真っ先に申し上げておきたいのは、ここで私が言う「節目」とは、この言葉が通常もつ意味とは真逆の意味での「節目」を意味しているという事だ。
韓国の多くの人たちに親近感を持っている私としては、「日韓修交50周年を機に、現在の日韓関係を何とか改善しよう」と努力している方々に冷水を浴びせるのは心苦しい。また、「北朝鮮の脅威に対抗する為に、日韓がもっと緊密に連携してほしい」と願っている米国政府を失望させるのも心苦しい。しかし、結論を先に言うなら、日韓両国は現在の冷え切った関係に一切手を加えず、これをベースに「形だけの50周年記念行事」を超小規模でひたすら淡々と行うべきだ。
そのくらいにしなければ、「本質的な相互理解」は永久に得られないし、「本質的な相互理解」がなければ、望ましい隣人関係は永久に確立できないからだ。中途半端な関係改善は却ってこの可能性を遠ざけるから、むしろ回避すべきだ。勿論、このような現状は、国境を接する同じ民主主義国家同士の関係としては極めて異常だが、その異常さを両国民が認識して、その原因を本気で真面目に究明するようになる為に、むしろこの際、その「異常さ」を際立たせたほうが良い。そうすれば、これが日韓関係の一つの「節目」となるだろう。
残念ながら、朴槿恵大統領は「慰安婦問題が(自分たちの主張する方向で)解決しない限り首脳会談はない」と宣言してしまっており、日本政府にも日本国民の大多数にも「嘘を真実と認めて、それに対して更に重ねて謝罪する」等という選択肢は全くないと思うので、「彼女が大統領でいる限りは首脳会談はない」というのが既定路線だと考えたほうが良い。日本にとっては「それでは困る」という事は別にない。
実は、私は以前から「中国の強い圧力の下で韓国が北朝鮮を吸収する」というシナリオを支持し、むしろそれに期待している。それが北朝鮮の暴発を防ぐ唯一の現実的な方策のように思えてならないからだ。結果として、韓国の中国に対する依存度は更に高まり、殆ど属国状態になるかもしれないが、中国は長年にわたり李氏朝鮮の宗主国だったわけだし、韓国民は意外に自然体で当面はそれを受け入れるかもしれない。
そうなっても、日本がそれで失うものは何もないと私は考えている。日中関係も日韓関係も現状では「悪い」という点で全く一緒だし、日中関係では「感情的な要素よりも戦略的な要素が重視され得る」ので、やがては改善が計れるだろう。日韓関係の改善は、それをフォローする形で、その後に実現されればそれで十分だ。
勿論、韓国民の多くにとっては、実質的に中国の属国のようになる事の影響は相当大きい。かつての盧武鉉支持層の最左翼に位置した様な人たちは「我が世の春」を謳歌するかもしれないが、自由度の高い社会を求める人たちには厳しい状況になるだろう。
それ以上に、韓国の産業界は相当の打撃を受けるだろう。日本の産業界と中国の産業界を比べると、お互いに長点と弱点を分け合っており、ある程度の相互補完関係があるが、韓国の産業界は中国の産業界とかぶるところが多いので、独自性を維持するのが次第に難しくなっていくだろう。
もし仮に、韓国民の多くが「そういう事態は好ましくない」と考えるなら、これを阻止する唯一の方策は「現在の反日政策を根底から考え直してみる」事しかないのではないかと思う。
以前にもアゴラで書いたことがあるが、「反日政策」のベースは、第一は「自国民の複雑な深層心理(呪縛と言ってもよい)」であり、第二は「自国の保守派が日本の保守派と結ぶのを阻止したい左翼勢力の工作」であると私は見ている(日本人としては残念なことだが、その間、日本の左翼は一貫して全力を挙げてそれを煽ってきたし、右翼的な傾向の強い日本の保守派の政治家の何人かは、無神経な発言でしばしば無用な反発を招いてきた)。
左翼勢力は、現在の韓国の法曹界、教育界、およびジャーナリズムに深く根を張っているので、この影響力を減殺するのは容易ではないが、韓国人が自らの心理的呪縛を解く事自体は、そんなに難しい事ではないと私は思っている。自国と日本の現代史を何の先入観も持たずに冷静に学ぶだけでよいからだ。特に、日本の明治維新とその頃に自国で起こった事を比較しながら研究すれば、多くの有益な示唆が得られるだろう。
しかし、その為には、韓国政府は最低限一つの事をしなければならない。自分たちに不都合な事実や、自分たちと違う考えを述べた本を発禁処分にする等の「言論の自由の原則に反する行為」を直ちにやめる事だ。また、少しでも良識のある韓国人の方々には、「事実関係を多くの視点に立って冷静に見極める前に、一方的に結論を出し、感情的にそれを言い募る」等といった事は、堂々たる先進国の国民としては恥ずかしい事だと、先ずは自らを戒めて頂く必要がある。
