純粋な投資の視点に立ったとき、株式、社債、融資というような資産区分に、どれだけの意味があるのか、考え直してみよう。
そもそも、投資の原点は、事業へ投資することだ。投資するに値しないような事業について、その事業を営む企業の株式ならば投資できる、その企業の社債ならば投資できる、その企業に融資ならばできる、というような議論は、本来、成り立つべきものではない。ある企業の事業自体に投資価値がないならば、その株式も、社債も、その企業への融資も、投資価値はない。
まだ記憶に新しいサブプライム問題の一つの重要な教訓は、まさに、ここになければならない。住宅ローンとして価値のないものを原資産にする限り、いかに工夫を凝らしても、その価値のない原資産から創出される社債等に、投資価値は生まれ得ないのだ。
サブプライム問題における投資家の投資姿勢には、真剣に反省されなければならない。それは、「高い格付を付与された社債」という概念が先行してしまって、本来の資産価値の検討が抜け落ちてしまったことだ。もしも、原債権の投資価値が先に検討されていれば、サブプライムのようなものには、投資できはしなかったはずなのである。
本来の事業投資の考え方からすれば、株式へ投資すると決めてから、どの企業の株式に投資するかを検討する、あるいは、社債に投資すると決めてから、どの社債に投資するかを検討する、というのは、投資の意思決定の流れとしては、不自然ではないだろうか。現在の投資のあり方は、大規模化し、技術的に分業化が進んだ結果生じたもので、本来の投資のあり方ではないのだ。
さて、本来の投資においては、第一に、ある事業について、投資価値があるものかどうかという判断が、一番重要なものである。不動産だろうが、事業を営む企業だろうが、投資価値のないものには、そもそもが、投資できない。しかし、具体的な投資は、この判断で終わるのではなく、そこから始まるといっていい。すなわち、次の問題として、仮に投資価値のある事業だとして、その事業に、どのような形態で投資するのが望ましいか、という高度な技術論がでてくるのである。
ところで、事業に投資するとはどういうことか。金融の世界では、事業へ投資するということは、その事業が創出するキャッシュフローの分配へ参画することを意味する。この分配の契約上のルールを定めるのが、資本構成である。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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