幻想の東京大学基金

森本 紀行

私の学歴は、1981年東京大学文学部哲学科卒業ということになっている。これは、確かな学歴だが、5年間在籍し、しかも大学のすぐ近所に住んでいたにもかかわらず、授業にでた記憶はあまりない、いや、ほとんどない。


当時の文学部は、卒業式などというものはなく、学科ごとに研究室へ卒業証書をとりにいく形になっていた。研究室へ出向いたのは、このときが最初で最後であった。教授と親しく話ししたのも、その日が最初で最後であった。哲学科出身というのは、かなり差別化されていて、要は変人ということにすぎないかもしれないが、ちょっとカッコイイかな、少なくとも希少性はあるな、ということで気に入っている。私の学歴は、それだけのものだ。

それでも、私が、正式に卒業していることを確認できるのは、この卒業証書を取りに行った日の記憶と、最初の就職先に提出した卒業証明書と、現在、自宅に送られてくる赤門学友会報という卒業生を対象にした会報誌と、東京大学基金への寄付の勧誘である。

東京大学は、2007年の東京大学創立130周年に合わせて、130億円の東京大学基金を募った。この東京大学基金の特色は、建造物等の建設費調達などの特定目的をもった従来型の募金ではなく、寄付金を基金として積み立てて、その基金の運用収益で様々な事業に取り組むところにある

現実には、従来型の募金も多く、東京大学基金のコアとして運用されていく基金は、まだわずかであるが、当初は、2020年までに2000億円に増やす計画をぶち上げていた。現状、全く現実味のない計画である。

さて、資産運用ビジネスの立場から、私の関心を強く引いたのは、東京大学が想定していた運用収益の額である。2000億円の規模で、年間の運用収益のうちから100億円程度を事業支出にあてることが計画されていたのだ。つまり、少なくとも年率5%の運用収益率を期待していたということなのだ。

しかも、事業は継続的に行われるのだから、運用収益が不足したからといって、中止するわけにはいかない。ということは、単に5%なのではなくて、毎年安定的に5%でなければならないのだ。いかにも、非常識な仮定ではないか。さすがに、その後、撤回された仮定ではあるが、最高学府を自認する東京大学としては、お粗末な話である。

もしも、毎年安定的に100億円が必要なら、1兆円くらいの基金を作るしかない。せいぜい、募金に励むことだ。それにしても。一体、どのような体制で、どのような手法で、5%を目指す資産運用を行うつもりだったのか。東京大学基金の公開資料からは、資産運用のあり方について、なんら情報を得ることはできない。イェール大学や、ハーバード大学の資産運用部門のウェブサイトをご覧あれ。それなりの説明がある。やはり、そういうものだろう。募金よりも、しっかりした体制を作るのが先決だ。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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