そのような努力は当然日本人にも求められるが、日本の場合は「戦前の日本と殆ど変わらない」現在の韓国と比べれば、遥かに良い環境下にある。日本語で公開されている資料も豊富だし、自分と意見の異なる人を「売国奴」等と呼んで罵倒し威圧するケースも、そんなに多くはない。
最近、フーヴァー研究所にいた西鋭夫さん等が、封印の解けた米国の機密公文書等を分析して、「色々な視点から見た歴史の真実」を訴えようとしておられるようだが、このような試みはこれまでも日本では既に数多くなされている。
例えば、明治維新の立役者として人気の高い坂本龍馬などについても、「実は英国商人のグラバー等が画策した対日戦略のお先棒を担いでいたに過ぎない(そうでなければ、とてもあれだけの仕事は出来なかった筈)」という見方は、既に多くの人たちの間で定着してきている。しかし、ここで注目すべきは、にもかかわらず、日本人の多くは彼の業績をなお高く評価しており、明治維新を稀有の成功であったと考えている事だ。
英国は、江戸幕府との関係作りについてこそフランスに先行されたが、天皇の権威を担ぎ出した薩長土肥といった雄藩や、そういった諸藩の革新的な活動に挺身した若い下級武士たちの力をうまく利用して、多大の利益を自国にもたらす体制へと日本を導いた。
彼等の思惑通りに動いた日本は、成る程多くの利益を彼等に吸い上げられはしたが、内戦による流血を最小限にとどめて独立を維持し、最も危険だったロシアの圧力も何とか跳ね除ける事が出来た。そして、日本は、砲艦外交によって清国同様に日本を支配しようとし、日本に不平等条約を押し付けた欧米諸国に、その後も一度も謝罪を求めた事などはない。
これに比べて李氏朝鮮の場合は、強固な中央集権体制であった上に、「厳格な身分差別」と「事大主義」を信奉する儒教の影響力が圧倒的に大きかった為に、日本の若い下級武士たちのような「ある程度の知性と情熱を併せ持った改革派」が育っていなかった。また、早い段階で、たまたま江華島に上陸してきた少人数の米国とフランスの陸戦隊を撃退する事が出来た為に、その後もずっと西洋文明の力を侮り、「儒教的な華夷秩序」の中に閉じこもってしまった事が痛手となった。
日本人の悪行の一つとして常に語られている「閔妃殺害事件」についても、多くの韓国人は「日本人にそそのかされた国賊たちが、宮殿に押し入って閔妃を殺害し、ついには、日本の帝国主義者たちに自分の国をそっくり売り渡した」と聞かされているが、当時の資料を丁寧に読み解けば、その背後には大院君(復権を目論んでいた前国王)がいた事がわかり、真相はそんなに単純なものではなかったという事がすぐ分かるだろう。
当時の半島の主権者であった大韓帝国(実質的には李王朝)は、元々清国に事大する(仕える)のが国是であったが、清国が没落したので、「今度はロシアに事大する事にしてはどうか?(その方が自分たちの金銭的な利益も増えそうだ)」と考えたのも頷ける。日本よりはロシアのほうが強そうだし、「日本政府は、下級武士だった自分たちの出自に近い改革派の連中を助けて、宮廷をないがしろにする恐れがあるので危険だ」と考えたとしてもおかしくはない。
しかし、それでは、もし当時の日本人が現在の韓国人が考えているような「悪い奴」ではなく、とことんお人好しで、ロシアの南下に目を瞑っていたらどうなっていただろうか? 李王朝の一握りの王族(実際には閨閥につながる閔氏の一族)とロシア皇帝の側近だった一握りのロシア貴族が結託して、国民はとことん搾取され、挙げ句の果ては、ロシア革命のあおりで全半島は自動的に共産党の支配下に置かれ、一昔前のモンゴルやカザフスタンのようになっていただろう。
残念ながら、現在の韓国人がどのように過去の日本人を非難してみたところで、「日本人さえいなければ自分たちはこんなに良い国を築けたのだ」という絵は全く描けそうにない。もし韓国人が自国の歴史を直視してその事に気がついてくれれば、何時迄も過去に拘るような無意味な事はもう止めて、全てを未来志向へと切り替えてくれるだろうが、それまでにはまだ相当の年月がかかるだろう。
従って、日韓修交50周年にあたる今年は、名実ともに「両国間の関係が最悪だった年」として残し、これを韓国人と韓国外交の「大きな勘違い」の記念碑とすべきだろう