安全保障は軍事力だけの問題ではありません

大西 宏
国のカタチの議論がアゴラでなされています。池田信夫さんが、書かれた「日本は『属国』から脱却できるか」で示されたマトリックスは、日本の思想のポジションをうまく説明していると感じました。そしてソフトバンク特別顧問の松本徹三さんから「安全保障での『米国依存』は『従属』を意味しない」と反論が寄せられています。

とくに松本徹三さんが「憲法を改正した上で、従属度を低めた親米路線を継続する事は可能だ」というのは非常に現実的だと感じますし、改憲は歴史問題の決着なしにやるべきではないというところも賛同しますが、ほんとうはアジアでの緊張関係の懸念が高まっている今こそ、感情で反応するよりも、こういった議論をすべきではないかと感じるのです。
更に言うなら、「歴史認識」問題を一日も早く決着させて、中・韓の誤解を解く事の必要性を私が熱心に説いているのも、その手順を踏まないと「憲法改正」という「普通の事」すらもが、中・韓のみならず欧米からも、色眼鏡で見られる恐れがあるからだ。その文脈で言うなら、私とて今は立場を若干変えて、「憲法改正は必要だが、現在の安倍政権下での憲法改正は望ましくない」と言わざるを得なくなってしまったのかもしれない。
つけくわえるなら、改憲に賛成であっても、かなり理由が違っていて、国家権力強化に走る改憲には反対だという人も少なくないはずです。

ところで、池田信夫さんは安全保障についての考え方を、「親米 – 反米」と「改憲 – 護憲」のマトリックスで描いていらっしゃいますが、それを眺めて、実はもうひとつ別の重要な軸があるように感じています。それは「経済」の軸です。安全保障というと、軍事力に偏って論じられることがほとんどです。それには違和感を覚えます。「経済」の軸で言えば、中国との経済関係の「積極 – 消極」による違いでしょうか。あるいは「グローバル – ローカル」かもしれません。

実は「経済」も大きな安全保障の要因です。

戦後もっとも象徴的な出来事といえば、東西冷戦の終焉でしたが、なにも西側を代表する米国が東を代表するソ連との間で戦争が起こり、ソ連が敗戦によって崩壊したわけではありません。

ソ連は密かに進んでいた経済戦争に敗れたのです。その代表的な戦勝国は日本とドイツの両国でした。ソ連だけでなく、米国も日本とドイツの工業製品によって国内産業が壊滅的打撃を受け、その損失額は第二次大戦の経済損失額を上回ったのです。だからこそ経済の不平等をなくせと、日米構造協議に持ち込み、日本の市場開放を迫ってきました。

しかし、ソ連や東欧諸国は、経済戦争の敗北から国家崩壊にまで追いやられてしまいました。

こういった経済の破壊力を目の当たりにした中国がとった道は、政治と経済を分離する改革開放政策でした。それが功を奏し、世界第二位の経済大国にまで成長できたのです。

第二次大戦後、貧困や、民族と宗教間の対立、資源国間の利権の対立をめぐった地域紛争は絶えませんが、すくなくとも先進国間では戦争が起こっていません。核の力でしょうか。東西冷戦時代はそうだったのでしょう。しかし現在も、もちろん核が抑止力として働いているとしても、それよりも大きかったのは、先進国間では経済の相互依存が広がり、また深まり根付いてしまったために、「戦争ができない状態」になってしまったのです。

経済のグローバル化の進行が戦争の抑止力となりはじめてきたのが現代です。経済も強い依存関係が生まれると、戦争すれば互いの国家経済も危うくなります。互いに資本も行き交っているので、戦争すれば投じた資本も無に帰します。日本が韓国や満州に投資した資本をすべて失ってしまったようにです。

考えても見てください。もし中国と米国の間で戦争が起こらないまでも軍事対立で緊張が高まれば、中国は保有する米国国債を大量に売り、米国経済に甚大な打撃を与えることができます。また米国は製造拠点を失います。中国にとっても、中国の経済を支えている最大貿易相手国を失い経済が破綻します。また中国の雇用を支えている米国の製造拠点がなくなると大量の失業者が発生し、中国国内の人々の不満が募り、中国政府の支配体制も揺るがしかねません。だから米国は日本にアジアでイタズラな緊張関係をつくるなと要求してくるのです。

中国が起こした反日暴動も結果は、中国の経済成長を支えるひとつの要因である日本からの投資を減速させてしまい、また日系企業で働く多くの中国人が失業しただけでなく、国際的な信用を損ねたために、中国政府は沈静化にむかわざるをえなくなりました。もちろん、反日暴動がいつ中国共産党政府に転じるわからないという問題もあったでしょうが、相互の経済関係が暴走を抑止したともとれます。

韓国が抱えるジレンマもそうです。貿易依存度が高く、中国という輸出先を失いたくない、日本と韓国では競合する産業分野が多いのですが、伸びる中国市場での日韓の競争に勝ち、シェアを延ばしたいという事情が、親中、反日行動に向かわせています。
しかし、日本からの資本投資や日本に依存する技術、部品、素材、産業機械などを失うと韓国産業の競争力も失われるというジレンマによって、朴槿恵大統領の強硬な反日姿勢に対する懸念が広がり、韓国国内、とくにメディアも論調が揺れ始めています。

経済のグローバル化が各国の安全保障を左右する大きな要因になってきたのが現代です。つまり、経済、防衛という2つの力と、それを背景にした外交力の総合力が安全保障を支えています。当たり前のようで、それを理解していないのか、軍事力強化だけを口角泡を飛ばして煽る人もいます。それではますます対米従属の罠にはまってしまうばかりでしょう。

日本の将来の安全保障を危うくしないためには、経済の活力を取り戻すこと、少なくとも日本独自の技術力や産業の仕組みがなければ互いが成り立たないというポジションを確立することが重要で、そのための成長戦略でもあるということではないでしょうか。