イノベーションから利益を上げ損ねた国内メーカ

山田 肇

イノベーションと技術革新の相違について、「朝日新聞はイノベーションを理解していないようだ」と「イノベーションの敵はマスメディア Suicaを例に」の二つの記事を書いた。記事と同様の内容を大学で講義をしたのち、経済社会を大きく変革するイノベーションを起こした事例を挙げるようにという小テストをしたところ、8割方の学生が「移動通信」と回答した。たしかに移動通信は急速に普及し、それによって経済社会のあり方が大きく変わってきた。なぜ、移動通信はそれほど大きな影響を与えたのだろうか。第一は、移動通信にはヒトとヒトの繋がり方を大きく変える力があったからである。

ヒトとヒトを繋げる

固定電話の時代には、自宅から外に出ると、事務所から離れると、そのヒトとは連絡がつかなくなった。それを補うために「ポケベル」という無線呼び出しサービスがあったが、利用者は外出が多い営業マンなどに限られていた。

1995年に阪神大震災が発生したが、固定電話の復旧は遅れた。ヒトとヒトの繋がりを維持するための臨時の処置として、避難所に無料の公衆電話が設置され長い行列ができた。これに対して携帯電話は短期間で復旧し、人々はその価値を認識した。大震災の起きた94年度末に、移動通信の加入者は433万人だったが、95年度末には1171万人、96年度末には2691万人と倍々を超える勢いで増加していった。ヒトとヒトがいつでも、どこでも繋がるというのが、移動通信の第一の価値である。LINEの「既読」にも同じ価値がある。第二は、ヒトとネットを繋げる力である。

ヒトとネットを繋げる

NTTドコモが「iモード」という名前でデータ通信サービスを開始したのは1999年だが、それ以降、データ通信はどんどん高速化した。今ではスマートフォンからネットに繋いで情報を検索したり、SNSで仲間とチャットしたりするのが当たり前になった。

パソコンよりも簡便で、日常的な用途が満たせるとなれば、パソコンの需要は減退する。電子情報技術産業協会の調べでは、2015年度上半期におけるパソコンの国内出荷金額は前年比78.3%と、2割以上も落ち込んでいるそうだ。

移動通信には、ヒトとヒト、ヒトとネットの繋がり方を変える大きな力があった。これがイノベーションに結び付いた。それでは、なぜ、国内の携帯電話機器メーカは、このイノベーションから利益を上げることができず、市場からほぼ撤退してしまったのだろうか。要因の一つが、2010年頃まで続いた移動通信事業者との密接すぎる関係である。

失敗した国内機器メーカ

そのころは、通信事業者が製品コンセプトを決め、開発費を与えて機器メーカに発注するという製品開発形態が取られていた。機器メーカは、移動通信事業者の下請け業者だったのだ。通信事業者が国内市場に合うように、合うように製品を最適化し、機器メーカはひたすらそれに応えていた。その間に他国の動向は視野から外れ、日本でしか売れない製品になっていった。この状況が「ガラパゴス化」である。

2007年に総務省が販売奨励金制度を使った安売り(0円携帯)をやめるように、通信事業者を指導した結果、国内の携帯電話機器市場は、2007年度の5172万台が、2008年度には3585万台まで落ち込んだ。落ち込みは約3割という大きなものであった。機器メーカはこれへの対応も迫られた。

通信事業者と機器メーカが船団を組んでガラパゴス化へと進み、総務省の指導で市場規模の縮小も起きて、機器メーカはスマートフォンへの進出機会を逃した。その結果、市場はiPhoneに席巻され、日本の機器メーカはほとんど市場から退出した。経済社会に大きな影響を与えるのがイノベーションである。イノベーションの芽に目配りして機敏に対応していかないと、利益を上げるどころか、市場から退出せざるを得ない状況に至る場合もある。情報通信政策フォーラム(ICPF)シンポジウムでは、この点についても、ふくだ峰之衆議院議員に意見を聞くつもりである。