でいいたがるムラ社会の悪弊として、リバランスという。

リバランスが正当化される条件は、下がったものは上がるという平均への回帰が成立することだ。超長期においては平均回帰するかもしれない。しかし、株式が数年間も下がり続けることはあり得る。そのなかでリバランスを継続していくと、損失はどんどん拡大する。果ては、損失が年金財政上維持できないところまで拡大する場合もあり得る。

実際、日本の年金は、そのような危機を少し前に経験している。これでは、年金の資産運用の本旨に反してしまう。現に、給付減額や制度の解散など、本旨に反したことが起きた

リバランスの効果を否定するものではない。しかし、長期運用だからリバランスをするのが当然、一度決めた方針だから守るのが当然という発想には疑問を感じる。少しも当然ではない。長期的視点に立って、即ち、年金制度の存立の基盤を守るという視点に立って、リバランスをするかどうかを考えること、一度決めた方針の有効性を常に見直すことが、真の長期運用であろう。

資本市場の環境は、変化する。非常に速い速度で変化する。構造的、本質的にも変化する。そのような変化する環境のなかでしか、資産運用はできない。資本市場の構造は、ここ10年間でも大きく変わっている。しかし、年金の基本的な資産配分の考え方は、変わっていない。

資産配分以前の問題として、株式、外国株式、債券、外国債券という4資産分類が変わっていない。このような単純な分類自体が現在の環境に全く即していない。この陳腐な基本分類を維持し、しかも、その構成比率も一定に維持する、これでは、とても本来の意味における長期運用にはなり得ない。

かような不作為は、怠慢の域を超えて、もはや犯罪的ではなかろうか。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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