JR九州が株式上場への準備を進めるなか、残されたのは、JR北海道とJR四国の二社となりました。JR三島会社も、JR二島会社になったわけですが、さて、この二社の自立経営の確立は可能なのか。そもそも、自立経営とは、どういう意味なのか。
公的支援なくしては成り立たない二社
JR北海道とJR四国については、当事者および政府の明確な現状認識として、公的な支援なしには経営が成り立たないということがあります。
自立経営という意味は、公的な支援を完全に打ち切っても経営が成り立つ状態を実現することですが、しかし、それは、もしかすると、不可能を強いることなのかもしれません。かといって、その究極の目標を最初から放棄することもできないのです。
そこで、政府としては、公的支援の期限を切って、その期日までに達成すべき課題を織り込んだ経営自立計画を策定させ、その完遂を目指させる、それしか方法がないわけです。その期限の到来が近づいたとき、不幸にして努力が及ばず、計画の達成の不可能性が明らかになれば、また新たなる施策を講じることにならざるを得ないのでしょう。
とにかく、今は先を論じるときではなく、JR北海道とJR四国においては、公的支援のもと、経営自立計画の達成を目指し、真剣な経営努力を続けていかなくてはいけないのです。
その公的な支援というのは、2011年度に、制度改正が行われて、新しく導入された仕組みです。具体的には、政府は、JR北海道とJR四国の株主である独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構と略称されます)の業務を拡大して、新たな支援措置を作ったのです。
経営安定基金の機能維持策は廃止
これにともない、もともとあった経営安定基金を通じた実質的な補助金の仕組みは、廃止の方向となりました。ただし、経営安定基金自体は廃止されないのです。
ここで、念のために、機能維持策の仕組みを確認しておきましょう。経営安定基金とは、日本国有鉄道の分割民営化のときに、JR北海道、JR四国、JR九州に対して、運用利息で鉄道事業の赤字を填補する目的で交付されたものです。JR北海道には、6822億円、JR四国には、2082億円が交付されたのです。
ところが、発足して間もなく、金利が急低下して、目論見は崩壊します。そこで政府は、機能維持策という詭計をめぐらします。その仕組みは、株主の鉄道・運輸機構が、市中金利を無視して、高金利で経営安定基金からの借り入れを行うというものです。
この仕組みですと、鉄道営業赤字額を前提にして、恣意的に借入金利を操作すればいいわけです。しかし、この利息収入は、実態として、政府補助金であることは明瞭ですし、粉飾まがいの手法の不健全性にも問題があったわけです。ですから、この機能維持策は、JR九州では既に廃止され、JR北海道とJR四国でも、現状はまだ残っていますが、廃止されることになっているのです。
鉄道・運用機構の特別債券
経営安定基金の機能維持策に替わる新しい支援措置のひとつは、これも、鉄道・運用機構が行う特殊な金融取引の操作を使った仕組みで、鉄道建設・運用施設整備支援機構特別債券というものです。
まず、JR北海道とJR四国は、鉄道・運輸機構から無利息で融資を受けます。そして、その融資によって得た資金で、同額の機構が発行する特別債券を取得するのです。その特別債券の利息は、2.5%に設定されています。つまり、この利息の全額が実質的な補助金となるのです。
この仕組みの残高は、JR北海道で2200億円、JR四国では1400億円です。つまり、毎年度、二社には、それぞれ、55億円と35億円の補助金が投入されているわけです。なお、債券の期間は、20年ですから、2031年まで、同じ金額の補助金が落ち続けるのです。
それにしても、これは、機能維持策と同じくらい不健全な取引であって、その意味での改善はありません。もっとも、法律上の制約等もあり、鉄道・運輸機構を経由した仕組みを考えれば、こうするほかないのかもしれません。それでも、機能維持策と同様に、国民の目からみれば、闇補助金としか映らないのも事実でしょう。
ただし、これにより、補助金の固定化がなされたのは、大きな進歩です。JR北海道とJR四国は、それぞれ、55億円と35億円の枠のなかで、収支均衡を確実に図らねばならなくなったからです。補助金に上限を画し、経営効率化への誘因を明確にしたことが、この支援措置のよいところです。
設備投資への補助
もうひとつの支援措置は、鉄道・運輸機構が、設備投資に対して、助成金の交付と無利息貸し付けとを行うというものです。こちらは、鉄道事業にとって、安全性の維持向上の面からも、また効率化による収益性の改善の面からも、極めて重要なものであって、支援措置としては、優れたものです。
JR北海道も、JR四国も、この制度を積極的に活用して、設備投資を行う計画を立てています。その投資が功を奏してくることが経営自立への正しい道筋なのです。
なお、念のためですが、上場準備を進めるJR九州も、助成金こそ受けていませんが、無利子貸し付けという支援を受けていることを付け加えておきましょう。もっとも、さすがに、上場前の2015年度には、償還するのですが。
2020年度という日本の節目
さて、問題の支援措置の期限ですが、これは、2020年度までとなっています。ですから、二社は、これからの6年間で、経営自立への目途をつけなくてはならないのです。
それにしても、2020年は、日本の歴史の節目になるのでしょうね。金融の世界でも、2020年までに日本を国際金融センターにするという構想があります。東京オリンピックにしても、国際金融センターにしても、JR二島会社にしても、やはり大事業、大構造改革には、6年はかかる。逆にいえば、6年で達成しない限り、日本の将来は厳しいものになる。この危機感と緊張感が、変革への原動力なのです。
経営安定基金の自主運用
機能維持策が廃止された後、経営安定基金は、自主運用による安定的な運用収益の確保という大きな課題を担うことになります。自主運用というのは、要は、機能維持策によらない本来の資産運用という意味です。
