有給を会社に買い取らせても賃金は上がらない --- 城 繁幸

アゴラ

掛け声は良かったものの、なかなか上がらない賃金に業を煮やしたのか、色々な賃上げ作戦が検討されているようだ。いつも言っているように解雇や賃下げがスムーズに出来るようにすればいいだけの話なのだが、みんな猫の首に鈴をつけるのはイヤらしい。(個人的には65歳雇用義務を廃止するだけでそれなりの賃上げ効果はあると考えている)


さて、そんな“賃上げ奇策”の一つに「有給休暇の買い取り」があって、ネットでもそれなりに話題となっているようだ。日本人は有給休暇を世界でもっとも使わない人達で、その半分以上をドブに捨てている。だったら未消化分を会社に買い取らせれば、有給消化率アップ&賃上げも達成と、一石二鳥ではないか!というロジックらしい。

だが本当にそううまくいくだろうか?

仮に、年収500万円のA氏がいて、毎年10日ほどの有給休暇を使わぬまま消滅させていたとする。会社が彼の有給を1日当たり1万円で買い取れるようになれば、確かに彼の手元には10万円ほどの臨時収入が転がり込むだろう。

だが、問題はそのコストをだれが負担するかだ。たぶん、彼の次のボーナスが10万円ほど減ることになるだろう。

恐ろしいのはここからで、毎年10万円ほど買い取りしてもらうようになれば、彼のお給料は年490万円に抑制されていくはずだ。だから、仮に彼が本当に病気やら何やらで年20日間の有給を使わざるを得なかった場合、彼の年収は490万円と実質的な賃下げになってしまう。「夢の賃上げ大作戦!」だったはずが、気がつけば賃下げリスクに追われつつ休むに休めないというなんとも夢の無い状況になっているはず。

「そんなのおかしい!法律で決まってるんだから企業がちゃんと負担しろ!」と思う小学生も多いだろうが、会社は社会保険料だの福利厚生費用だの全部こみこみで人件費とみなしているのだからこればっかりは仕方が無い。

ところで、筆者は「賃金が上がらない」という問題と「有給が取れない」という問題は、実は根っこでつながっていると考えている。どちらの問題も、解決に必要なのは従業員の裁量だ。

というとイメージしにくいだろうから、学生時代の夏休みを思い出してほしい。

「お小遣いが足りないんです」「課題が多くてなかなか休めないんです」という不満を抱いていたという人は少なくないだろうが、そこで立ち止まってしまった人は少数だろう。お小遣いが足りなかったらバイトをすればいいし、課題はうまくやりくりすれば旅行でもバイトでもいくらでも時間の調整はつけられる。そう、それを可能とするものこそが裁量だ。

筆者は「企業への賃上げ要請」や「有給消化率の引き上げ」といった議論が行われる際、そこに“従業員本人”という主体がぽっかりと欠落していることがずっと気になっている。本来、賃上げは本人の努力で勝ち取るものであり、有給は自分で調整して取得するものであり、天から降ってくるものではない。にもかかわらず、そこに本人の視点が無いということは、裁量の無さの裏返しなのだろう。

それを日本人が取り戻すには、各人が配属先から勤務地、仕事内容まで会社に丸投げする総合職なんて身分制度を捨て、各人の担当業務を明確に切り分け、それに応じた賃金を支払うシステムに移行するしかない。

と書くとめんどくさい話に聞こえるが、有給買い取りのような弊害の多い対症療法に頭を使うくらいなら、多少めんどうでも実のある議論をする方がマシというものだ。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2013年10月18日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。