「地方消滅でいこう」という論調に対する強烈な違和感 --- イケダ ハヤト

これは変な話ですよね~。

地方創生を止めて地方消滅でいこう! — 水谷 翔太 : アゴラ

21世紀中に訪れる、アーバニゼーション(都市化)の終焉。


こういう話をよく聞きます。

子どもの落書きみたいなゆるキャラをつくって究極のレッドオーシャンに無謀に突っ込んだり、「おしい広島県」の100番煎じみたいなつまらないPVをつくったりして観光に死に金を費やすよりも、莫大な予算をかけて1年に数年来るか来ないかの定住促進を頑張るよりも、今既に存在している住民に目を向けてあげるべきだ。

具体的には高齢者数の動向と生活状況の変動を見据え、医療・福祉面で必要となる予算をこの10年間で基金積み立てしておいた方がいい。地方創生というブームに踊らされるのではなく、成長力のない自治体が今なすべきは「地方消滅」のための準備だ。

地方創生を止めて地方消滅でいこう! — 水谷 翔太 : アゴラ

まぁ意見はわからんでもないのですが、根本的に、長期の人口トレンドを勘違いしていると思うわけですよ。

歴史的に見れば、これまで都市化(アーバニゼーション)が進んできました。辺境から大きな都市へ、「人口」と「機能」、それにともなって「経済」が移動していったわけです。この日本でも、東京の人口は増え続けています。

多くの人は「人口」「機能」「経済」が今世紀も都市に集中をしていく、と見ているようですが、ぼくはそれ、間違っていると思うんですよ。

もっとも大きな話として、「定住人口」の都市集中は、21世紀中にストップします。これは予言です。

東京のような密度の高い大都市は、これ以上、物理的に人を住まわせることができなくなります。格差は広がり、貧困は深刻化し、疫病・犯罪も増加するでしょう。「ゲーテッドコミュニティ」が現実になりつつあります。

ぼくのように都市を離れて、農村に移住する人々が増えていきます。2025年頃には「東京に定住する」ことの非合理性を、誰もが理解するようになるでしょう。

人口の都市集中が終われば、徐々に「経済」も都市から辺境へと分散していきます。

ぼくは東京のクライアントが中心ですが、税金は高知県本山町に納めています。このように「外貨を稼いで、地元自治体に税金を納める」人は増えていくでしょう。経済がグローバル化するというのは、そういうことです。

都市には「経済」と「機能」が残っていくのでしょう。具体的にいえば「立法機関」「金融市場」「交通の要所」「本社所在地」なんて機能でしょうか。これから必要なのは、むしろ「何を都市に残すか」の議論だとも思います。

都市から地方へ。


21世紀は「都市化が終焉し、人口と経済が地方に分散していった時代」と認識されるのです。

実際に限界集落に移住して生活しているぼくがいうんだから、説得力ありませんか?都市はもう「定住」する場所じゃなくなっていきます。みんな、わかってますよね。

「いいや、地方の未来は暗いじゃないか!」と悲観的な理由を並べ立てる人も多いですが、規模の小さい地方自治体の方が、ぜんぜん未来を描きやすいんですって。

ぼくが住む街なんて、人口3,500人程度ですからね。1人のスーパープレーヤーがいれば、余裕で街が変わる規模です。もう、ぼちぼちここが「底」ですし。あとは未来を作っていけばいいだけ。逆に東京はもう、大規模すぎて明るい未来を描けないんじゃないでしょうかね。

テクノロジーの進化も加速していくことも、忘れてはいけません。自動運転車、MOOCs、ドローン、VR、ナノロボット、自然エネルギー、衛星インターネットなどなどなどの技術は、「東京に住む」必要性を減じさせていきます。

レイ・カーツワイルは、2020年代の終わりには「現実のオフィスを使う理由はまったくなくなる」と語っています。インターネットが登場して社会が変わったように、これから出てくるテクノロジーも、ドラスティックに社会を変えます。


視覚的聴覚的に完全なヴァーチャル・リアリティ環境は、今世紀の最初の20年間で全面的に普及して、どこでも好きなところに住んで仕事をするという傾向がいっそう強くなるだろう。

五感全てを組み込んだ完全没入型のバーチャル・リアリティ環境は、2020年代の終わりには実際に手に入ることになるが、そうなると、現実のオフィスを使う理由はまったくなくなる。不動産は、ヴァーチャルなものになる。

まとめ。あんたたちが見ているのは「過去」だ。

東京は「経済」と「機能」の中心ではありつづけるでしょうけれど、「定住」の中心ではなくなります。あんなに住みにくいところに密集して住む意味なんてありませんから。

というわけで、「地方消滅でいこう」という主張は、未来に対して悲観的すぎるんですよね。これから来るのは、もっといい時代なんです。

「現実を見ろ」というのかもしれませんが、ちゃんちゃらおかしい。違いますよ、あなたたちが見ているのは「過去」です。

ぼくは「現実」と「未来」を見ているんですよ。

以上、高知の限界集落からお届けしました。



編集部より:この記事は、先日アゴラで反響を呼んだ、水谷翔太さん提起の「地方消滅」への議論を深めるため、批判的な見解を示されたイケダハヤトさんのブログ「まだ東京で消耗しているの?」2015年11月11日の記事『「地方消滅でいこう」という論調に対する強烈な違和感について。』を転載させていただきました。転載を快諾いただいたイケダさんに御礼申し上げます。オリジナル原稿を読みたい方はまだ東京で消耗しているの?をご覧ください。