その運用のあり方については、2014年度の事業計画によれば、JR北海道は、「リスク管理を徹底し、分散投資と運用手法の多角化を図ることで運用収益の確保に努める」とし、JR四国は、「適切な運用資産配分やリスク管理を行い、運用収益の確保に努めるとともに、リスク管理体制を有効に機能させる」としています。
さて、問題なのは、安定的な収益確保というなら、金利収入を中心とした運用しかないはずであり、それは、超低金利の状況下では、困難というよりも、不可能ではないかということです。実際、不可能だからこそ、機能維持策が工夫されたのです。その機能維持策を廃止して、後は好きなように運用しろというのでは、少し酷なのも事実です。
意外な運用実績
まず、経営安定基金の運用実績をみてみましょう。JR北海道の場合、2013年度末の時価で7523億円、年度収益は342億円です。元本は6822億円ですから、かなり資産の時価評価が高いことがわかります。利回りも、元本に対して5.0%、時価に対して4.5%と、実は、機能維持策による利回りよりも、高くなっているのです。
JR四国の場合は、2013年度末の時価で2244億円、年度収益は110億円、元本は2082億円ですから、やはり資産の時価評価が高く、利回りも、元本に対して5.3%、時価に対して4.9%と、JR北海道と変わらない成績になっているのです。
運用実態は公開されていないのですから、どうしたら、このような好成績になるのかわかりませんが、JR四国の事業計画のなかに、「株式市場の回復による経営安定基金運用益の増加もあり」との記載があるので、かなり積極的な運用をしているのかもしれません。
鉄道営業赤字を埋める財源拡大
ところで、2013年度における鉄道事業の売り上げは、JR北海道が759億円、JR四国は265億円です。ということは、両社とも、本業の売り上げに対して、経営安定基金の収益が、4割以上になっているのです。毎期、5%近い収益率を確実にあげることが不可能である以上、これほどに財テク依存が大きくては、真の経営自立は難しいと思われるのです。
また、鉄道事業の営業損失は、JR北海道が400億円、JR四国は107億円です。この構造赤字を安定的に埋め得る体制の確立ということが経営自立の目標なのですが、現状では、圧倒的に、経営安定基金の収益に依存しており、到底、安定的な収益基盤の確立になり得ていないのです。ですから、どうしても、鉄道営業赤字を埋めるための財源の拡大が必要なわけです。
そのためには、第一に、鉄道営業赤字そのものを縮小させることです。このために、二社は、支援措置のもと、安全性と利便性を高め、結果として収益性を高めるための設備投資を積極的に行い、また徹底した経営合理化を進めて、収支の改善に努めているのです。
第二は、鉄道事業を核とした多角化を推進して、企業グループとしての連結決算において、事業収支の均衡を目指していかなくてはいけません。先行したJR九州では、この多角化部門の売り上げが、既に、連結売上の6割ほどに達し、それが総合事業収支の黒字化の原動力になっています。JR北海道とJR四国でも、同様な方向を目指しているのです。
そして、第三が経営安定基金の自主運用による収益であり、第四が鉄道・運用機構特別債券ですが、この第四のものは、2031年度まで続くとはいえ、自立経営の確立へ向けた時限措置でなくてはいけませんので、これを必要としない収益構造を実現しなくてはならないのです。
本業としての資産運用
要は、現状では、多角化事業に営業利益があっても、鉄道事業の営業赤字が大きすぎて、全体としての事業部門の大きな赤字が残っているのです。この営業赤字を、鉄道事業の赤字圧縮と多角化部門の事業拡大という両方の経営努力によって、2020年度までには、大幅に縮めて、それでも残る赤字は、経営安定基金の運用益で安定的に埋める、そこまでいって、自立経営の確立ということになるのです。
そうしますと、経営安定基金の自主運用は、財テクというよりも、もはや鉄道事業と並ぶ本業になってしまいますが、さて、そこに、問題があります。
もしも、経営安定基金の運用を、普通の企業のように、手元流動性という余裕資金の運用として位置付けるならば、金利収入を目的とした保守的運用となります。そうしますと、金利水準に左右されて、収益が変動しますし、なによりも、現状では、1%にも満たない収益率となり、安定的な事業赤字の補完機能は期待できません。
従いまして、自立経営のもとでは、経営安定基金は、市中金利に依存しないものとして、しかも安定的に収益が期待できるものとして、運用されなくてはならないのです。おそらくは、事業部門における徹底した経営努力によっても、2%から3%程度の安定運用収益がなければ、自立経営の確立にはなり得ないでしょう。しかし、そのようなことは、可能なのか、これが、究極の問いであるわけです。
不可能を可能にする
では、やはり、経営自立計画とは、不可能を強いるようなものなのか。もしも、不可能を可能にするとしたら、二つの方法しかないのではないでしょうか。
第一は、単年度ごとに経営安定基金の運用成果が大きく変動することを許容することです。つまり、事業収支に経営安定基金の運用損益を加えた経常収支は、運用成果に応じて、赤字になったり黒字になったり、大きく振れるということです。それでも、長期でならせば収支が合う、これでしたら、年金基金等の資産運用と同じですから、十分に成り立ちます。
第二は、経営安定基金という仕組み自体を廃止して、一般の流動資産等に振り替えてしまうことです。後は、二社の経営裁量によって、鉄道事業なり、多角化事業なりへ、事業資金として投資されればいいのです。この場合は、当然ですが、狭い北海道と四国のなかでは、投資機会を見出し得ないでしょうから、そこにも、完全な自由を認めるほかありません。
事実、先行したJR九州では、「安全とサービスを基盤として九州、日本、そしてアジアの元気を作る企業グループ」という「あるべき姿」を掲げているのです。同様の雄大な事業構想は、むしろ、JR北海道とJR四国にこそ、必要なのかもしれません。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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