銀行の貸す義務

森本 紀行

銀行には、貸す義務はない。自行の審査基準に従って、貸せる先には貸せばよく、貸せない先には、貸さなければいいのである。社会的配慮のもとで、貸せない先にまで貸す義務などないのである。


それはそうなのだが、銀行の自己の利益を基準とした行動は、銀行の金融機能の社会的重要性が高いだけに、銀行の顧客である債務者としての企業には、深刻な損失を与えかねない。故に、銀行の貸し手としての責任が問われるわけで、まさに、銀行に対してこそ、他人の損失で自己の利益を得るなかれといわれるのだが、さてさて、銀行も営利企業である。どうすればいいのだ。

企業というのは、多くの場合、一定の銀行借入を行って経営しているのであって、債務のある会社においては、どこにおいても、その借入を即時弁済することは不可能であろう。そもそも、即時弁済できるような会社においては、借入の必要性自体がない。

もしも、企業が一時的不振に陥って、銀行借入が、財務制限条項の抵触等により期限の利益を失い即時回収可能になったら、どうなるか。通常の状態であれば、銀行は条件緩和等の対応を検討して、強引な即時回収は避けるであろう。そうすることで、銀行は、長期的な顧客との関係を維持し、再建を支援し、結果的に、その顧客企業のお客様・従業員・株主などとの間の利害の合理的な均衡を実現するはずである。

しかし、もしも、強引な回収を実行したら、どうなるか。企業としては、返せない可能性が高いので、債務不履行で倒産になるであろう。その結果、その顧客企業のお客様・従業員・株主に、多大の損失が及ぶことになる。
 
この場合、銀行も損失を受けるのかもしれない。全利害関係者が応分に損失を負担したということで、それなりに公正公平というのか。しかし、別な方法による解決を目指したら、逆に、全利害関係者が応分に利益を得たかもしれないと考えるときは、少し疑問も残る。銀行は、自己の行動に際して、全体的な帰結の社会的影響を十分に考慮しなければならない、そのような社会的責任があるのだ、ということにはならざるを得ないのであろう。

もちろん、銀行は、平時においては、社会的影響を考慮して行動しているのだ。ただ、ある種の金融危機的状況等では、自己のやむを得ざる経営上の都合から、苦渋の選択として、最悪の行動を取らざるを得ない場合もあろう。そこに営利を目的とする私企業としての銀行の行動の限界があるならば、公的資金の投入等によってでも、社会的利益の実現を図ろうというのが、今の世界的金融支援策の背景である。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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