東京再創生論が破壊する都市の価値、日本が衰退する理由

江本 真弓

国土交通省が「コンパクトシティ」政策を掲げているため、東京再創生論が止まない。
先日の日経新聞「東京が変わる 五輪後の「未来図」描く」記事では、「東京は、2020年夏の五輪をテコに世界最先端の環境都市を構築、交通網を再整備し、都市を創生する。そこに日本の未来もかかる。」と言う。

だが、これでは明らかに日本の未来は衰退に向かう。

理由は明白だ。せっかく高度成長期の富で築いた近代都市を、たった40年弱で壊して作り直しをいうのだ。これでは日本に富が残らない。


近代都市の本質である、「近代建造物の価値」と「近代建造物の維持」を、結局日本は理解できていない。

それらは、現代近代文明をリードしてきた欧州都市を見れば明らかだ。欧州と一言で表現するが歴史上リードする都市は変転し、各国各都市それぞれに栄枯盛衰の歴史を持つ。どの都市も裕福な時代に街を開発整備し、低迷時期はその遺産を保って生き延び、次の機会を伺うのが欧州だ。ローマではローマ時代のローマ建築が未だ使用され、イギリスは大英帝国時代の富を維持する制度にその底力がある。富を「維持」し、富が産む利益の継続に、欧州をルーツとする近代都市の「価値」がある。それが、欧州が常に世界の先進国地位を維持続けられる理由だ。

というと、日本では一般に次の3つの反論が出る。
1.日本と欧州は違う2.欧州はモノが良い3.日本には地震がある。しかし順に回答するならば、1.日本の現代コンクリート都市は欧州建築がルーツ2.欧州は質に関係なく長く使う3.戦火も震災もないのに壊すと言っている。

欧州でも50年100年前の建築物は、当時の水準だ。しかし「維持」する。現在日本都市は、欧米系石造文化の延長にあるコンクリート製だ。だから木造文化の発想ではなく、欧米系の考え方が必要なのだ

確かにこの手の価値観は机上で学んで理解できるものではない。私は、元はイギリスの大学で理論物理を学んだのだが、お金にならない自然科学系学生は不動産を所有する家も多く、また世界の意識の高い学生は、早くから不動産取得して資産作りに励むため、卒業後20代後半には友人達の話題の多くが古い建物設備メンテナンスとなったのだ。自然科学出身の私たちは何でも深く話合う習慣がある。語学ではなく最初は理解できない事も多かった彼らの建物、不動産、街、資産に対する考え方を、20年近くかけてフィールドワーク的に体得した。長い目で結果を見るにはこのくらい時間はかかる。

ビル・マンションが築40年程度で老朽化説の問題
日本で現在再創生が言われる最大の理由は、日本の「鉄筋鉄骨造コンクリートのビル・マンションは築40年程度で老朽化寿命。」という考え方に基づいていることは異論がないだろう。

欧米でも世界でも鉄筋鉄骨造の築100年も珍しくない。世界のなかで日本だけが、「築40年程度老朽化建替え」と言う。一般に地震及び技術問題と思われがちだが、東日本大震災でも簡単に倒壊しない日本の鉄筋鉄骨造建築の建築基準法は世界最高水準だ。理由は、単に日本人が「維持」を考えないだけなのだ。

コンクリートの寿命は60年~100年以上、防水と補修で更に長持ちする。最近日本全国の橋やメンテナンス不足によるコンクリート劣化が言われているが、「維持」を考えていないから自ら寿命を縮める。

ビル・マンションの場合は、建物躯体は長持ちするが、諸設備が40年程度で老朽化する。給排水管、電気系統、エレベータ、外壁防水等総てだ。そこで、まだ使えるコンクリートもぶち壊して建替えよう、が「維持」を考えない日本の発想。対する「維持」を考える欧州の発想では、設備メンテナンスを繰り返して維持する。例え設計が悪く傾こうとも「維持」する。第二次世界大戦後に建築された築50年前後の復興建築が立ち並ぶドイツの街では、寿命建替えなど言われない。

しかしこの日本が「維持」を「考えられない」理由は、実は根が深い。

欧州人が建物を長く使う根拠には、インカムゲインの理解がある
英語の不動産(real estate)は、土地と建物が一体だ。価値は建物の収益性にある。一度リスクを取って建物を建築/取得し、後はメンテナンスを続けて、子孫代々がその収益(インカムゲイン)を安全に享受する。そこに「近代建造物の価値」を見る。一方日本人は不動産=キャピタルゲインが強い。土地主義が強く建物「維持」の関心が薄い。日本の大家は、=賃料収入だが、ここに建物維持が含まれない。
だが現代日本のように30年ローンを支払い40年で建替えでは、各世代が借金を負うリスクの高いゲームを続ける。個人も国も潮目が変わり負けたら終わりだ。

相反する所有と不動産ビジネスの利益。不動産ビジネスが優先する日本
不動産の利益を「キャピタルゲイン」に着目する限り、不動産ビジネスを行うデベロッパー、不動産業者、管理業者、自称不動産専門家、税理士、金融機関等全てが、スクラップアンドビルドに利益がある。「維持」が育たないのは当然だ。だがそれを許すのは、「不動産のことは不動産業界」と考える日本人の「所有と不動産ビジネスの未分離」なのだ。

欧米では、例え賃貸物件でも、所有(owner)と不動産ビジネス(development, broker, agent, asset management)とは明確に区別されている。所有者は、自己管理が難しい場合に信託はしても、管理業者任せにはしない。これが欧米流の不動産ファンドで、Asset ManagementとProperty Managementが分かれている理由だ。

一方日本ではいずれも区別があやふやだ。何より日本の国土交通省には、一般の収益ビル・マンション所有者のための管轄部門が存在しない。国土交通省の住宅局では、一般住宅及び建築士を管轄する。区分所有マンションだけはここに含まれる。土地・建設産業局では、土地政策の推進、建設業や不動産業の育成・振興を管轄する。一般の一棟収益ビル・マンション所有者の管轄はどこにもない。

国による新グランドデザインが必要
伝統的に木造文化の日本には「近代建造物維持」の伝統がない。ビル・マンションを含む近代建造物の「価値」も「維持」も、啓蒙も教育もなければ一般に誰も知りようがない。

「維持」の概念がないからそのノウハウも育たない。そこに政府が再開発の笛を吹く。「維持」が無いから、無理な再開発かスラム化かの選択肢しか出てこない。

しかし今後急激な人口減少時代を迎え、停滞期が明らかな日本では、いずれの選択肢でも個人不動産所有者の資産が維持できない。せっかくの近代都市も維持ができない。国も冨が維持できない。栄枯盛衰の低迷期が乗り越えらない。そして日本は衰退への道を歩む。

近代都市と社会インフラのサステナビリティがない日本とは、つまり日本のサステナビリティがないことだ。

これはもはや個人及び民間企業の責任ではない。経済ではなく政治の問題だ。日本政府及び国土交通省が、改めて「近代建造物の価値」及び「近代建造物の維持」を見直し、東京再開発論を見直し、不動産と街及び社会インフラに関する政策を「グランドデザイン」から描き直さなければ解決しない。

私たち日本人が資産を維持できる日本の未来図はだから、
「東京は、現在ある交通網、インフラ、街のサステナビリティ都市となる。その上に新たなグランドデザインを描く。そこに日本の未来がある。」

江本不動産運用アドバイザリー代表 江本 真弓