歴史から学ぶ「過去の償い方」 --- 長谷川 良

今回は「『イエスの系図』が示した『妾』の役割」の続編だ。中心人物はマリアの夫ヨセフだ。「イエスの系図」の最後に登場する人物であり、イエスの養父である。マリアの夫ヨセフの立場がどれだけ厳しく、苦悩に満ちたものであったかを思いだすと、大工ヨセフへ同情心が湧いてくるはずだ。


話を始める。許嫁のマリアがヨセフと家庭を持つ前に妊娠した。この話は共観福音書の中に記述されている。普通は婚姻破棄だろう。世間の目もある。男ヨセフの心はどのようなものだったか。苦悩するヨセフに天使が現れ、「ヨセフよ、マリアを受け入れなさい。彼女は聖霊によって神の子を宿しているのです」と諭す。ヨセフは天使のお告げを信じ、マリアを受け入れた。

話はダビデに飛ぶ。ユダヤの王ダビデは自分の軍隊長ウリヤの妻を得るため ウリヤを策略によって戦場で死なせて、彼の妻バテシバを自分の妻にした。ダビデは自身の行為が「主を怒らせた」と知り、深くその罪を悔い改める。神はダビデを愛するゆえに、天寿を全うさせた。

ヨセフはダビデの血統ということを想起すれば、なぜヨセフが許嫁を奪われるという試練を受けたか、その理由が見えてくるのだ。ヨセフは愛する女性を誰か分からない男性に奪われたが、天使を通じて神の願いがその背後にあると知り、その運命を受け入れた。一方、ダビデは他人の女性を奪って結婚し、その女性の夫を殺させ、神を悲しませている。

賢明な読者はもうお分かりだろう。ヨセフとダビデの話はまったく逆だが、両者には密接な繋がりがあるのだ。ヨセフは愛する許嫁を奪われて、ダビデは他の男の妻を奪ったのだ。ヨセフは自身の運命を甘受することで、ダビデが犯した罪を償ったのだ。その償い方は、ダビデが犯した罪と逆の経路を行くことだった。奪ったのだから、奪われるという状況がどうしても必要となったわけだ

ヨセフが見せた「過去の償い方」はダビデの問題だけに該当するのではない。人類始祖アダムとエバが犯した罪(原罪)を償うことにもなったのだ。アダムは蛇に象徴された天使長ルーシェルにエバを奪われている。他の妻を奪い取ったダビデはルーシェルが犯した罪の再現でもあったわけだ。そして、ヨセフは一旦奪われた許嫁のマリアを受け入れることでダビデの罪ばかりか、失楽園で起きた罪をも償ったといえるわけだ。

「イエスの系図」がヨセフで終わったのは決して偶然ではないだろう。ヨセフが過去を償った結果、神は原罪なき救い主イエスを生誕させることができたわけだ。神は選民ユダヤ民族の中心人物を通じて最も難しい愛の課題を乗り越えていける家系と人物を探してきた。それがダビデの血統を継承するヨセフだったわけだ。

しかし、イエスの誕生とその後は神の願い通りには展開していない。当方は「ヨセフとマリアの『イエス家庭』の謎」(2015年4月7日参考)というコラムの中でその内容を紹介した。

ヨセフはイエスを迎え入れ、マリアと共にイエスを立派に育てることが神の願いだった。そのため、神はヨセフがマリアとの間で子供を産まないことを願われていたが、イエス誕生後、ヨセフとマリアの間に子供が生まれている。

過ぎ越しの祭りにエルサレムに上っていった帰り、両親はイエスがいないことに気づき、探しまわりながらエルサレムへ引き返した。3日後、宮の中にいるイエスを見つけた両親にイエスは「私が自分の父の家にいることを、ご存じなかったのですか」と答えている。「ルカによる福音書」によると、マリアとヨセフはこの言葉を悟ることが出来なかったという。この話は、ヨセフとマリアが多くの子供を抱え、イエスを育て、守っていくという神の願いに専念できなかったことを示唆している。

ヨセフの試練を思うと同情せざるを得ない。許嫁を奪われ、結婚後は子供を産まないように願われた。ヨセフは第1の試練を立派に勝利したが、2番目の課題を成就できずに終わったのだ。

神から選ばれた中心人物や民族の試練は想像できないほど複雑で困難なものだ。同じ血統とはいえ、先祖が犯した過去の罪を償っていくわけだから、不合理なことも少なくないはずだ。ヨセフの歩みはわれわれに「過去の償い方」とその難しさを教えている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。